「これ英語でなんというの?」という質問に対し、ネイティブの米人の言ってることを回答しましたら、他の、英語の先生が○をつけそうな、”へりくつ”回答にポイントがつきました。

この間、TVのサンデープロジェクトで、堀紘一氏が、「英語のしゃべれない英語教師は、みな辞めてしまえ」と言っていましたが、その通りだと思います。氏は外交官の息子さんで、海外生活が長く、ハーバードのMBAも最優秀賞をとっているといいます。

これではOKWebは、間違った英語を身につけるのに加担しているとは思いませんか???

A 回答 (16件中1~10件)

orimotoさんの意見に皆さんが触発されて、いろいろこんなにたくさん意見が出ていることは、それ自体、注目に値すると思います。



ところが、論点が、広すぎるように感じられ、それぞれの論点を、カバーしきれない人も多いのではないでしょうか?

このまま議論が拡散したような感じで、消え去ってしまうとしたら、残念なことです。またそういう、自己の発言に対する態度が曖昧なままで、自分以外の存在による予定調和を待つかのごとき姿勢でいることを、holisticというとorimotoさんが思っておられるとしたら、そんなことはないと思いますが、残念なことです。

なんだか、戦前の政治家を思い出します。結果、予定調和は訪れず、大変なことになったというように読みました。そしてその大変なことは、今でも後を引いているのはご存知の通りです。

この回答への補足

昨日米国出張から帰ってきて。またまた英語について考えさせられました。
みなさんそれぞれ意味のある御回答を感謝致します。
フレッシュな気持ちで、独断と偏見でポイントをつけますので、お許し下さい。

補足日時:2001/08/12 05:50
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この回答へのお礼

御回答有難うございました。
たしかに問題が広すぎて、拡散状態とは感じます。
しかしつたない経験では、対面討議でも、はじめは拡散し、そのうち収斂を始めます。
ただここでは、1つの結論に収斂することは、ぼくは期待していません。
議論が色々出ることで、どんな論点が含まれているのがが、みなさんによって認識されればそれでよいと思っておりますが、いかがでしょうか?

お礼日時:2001/08/04 16:54

私には、orimotoさんのご質問は、日本の英語教育の弊害を別のやり方で押し進めようとされているように思われます。


「間違った表現」に×をつけて排除し、「正しい表現」に○をつけるのは、正に現在の英語教育そのままだと思いませんか。
教育の場で決定的に不足しているのは、経験すること、コミュニケーションの現場に身を置くことだと思うのです。
そうした場では、例えば三人称単数現在のsなんか言い忘れたってコミュニケーションは成立します。もちろん、それを
聞いたネイティブスピーカーは、何だか舌足らずな変な英語だなと思うでしょうけれど、ただそれだけのことです。
同様に、そうした場では「へりくつ英語」であっても十分機能します。受験英語が通用しないのは、表現が間違っていると
いうよりも、経験不足のために、現場のスピードについていけないことによる場合が多いと思います。

もちろん、時と場合により、規範に即した表現が必要とされる場合もあると思います。それでも、インド人なんか、公式の
場でも強烈なアクセントの英語を堂々と話していますよね。(私の偏見ではないと思います。)馬鹿にする人は、自分自身
が軽く見られるだけです。

ネイティブスピーカーの表現なんかどうでもいいということではありません。実際に使われる英語に接し、「あ、こんな
表現をするんだ」と、新鮮な驚きを感じるのは、非常に重要なことだと思います。ただ、それだけで得意になって他の人の
表現を見下したりするのはどうかなと思うのです。

インドなまりの英語と中国なまりの英語とイタリアなまりの英語が飛び交ってコミュニケーションが成立するような場が
あります。WASPコミュニティ(というものがあるとして)の人から見たら、とんでもない話かもしれませんけれど、
現在の英語という言語は、それだけの広がりを持つものになってしまていると思います。

以上、表現に失礼な点があったかもしれません。その点はお詫びします。
今後とも、積極的なご発言を期待します。

この回答への補足

下でおもわず"holistic"という言葉を使ってしまったんですが、唐突だったと思いますので補足します。

インド人や中国人は、アクセントはおかしくても、センテンス全体の意味を英語で伝えようとまず考え、それから細部というか、個々の表現を考える。それに対して我が日本人は、全体は日本語でしかも日本的に考え、英語は細部の逐語的検討からはいる。しかも文法的に正しいか正しくないか、神経質になりながらです。

これはぼくの勝手な推測ですが、いままでの経験でそう思わざるを得ないんです。ここがおかしいと思うんです。

補足日時:2001/08/02 18:59
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この回答へのお礼

御回答を有り難うございましす。

たしかに”学校英語”や”へりくつ英語”を話しても、通じると思います。しかしだからいいじゃないかとは言えないんじゃないか。だいいちインド人の英語は、変なアクセントはありますが、スムースだし、それを書かせれば、”学校英語”よりは、ずっとましです。”学校英語”は実にたどたどしい。それは、「ここは単数か複数か、冠詞はaかtheか」と、神経質に考えてしまうからだと思うのです。
そういう癖をつけさせる教育が良くないと思う。これは「頭で考えた英語」で「経験の英語」ではない。その点は賛成します。

生きた英語というのは、聞いてて分かる、読んでて分かるというものですから、ある程度のスピードとスムースさというかリズムが必要だと思います。”学校英語”には、徹底的にこうした要素が欠けているんではないでしょうか。
もっと言えば、”学校英語”は分析的で、センテンスに対してholisticでない。インド人も中国人も、holisticな英語をしゃべります。

お礼日時:2001/08/02 18:52

まず、冒頭の質問の最初の行の話題に関しては、私は関係者じゃないです。



「あの回答より、この俺の回答の方が良い!」と主張されることがもしあるとしたら、私には、すごく面白そうだなー、是非読ませていただきたい! 是非その主張を拝聴したい! と思ってしまうのです。

ところが、その主張の論拠となる説明が冒頭の質問には、残念なことにかかれていない。ネイティブ米人が言っている、という事実のみでは少し不足なような気がします。なぜなら、これは日本語と英語の接点に存在する話題だから、各種の論じかたたが可能だと思うからです。ある意味では、ものすごく多くの人がこの話題を論じることが可能でしょう。そこで、是非、自分のが正しい、と言う自信のある orimotoさんの論を聞きたかったです。 また、そういう姿勢が、本当の、これからの「生きた英語」ではないか、とすら思います。英語を生きた状態にするのは、ネイティブスピーカーである時代はもう終わりつつあるのではないか? と。 英語を本当に生きた状態にすることができるのは、それを用いる動機のある、人、つまりこの場合、我々日本人ではないでしょうか。そしてその意味で、当然、いろいろな回答者と同様、orimotoさんは有資格者です。だから論をききたかったです。
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orimotoさんって、実際どのくらい英語ができるんですか? TOEFLとかTOEICとかなんでもいいんですけど、それがわからないと説得力が、今ひとつ…。

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日本人は受験英語しか学校で習わないので、ほとんどの日本人が生きた英語を知りません。



となると質問側はさることながら、回答者側も受験英語しか知らないので受験英語式の回答が多くなるのは必然ではないかと。。。そしてネイティブの言ってる表現は受験英語しか知らない質問者には理解不能かもしれませんね。

これはOKWebが責任を感じることではないのでは?(^^;

ちなみに私は学校で習う英語とアメリカ人やイギリス人等が話すEnglishとは別物だと考えています。
よって外人と会話が通じない英語教師がいてもおかしくありません。
#根本が間違ってるとは思うけど。σ(^-^;)
だから英語には英語の回答、EnglishにはEnglishの回答が(説明付で)必要でしょうね。
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この回答へのお礼

有難うございます。
これが事実でしょうね。
こういう風に、「妥協して」割り切るしかないんでしょうか??

お礼日時:2001/08/02 04:38

例えば、この回答とこの回答のどっちが良いと思いますか?という「新質問」を立ててみたらどうでしょうか?そして他の人はそういうのを、白眼視しないようにする。

普通の日本人的習慣だと、波風を立てるのはどうか…とか言われるだけど。そういう風に見ないようにする…。

もしそういいう例が続々でてきたら、それは、この英語のQ&Aに関しては、凄く前向きな前進だと思うんですけど。そして、問い、として提示する限りにおいては、失礼でないし、相互の、そして皆の利益にもなると思います。ただ、はっきりいけんを明示しなければなりません。

今のままだと、私はちょっとつまらないなと感じていましたので、思わず実力も省みず発言させていただきました。
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英語に関する回答を見ると、明らかにどうしようもなく誤った内容が、「自信あり」などとされ、しかも見たときにはポイントがついて締め切られていることが、頻繁にあります。

そんなときは、「OKWebは、間違った英語を身につけるのに加担している」と言っても言い過ぎではないような気がします。

そういう場合の回答者を個別に救済する方法は、あまり思いつきません。ほかの方がおっしゃっているとおり、個別にメールを送りつけるのも余計なお節介のようにも思えます。

一方、客観的に正しい回答にポイントがつかず、誤った回答にポイントがつくケースについては、OKWebの思想からして仕方ないのではないでしょうか。そういうものだと割り切るほうがよい。優れた回答でも、質問者に評価されなければポイントはつかない。評価されるような回答の書き方を実践する。そういうスタンスを貫くことしかないと思います。
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ポイントをさらに絞りませんか?



>国際的にほとんど貢献することが出来ない。
>これは決して英語力だけが原因ではない

その通りです。国際貢献するしないは置いておいて、
日本人の英語力にとっての是非をテーマとしませんか?

「受験英語」や「屁理屈英語」の「需要」と「供給」のどちらを問題視されていますか?
おそらく「供給」のほうだと思います。

「屁理屈英語」の「供給」はとっても簡単です。
提供できる人がたくさんいます。
しかし、このサイトで「生きた英語」を供給できる人は
それほど多くありません。
さて、誰がどうやって生きた英語を供給しましょう?
みなさん、どうお考えですか?
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この回答へのお礼

御回答有り難うございました。

>>誰がどうやって生きた英語を供給しましょう?

そうです。結局問題はここに行き着くんです。このカテゴリーがある限りは。(他にはこのカテゴリーが無いのもあります。熟慮の末なんでしょう)

1つの方法は身元や根拠を言うことです。そういう回答も時々見かけますが、それはそれで、判断材料にはなります。

お礼日時:2001/08/01 07:16

補足ありがとうございます。


日本が英語力で世界的に劣っているのは私も認めます。
確かにそれは「受験重視」の英語教育によるところも大きく、それに対するorimotoさんの憂慮も分かります。
ですが、その問題とOKWebのあり方の是非とは別問題であるように思います。

>したがって、このサイトが一般に公開されているところから、こうした憂うべき
>ことにボランティアの勢力が集まるのというのは、日本人が自らの手で、我が国
>が国際的貢献から遠ざかることにエネルギーを使っていることにほかならないでしょうか。

ここで質問&回答されている方はわざわざ国際的貢献から遠ざかろうと思ってされているわけではないと思います。
極端な言い方をすれば、ここのサイトを利用しようがしまいが、正しい英語力を身につける人はいるし、逆にここのサイトを見たからといってそうでない人が増えるわけではないと思います。
しつこいようですが、ここは英語力養成のサイトではないのです。
要は「生きた英語を身に付けよう」という、その人の意識の問題であり、ここで「へりくつ英語」のやり取りがあった=日本人の英語力の低下に結びつけるのは些か乱暴な理論では、と思われます。
・・・お気を悪くされたら申し訳ありません。orimotoさんのおっしゃりたいことは分かるのです。そのお考えを批判するものではありません。むしろ、そのようなお考えの方がいらっしゃることにある種の安心感も感じています。
ですが、「受験用の英語」の需要がある限りは、その制度そのものが変わらないことにはそれらの質問&回答が行われるのはいたしかたないと思うのです。

この回答への補足

レスを有り難うございます。
mitchel-sanのおっしゃることも半分分かります。
しかしこのサイトのような小さな世界の動向が共振して、ちょっと大げさかも知れませんが、大きな社会的うねりになる可能性だってあると思います。
マスコミが注目した場合には、それが増幅されます。その可能性は十分あると思ってます。

それから個人個人の問題として、「需要」があるから「供給」するというのは、もう時代遅れではないでしょうか。(決して貴兄を非難しているわけではありません。)企業だって、いまは需要に対して供給するという論理は成り立たないと思ってます。やはり常に「社会的影響」を考慮しないと、成り立っていかないんではないでしょうか。

ここの「英語」の問題は、「性」の問題とともに、そうした視点で考えてます。考えすぎでしょうか???

補足日時:2001/07/31 18:36
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私儀、こちらのサイト1ヶ月余りの初心者です。

初めはあちこち楽しく拝見して回答も寄せさせて戴きました。ただ、毎日かかさず見ているわけではなく、なにしろ質問の数もそれらが回答される迅速さも、当初素朴に驚愕するほどでしたから、ちょっと見ない間に納得できない回答にポイントがついて締め切られているケースを散見し、なんだか割り切れない気分が残ることが幾度かありました。

そこでこちらの事務局に相談したところ、事務局にメールすれば既に締め切られた質問でも、質問者に届けてもらえサイトにも掲載してもらえることを知りました。で、このようにして明らかな思い違いはさしでがましくも注意していただくようフォローしていますが、これはけっこう切ない行為です。つまりそういうフォローをしても反応が殆どありませんから、自分を納得させるだけの空しい自慰行為でしかない場合が少なくありません。

加えて締切前の質問に回答しても、確かに回答の良否をジャッジ出来るのは質問者にかぎられているので、回答者として理不尽なものを感じることもあります。

さらに、一生懸命回答したものに、ポイントどころかなんの反応もなく受け付け中のまま残っていたりするのを見るのも、また切ないものです。

つまり、このあたりがこのようなコミュニケーション方式の限界なのでしょうか。素晴らしい質問がなされ、正鵠を射た回答がなされる場合もある反面、ちょっと調べれば分かるようなことを手軽にきいてくる人達がいれば、コマセに群がるサカナみたいに群がって我先に回答を寄せてくる人達もいるし。それでもなんでも、質問者から感謝されれば報われるというのが回答者の殆ど唯一の励みなんだと思います。それが納得する形でなされないと不満になりますが、だからといって回答者に出来ることは、たぶん参加をみあわせることしかないんだと昨今は了解しています。
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