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アメリカ南部の文化について
アメリカの南部は、昔の奴隷制度などでアフリカの食文化が強く広まったと友達から聞きました。南部ならではの文化は、食文化以外にどのようなものがあるか、教えてください。
くわしいことはNo.2様にお任せするとして、聞きかじりの範囲でお答えしますと、たとえば
ニューオーリンズという地名などはフランスのオルレアンからつけられた地名、このようにアメリ
カの南部は古くはフランスの統治領だったと聞いています。食文化以外にも、唯我独尊的で排他的
な気質、あるいは建築様式などにもフランスの文化が見て取れるように思います。また、そうした
気質ゆえに、主にイギリス系やオランダ系の支配下にあった北部との間でとかく考え方に食い違い
と軋轢を生じやすかった、よい例が奴隷解放の是非論、そして、ひいては南北戦争、こうした一連
の火種にもなったものと思います。
ただ、ジャズは元々、奴隷たちの音楽的な感性と習慣から生まれたものであり、彼らアフリカ系
民族独特のリズム感が大きくひとつの音楽として発展していったものだと思います。また、南北戦
争の終結とともに、余剰物資として出回った多量の楽器がネイティヴだったジャズを一層音楽とし
て洗練させたと聞いています。
一方、カントリーと呼ばれるジャンルの音楽、こちらはアメリカ版の吟遊詩人といいましょうか、
歴史的なエピソード、聖書に基づいたエピソード、あるいは噂や事件、ゴシップなどを、メロディ
ーに乗せて歌い、街から街へと流して歩いていたシンガーたち、それは初期のアメリカの大きなニ
ュースソースだったと言われています。元々は東部に起き、時代の波に乗って西へ西へと彼らの歌
は広がって行ったということですが、それゆえ、マウンテンソング、あるいはヒルビリーなどと言
う名前でも呼ばれていたようです。こうした歌を後世カントリーソング、あるいはカントリーウエ
スターンなどと呼び換えたようですし、ロックのリズムとコラボしてロカビリーの元祖ともなった
ようです。
音楽でいえばゴスペルがありましょう。
黒人奴隷が次第にキリスト教になじんでいく間に生まれていった歌詞やリズムで、労働の苦痛からの解放や望郷、神への祈りを表したものです。
これが白人にも広まった結果ホワイトゴスペルに進化し、さらにジャズになりました。
いずれにしても時間の経過と共にアメリカナイズされて、埋没しているでしょう。
南部に 二十数年います。
南部(TN, NC, SC, AL, MI, GA, WV でしょうかね)の食べ物 というと グリッツ、ビスケット、コーンブレット が まず ありますね。
スイートティー(甘いアイスティー)も南部のもので、 北には無いものようです。
音楽は カントリー ジャズ は デキシー、ポートオリンズ ですので、南部と言っても フランス色があり、いわゆる「南部」とは違うと思います。
また 時間あるときに書き込みします。
この回答へのお礼
回答ありがとうございました。
音楽のカントリーは、なぜはやったのでしょうか?
カウボーイの音楽ですよね?ご存知であれば教えてください!文化の歴史をたどっていくと、いろいろな事実が見えてきて面白いものです。
なるほど~と。
音楽、特にジャズがあげられると思います。
この回答へのお礼
回答ありがとうございます。
ジャズか…いいですねぇ。
ジャズといえばシカゴという感じもありますが、
なにか影響があったのかな?
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