同君連合?領土?
同君連合についての質問です。
19世紀半ばにシュレスウィヒ・ホルシュタイン問題が生じてプロイセン、オーストリアの出兵によってデンマークは両公国を失いましたが、この事実(言い方?)に違和感を感じます。
同君連合ということは当時デンマーク王国政府とは別にシュレスウィヒ公国政府とホルシュタイン公国政府が存在していたのでしょうから、「デンマークはシュレスウィヒ・ホルシュタインを奪われた」のではなく、「同君連合を解消した」というほうが近いのではないかと思いました。
しかし「デンマークはシュレスウィヒ・ホルシュタインを奪われた」のような書き方をしている本が多いです。
なぜでしょうか?
同君連合でも「イギリスはハノーヴァーを失った」とか「オランダはルクセンブルクを失った」のような言い方は聞きません。
デンマークとシュレスウィヒ・ホルシュタインは地続きだから「奪われた(失った)」的な言い方をするのでしょうか。
もっとも、オランダとルクセンブルクもベルギーがオランダから独立するまでは地続きでしたが。
教えてください。
よろしくお願いします。
回答(1件)
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No.1ベストアンサー20pt
興味のあるご質問だったので調べてみました。
公国と言うのは王ではなくて、貴族、公爵によって治められている国家です。
当然シュレスウィヒ公国政府とホルシュタイン公国政府の政治形態もそうだったのですが、その両公国を治めていたのが、それぞれの公国の公爵ではなくて、デンマーク王だったようです。
それでも、それぞれの公国はデンマークに対しては独立的に政治活動ができます。
しかし、国際的に見た場合、同じ君主で同君連合が作られると、それら全てをあわせて一つの国家と見なします。
ですから、連合の解消と言うよりは、「デンマーク王が統治していた領土が奪われた」と言う意味で「奪われた(失った)」的な言い方をするのだと思います。
素晴らしいご質問ですね、私が高校生のときはこれっぽっちも疑問に思いませんでした(^^;)。
おかげで勉強になりました。
http://www.tabiken.com/history/doc/M/M335C100.HTM
この回答へのお礼
なるほど、そのように考えると納得できます。
回答ありがとうございました。
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