プロが教えるわが家の防犯対策術!

こんばんは。
自分の今まで密かに抱えていた疑問についてご意見頂戴したいと思います。

よくクラッシックの名曲に歌詞を付けた曲ってあるじゃないですか?
結構、流行ったり話題になって、ラジオで頻繁に流れるようになったり。

1.あーいうのって、(特に今までその曲がささやかでも好きだった場合)迷惑だと感じたことありませんか?
詩が耳に残ってしまい、その曲をこれまでどおり聴けなくなるとか。

2.替え歌についても同様で、最近は見かけませんが、カモンさんとかの替え歌を流行曲や好きな曲を聴くうえで、つい思い出してしまい、迷惑(止めて欲しい)と感じたことはありますか?

A 回答 (7件)

カモンさんのは、ちゃんと許可を得ていた(?)らしいのでまあ、仕方がないとは思いますが、クラシックの方はちょっと嫌だな~って思いますね~。

かなり昔にアイネ・クライネ・ナハトムジークがCMで流れてましたよね。「バーカバーカエヘン虫~♪」ってな具合に・・・。
最近だとハレルヤやエリーゼのためになんかも歌詞化されていますよね・・・・。作曲家が死んでしまっているとはいえ、その歌詞のイメージがついてしまうとクラシックファンとしては悲しくなりますね。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
権利関係の疑問では無いのですが。

でも、それまでその曲が好きだった者の鑑賞する楽しみを奪われたような悔しさがあります。

「クラッシックファンとして悲しい」というのもあるんですね。なるほど。

お礼日時:2005/01/12 20:27

noujiiさんこんにちは。


ありますね、「やめてくれぇ」って時。感じ方は人それぞれと言われても、テレビ等で不特定多数に向かって流れているのは不快です。

ちょっと質問の趣旨からズレますが、、、

The Swingle Singers というアカペラグループをご存知でしょうか?
http://www.excite.co.jp/music/artist/81092251/

とても素敵な上質のコーラスグループなのですが、彼らが「ウィリアムテル序曲」を歌い始めると、30代ぐらいの人がみんなクスクス笑い出すんです。何故だかお解りですか?

「おれたちひょうきん族」のテーマ曲だからです。ひょうきん族でウィリアムテル序曲を知った人は、どうしても笑っちゃうんですよね。イメージが固定されていて不幸な曲だと思います。「鼻から牛乳」よりはマシですが。

もともとオーケストラ用の「ウィリアムテル序曲」を、A cappella で演奏するのも「替え歌」といえばそうなのですが、こちらは僕はあまり気になりません。ジャズではよく名曲をアレンジ、というか即興的に崩して弾きますが、うまい人が演ると爽快です。BEATLES はフランス国歌「La Marsei llaise」をモチーフに「All You Need Is Love」を書きました。

原曲に対する敬意の感じられる、実力を伴った上質なアレンジや替え歌は、音楽の幅を広げると思います。

結局のところ「質」の問題ではないでしょうか。

参考URL:http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/search-handl …
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この回答へのお礼

おもしろい話しですね。なるほど。その曲は、ひょうきん族全盛期は、使用に制限があった時期かもしれませんね。
聴く側が評価する「質」ですね。
永いモヤモヤに区切りがつきました。ありがとうございます。

参考URLアクセス出来ませんでした。残念。

お礼日時:2005/01/13 18:19

私は、音楽も好きですが、それよりも「日本語」が好き(堅苦しい意味でなく)なので、日本語を使って


目一杯遊んでいます、という姿勢と楽しさが見える嘉門氏の作品は大好きです。
同様の理由で、その他の替え歌や、本来歌詞のないクラシックなどに歌詞をつけたもの(ちなみに嘉門氏も
何曲か発表しています)も、原曲を知っていれば楽しんで聴きます。
外国語の歌詞を日本語に訳しているものについても、どうせ言語のニュアンスが完全に理解できるわけでは
ないですから(出来る人ってすごいですねー)、ある程度のイメージがわかればよいと思っています。
まあ、やめて欲しいなという気持ちがあるのは理解できます。個人的には、心が狭いなとは思いますが。
(最後のケースと、「原曲を作った人」が考える場合を除きます。元の歌の作り手には、それをやめろと
言う権利があると思っていますから)
どちらかというと、「好きな歌を下手な歌手にカバーされたくない」という気持ちの方が強烈にあります。

ちょっと揚げ足取りですが、「嘉門達夫」という名前を名乗っておられる方を、わざわざ「カモン」さんと
呼ぶのは、ある意味、本来ある名前をもじった、替え歌のようなものだと言えませんか?

この回答への補足

おお!ついに「心が狭い」との人格否定系ご意見が!(←大げさ)
そこまで言わんでくださーいぃ(T-T)

・あとから詩を付けた曲全てが記憶に残る訳でもなく、印象に残らないものは気にならない。
・興味のない曲がどう変わろうと気にならない。
のですが、質問文にあえてそこまでは書きませんでした。
(余計な断り書きが少ない方が分かりやすいと思ったのと、文面を極端に解釈しないと思ったのです。)

名前のカタカナ表記も記憶に自信がなく、うろ覚えで調べるのも面倒だっただけです。(「かもんさん」よりは伝わるかなと。)
前半の文面の印象から、直接関係の無い部分も悪い効果を狙ったものと思われてしまうようですね。新鮮な発見でした。

でも、ありがとうございます。次回はお手柔らかに。

補足日時:2005/01/13 18:01
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まあ気持ちはわからないでもないんですが。


音楽の歴史からいって替え歌、いい曲に別の歌詞をつけるというようなことはむしろ本来の音楽であると思っています。今のように録音があって世界の各地の音楽がほぼリアルタイムで聴ける、なんてのはせいぜいここ一世紀ぐらいの話で、それ以前はむしろ音楽って替え歌、歌詞付け、パクリ(借用といったほうがきこえはいいが)が主流であったとおもいます。今に残っているかは別として。
まあ他人の作ったものを自分のものだというのは許されなかったみたいですが勝手に使うのは問題なし、という。~の主題による変奏曲、とか、ベートーヴェン編曲の民謡、とか、実例はいくらでもあげられます。
だから、善し悪しでいえば全然悪いとは思いません。
ただしその出来がいいか悪いかは別問題ですし、そっちのほうが大切だと思っています。
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この回答へのお礼

良し悪し。。まぁそりゃそうですね。
ありがとうございました。

お礼日時:2005/01/13 17:59

今に始まった事じゃなくて、クラッシックの曲って大昔つまりロマン派が始まった1800年代初頭から、いろんな人がいろんな曲に歌詞つけちゃってるよね。

だから、いいな、おもしろいな、と思ったらそれを行うのはその人の自由、それで大衆に受け入れられればそれでよいし、受け入れられなければ、時代から消えるだけ。

例えば、バッハの平均律クラビーア第1集の1番プレリュードに、グノーって人はメロディーと歌詞をつけちゃった、でもそれが今では原曲より有名になって「アベ マリア」としてみんなに親しまれているし。

当時はクラッシック音楽が普通の大衆音楽でもあったんで、替え歌なんかもよくあるし、有名なベートーベンの第九交響曲だって、歌詞の意味がわかんないからいい物の、内容はめちゃめちゃだしね。

シューマンも、フランス国家の演奏が中止された時期に、自分の曲のなかにフランス国家のフレーズを忍ばせて、自分の奥さんのピアニストだったクララに、大衆の前でそれを演奏させたりしてるし。

昔からいろいろ、みんなやってんだよね。
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この回答へのお礼

その人にとって、「歌詞付き」「曲のみ」どちらを先に耳にするかでその曲の印象も変わるかもしれませんね。ありがとうございました。

お礼日時:2005/01/13 06:50

私も別に迷惑だとは思いません。

作詞家がそれで曲が売れて印税が入ればそれはそれでその人の自由だし、むしろ原語で歌われている曲を日本語に翻訳して歌うのは止めて欲しいと思う一人です。これこそ曲のイメージが変わってきてしまいます。直訳というのは殆どなく、意訳していると原語の韻をふんでいる部分なんか全く無視されていて詩が全くその働きをなしていないと感じるからです。
和田アキ子のように外国の歌を歌っても歌詞の意味もわからずただカタカナでフリ仮名をつけて歌っているのも最低ですが。
替え歌に関しては芸人がモノマネやっているのをみてよろこんでいるわれわれと同じですのでこれも非難はしません。嘉門のように極端ではないですが、われわれも上で書いたような替え歌もどきをやっているのですから同じではありませんか?それにあれは反対にクラシック(限らず原曲)を知っているからこそ面白いのであって、原曲を知らない人にとってはお経を聞いているのと同じです。
耳に残るといいますが、耳に残らない曲の方が作った本人にとって寂しいとは思いませんか?
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この回答へのお礼

詳しくないのでタイトル分りませんが、クラッシックの曲を目覚ましに使っていたら、最近、日本語の詩を付けた歌が出たんです。
依頼、その目覚ましで使っている曲は私の中では、歌詞付きの曲になりました。

カモンさんの替え歌が耳に残ることはありませんが、仰るように"日本語バージョン"や"パクリ"は嫌ですね。郷ひろみさんのようなものとか。

ありがとうございます。

お礼日時:2005/01/13 06:47

1、全然迷惑とは感じません。


これまで、クラシックの名曲に歌詞が付けられたものは、歌謡曲でも、CMソングでも、またNHKの幼児向け番組「おかあさんといっしょ」などでも歌われていました。
 しかし、その歌詞が耳に残ったりすることは先ずありません。
 ベートーヴェンの「エリーゼのために」を聴いて
ヴィーナスの「キッスは目にして」や、古い曲ですが
ザ・ピーナッツの「情熱の花」の歌詞を思い浮かべたりすることは全くありません。
2、これも、全く迷惑だとも、やめてほしいとも思いません。
 先日もNHKの番組で、嘉門達夫さんが、替え歌を歌われていましたが、あれはあれで、大変楽しいと思います。
 むしろ迷惑と感じるのは、自分の好きな曲を、歌唱力の貧弱な歌手にカヴァーされることです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
私は賛同を得るのが目的ではなく(得たらそれは嬉しいですが)自分の疑問は他者から見ればどうなのかを知りたかったので、大変参考になります。

お礼日時:2005/01/12 20:57

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