日本人は農耕民族だったが、狩猟文化は?
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日本人は稲作を中心とした農耕民族でしたが、日本でも農耕より狩猟が盛んだった地域とかないんですか。
例えば、北陸や新潟、長野の山間部や東北なんかだったら、寒いわ、雪は降るわでましてや、東北なんかやませ風が吹くわで農耕のしにくい地域ですよね。
回答(3件)
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No.3ベストアンサー10pt
稲作は弥生時代のかなり早い時期に東北まで伝播していますが、
弥生時代には、大きな河や深い森林地域は治水や開拓が出来ないので、
ほとんど稲作はされていません。
比較的開けた小河川や中流域の支流で稲作がされています。
従ってそれ以外の地域に住む人々は基本的に狩猟採集もしくは畑作農業が生産手段です。
稲作耕作地が増えるに従って、生活地域は狭まりましたが、
山窩(さんか)と呼ばれる人々は、明治時代まで独自の文化を保存し山間部で生活していました。
つい最近まで、日本の山間部はこれらの人々の生活の場だったわけです。
No.1さんの言う通り、北海道は弥生時代に入ってからも農業は伝わりませんでした。北海道だけは弥生時代の文化を弥生文化ではなく、「続縄文文化(しょくじょうもんぶんか)」と言います。
ただ当時の北海道を日本だと思ってよいのかどうか・・・。
縄文文化においても最近では栗などを栽培していたということはわかっていますが、いずれにせよ農耕以前には狩猟採集経済があったと考えられます。
アイヌも狩猟経済だと思いますが、どうでしょうか。
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