イスラエルとパレスチナ
イスラエルとパレスチナの関係や歴史など、今ひとつわかりませんので教えてください。
回答(6件)
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ANo.3に補足。
実際のところ西暦70年のエルサレム破壊でもユダヤ人がパレスチナからいなくなったわけではありません。いなくなったのはエルサレムからです。ですから、当時のユダヤ人の多くは実はそのままパレスチナに住み続け、今パレスチナ人になっているわけです。
まあ昔住んでいたから自分たちのものっていう論理は、アフリカをよこせとか中国よこせとか、っていうむちゃくちゃに通じます。(ご先祖がアフリカから中国経由で日本にきた、というのは日本人すべてにあてはまるであろう)
それ以後については皆さんのおっしゃる通りです。
No.5ベストアンサー20pt
2000年前のことを言うと、どっちが先に住んでいたかということも問われますが現在の問題の直接の原因になるのは、第1次世界大戦の時のイギリス外交のまずさからきたものです。
第1時大戦以前ここを治めていたのはオスマン・トルコ帝国でした。そして、この地でドイツと戦うために原住民であるパレスチナ民族の協力を必要としたイギリスは自分達に協力し戦争に勝った暁にはパレスチナ民族のために国を作ってやると約束したのです。
しかし、イギリスは、この時既に戦費調達のためにヨーロッパ各地に住むユダヤ人に、金を出して戦争に協力してくれたら、ユダヤ人のために父祖の地に国を作ってやると約束していたのです。(1917年バルフォア宣言)
しかし、実はこの『2枚舌外交』の裏で、フランスとの間にも石油の利権を巡る植民地分割の話をするという『3枚舌外交』もしていました。
なにはともあれ1922年国際連盟は委任統治領と認めイギリスに与えます。当初国際連盟はパレスチナ人に全パレスチナ領の77%を占めるトランス・ヨルダンをパレスチナへ、残り23%をユダヤ人にと決定しますが、パレスチナ側はこれを拒否し、ユダヤ人は受け入れイスラエル国家の誕生となります。
その後、パレスチナは、アラブ諸国(エジプト・シリア・サウジアラビア・イラク・レバノン)の支持を得て数度の戦争をしますが(イスラエル側から戦争を仕掛けた事は1度もありません)、その度にイスラエルは勝ち、イスラエルに少しずつ領土を取られ現在に至っていると言う訳です。
No.3ベストアンサー10pt
2000年前、イスラエル国家が滅亡したためイスラエル人は各地に散らばり定住しましたが、ユダヤ教という固有の宗教による連帯感を失うことはありませんでした。現在でも、イスラエル人とは基本的にユダヤ教徒のことを指しています。
時代は下って第2次大戦中、当時中東地域を支配していた英国は、対独戦を有利にするため悪名高い「二枚舌外交」を行いました。つまり、英国に協力することを条件に、アラブ人に対しては戦後の独立を(マクマホン書簡)、ユダヤ人に対してはイスラエル建国を(バルフォア宣言)約束したのです。
戦後、イスラエル人はパレスチナの地にイスラエルを建国しましたが、アラブ人にいわせればパレスチナはすでにアラブの土地であり、アラブ国家として独立するべき地域です。パレスチナからイギリス軍が撤退すると、アラブ人は直ちにイスラエルに攻め込み(第1次中東戦争)、敗退しました。以後、アラブとイスラエルは不倶戴天の敵として武力衝突を繰返しています。全ては英国の恥ずべき二枚舌外交の産物なのです。
似たような質問に答えたので、参考までに見てもらえたらうれしいです。
あちらの質問はユダヤ人がメインなんですが。。
(ちなみに私回答は2番です)
参考にならなかったらごめんなさいですー
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