女性天皇について
天皇家は歴史的に女系になったことは一度も無いそうなのですが、どういう意味なのかよく分かりません。
推古天皇は女系ではないのでしょうか?
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回答(11件中1~10件)
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なんだか正しい回答、間違った回答、質問を無視して自分の意見だけ述べた回答など色々出ていますね。
質問者さんの疑問を解決するという点では、No.5の方の回答だけを見て、他は読み流すことをお勧めします。
この回答へのお礼
皆様ありがとうございました。
大変よく分かりました。
皇位継承は難しい問題ですね。
女性天皇 私が思う問題点。
複数回答がある男系問題。これは、旧宮家の方復活しか解決方法がないように思われる。
女性天皇の旦那(その家族)さんをどういう立場にするか。
政治利用などなにかにつけて利用される恐れがあし、そうそう成り手もいないと思われる。
もっと問題は山済みかとおもいますが、簡単な2点を。
女系天皇=母親が皇族だが、父親が非皇族の天皇
という意味です。
推古天皇は父親が欽明天皇、母親が蘇我堅塩姫なので
男系天皇です。
ちなみに、欽明天皇の父、継体天皇は、両親の系統とも5代以上遡らないと
天皇につながらず、「継体王朝の始祖」
ともいわれています。
この継体天皇と、「旧王朝」である
「応神王朝」の皇族である手白香皇女との
あいだにできた子が欽明天皇であり、
「旧王朝」の立場からみれば欽明天皇は
女系天皇ということになります。
大伴氏、物部氏など応神王朝以前からの
氏族を統率するうえで、この「女系」の
血統は重要であったために、以後の天皇は
安閑天皇、宣化天皇の子孫ではなく、すべて
欽明天皇の子孫から出たと考えられます。
かつて、女性天皇(男系女子)はいたけど、女系女子の女性天皇は一度もいなかったということです。
女性天皇賛成論の人はここのところをよく分かってない人が多いんですね。(No.2の回答者のような混同している人がいるのです。明治以後は男系男子に限ったのであり、それ以前は男系女子でもよかったというだけです。)
女性天皇が現れた時というのは、ワンポイント・リリーフであり、その子供が天皇になったというのは夫が天皇で近親結婚でもしていなければいないはずです。(私の記憶ではいません)
女性天皇が婿養子を取ってその子供が天皇になったら、かつて家臣だった者の血統が天皇家に入るということで、万系一世ではなくなることを意味します。(天皇家が万系一世と諸外国から言われるのはこの所以であり、これはワシントンポストよりも手厳しいニューズ・ウィークも認めている、世界的にもまれな家系なのです)
だからこそ、男の天皇を辿っていけば(直系でなくても傍系でも)最後には神武天皇に行き着くということが言えるわけなんですね。
No.7ベストアンサー10pt
No3です。
何てそそっかしいんだろう。
質問に答えていません。
推古天皇は欽明天皇の孫であり
孫の舒明天皇が成長するまでの間だけと説明しましたよね。
確かにここだけ見れば女系ですしかし孫である舒明天皇
が控えているのです。
さて愛子様ですが、皇族には現在男子がおりません。
男子の血統が今まで続いていたのです。
しかし今回はもし愛子様が天皇に成られた場合
他の血統が入り込んでくるのです。
今まで男性の血統優位説から見れば余所の血統に変わってしまうのです。
男性優位(遺伝子は男性の遺伝子のほうが強く残る)は
人間だけでなく動物全てに当てはまるのです。
要は女系天皇(女性天皇)が問題なのでなく
将来「天皇家の血筋」が変わってしまうことが問題になっているのです。
臣下におりた元皇族の血筋の方が愛子様のお相手になれば問題解決です。
しかしそう巧く行きませんよね。
そして「帝王学」は子供の頃から天皇として躾けなくてはいけません。
その為今問題視しているのです。
すでにお答えが出ていますが、これまでの 8代 10人の女帝はいずれも男系です。しかもすべてその次は男系男子に戻っているのです。
今問題になっていることは、男系である愛子さまを女帝にすることは、比較的簡単に話はまとまるでしょう。
しかし、その次をどうするかということです。愛子さまのお子さんは女系と言うことになり、これまで女系が即位した例はありません。そうかといって、歴史上の例のように、愛子さまを中継ぎと考え、その下に男系男子が控えているのならよいのですが、そののぞみがきわめて低いのです。
千年以上におよぶ天皇家の伝統を、ここで簡単に変えてよいのかどうかが、問題になっているのです。
No.5ベストアンサー20pt
父親が皇族で、母親が皇族以外の場合、男系の天皇。
母親が皇族で、父親が皇族以外の場合、女系の天皇という事になります。
推古天皇は女帝ですが、父親は欽明天皇ですので、男系の天皇になります。
推古天皇は敏達天皇と結婚しその間子供(孫)が育つ間だけ天皇になりました。
その後誕生になります舒明天皇です。
皇極天皇、斉明天皇は同一人物(女性)で舒明天皇
孝徳天皇と2度結婚しています。
それが天智天皇と天武天皇で子供が育つまでの繋ぎなのです。
詰まり男系の天皇の子供が育つ間だけ、天皇の地位にいたのです。
推古天皇、皇極(斉明)天皇、持統天皇、元明天皇、元正天皇、孝謙(称徳)天皇、明正天皇、後桜町天皇ですね。男子継承主義が定められたのは、明治22年、旧皇室典範ができた後で、比較的新しい「伝統」なのです。(抜粋)
つまり明治22年以前は、女性天皇OKだったようです。
女性天皇を認めるのに議論されている理由が僕には分かりません。とっとと法律変えて、もっと悩むべき問題で悩んで欲しいものです。
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