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授業でジャズについて学び(ルイ・アームストロング)、特にスウィング系にハマりました。スウィング系のおすすめCDがあれば是非×2教えてください。

A 回答 (2件)

 JAZZのもつ高尚で良い意味で堅苦しいイメージというのはとても好きなのですが、長く聞くお勧めというのはということからはベタベタのJAZZはあまりお勧めできません、マニアックにも際限がないからです。

それよりは世の中の流れに一石を投じることとなったような作品が良いとおもいます。また、時代を上手く取り入れたものが良いともおもいます。
 真性のJAZZ派からは邪道といわれることもしばしばですが、ここはグラミー賞受賞のブライアン・セッツァー・オーケストラ(BSO)の一番有名であろう『ダーティ・ブギ』はどうでしょうか?
 このブライアン・セッツァーがJAZZYなエレキギターの代名詞ともいえるグレッチで凄腕のギターワークと歌を担当し、10名程のスウィング・オーケストラを引き連れて演奏するといったスタイルがBSOのスタイルとなります。
 勿論サックス、トロンボーン、トランペットと各3人くらいはいるとおもうので、スウィング隊の音圧はかなりズシンとくるものがありますよ。また、それに負けないブライアン・セッツァーのギターワークと歌の掛け合いが、近年でベストスウィングの名を欲しいままにしたのでしょう。
スウィングとしては500万枚以上のセールスは別格といっていいとおもいます。
 また、ブライアン・セッツァー自身はかなり有名なストレイ・キャッツというロカビリーバンドで活動をしていたことでも有名であります。その頃からかなりギターの上手いひとでありますが、多分引き語りでステージを走り回りアレだけの技量を見せる人は他にいないです。また、彼自身のギターワークもJAZZコードワークをロカビリー時代から上手く取り入れたものであり、非常にロック界でも玄人好みのギタリストであります。
 このアルバムは基本的に歌以外の演奏が入念なリハーサルの末、なんと1発撮りされているという経緯があります。特にホーン隊のスウィング振りは彼のギターワークに遅れを取らないためなのか、鬼気迫るものがあります。名演といっても差し支えないとおもいます。
 また、彼のストレイキャッツ時代のナンバー、『ROCK THIS TOWN』がスウィングバージョンとしてリメイクされていますが、このリメイクの素晴らしさ、熱演具合は是非聞く価値があります。
 当然売れたアルバムなのでCDとしての全体の楽曲の質も大変良いものがありますので、聞いてみてください。

 

参考URL:http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005H …
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こんにちわ。


黒人の子供だったルイはピストルで遊んで少年院にはいってしまったところを、素敵な先生に見出されてジャズの王様への道を進んだんでしたね!

スイングはルイの次の時代(1930-1940年代)にやってくる白人オーケストラが主体のジャズですが、ルイのスイング時代オーケストラ作品もデッカというレコード会社にありますので輸入盤で探してみてください。

白人スイングの代表選手といえば、「スイングの王様」を名乗ったクラリネットのベニー・グッドマンです。
去年大ヒットしたスイングガールズのクライマックスで演奏されたシング・シング・シングもグッドマン楽団の代表曲でした。かれの成功物語は、映画「ベニイ・グッドマン物語」(なぜか映画の題名はベニイになっています)に美しく描かれています。日本全国のレンタルビデオ店にある名作ですのでごらんになってみてください。
彼はお客さんの目の前ではじめて黒人と一緒にステージに立った白人ジャズマンとして非常に有名です。しかし、社会の反応を配慮して、ビッグバンドで黒人がステージに立つことは無く(レコード上ではあったのですが)、コンボ、といわれる小編成バンドで黒人と共演してきました。

昨年末にひっそりと亡くなりましたが、もうひとり白人クラリネットで「めがねをかけていないグッドマン」と言われたアーティー・ショウが、ビギン・ザ・ビギンなどの大ヒットで2番手として非常に有名です。また、人種差別に真っ向から反対した白人ジャズ界最初の闘士として有名で、伝説の黒人女性ジャズ歌手ビリー・ホリデイは彼のバンドでとても助けられたお話が有名です。

クラリネットのほかに、もうひとつの白人スイングの人気オーケストラリーダーの顔はトロンボーン奏者でした。こちらはどちらもめがねが似合うので有名でした。

グレン・ミラーはトロンボーン奏者としての腕前はあまりテクニシャンではありませんでしたが、バンド運営が非常に上手で大人気スターになりました。人気絶頂のなか、おりからの戦争に貢献したい、と空軍の将校になって、空軍軍楽隊をスイングバンドにしてしまったすばらしいお話がありますが、最後は霧の深い日に飛行機事故で行方不明になってしまいました。かれの生涯は、映画「グレン・ミラー物語」でドラマチックに描かれていて、涙が出てしまいます。この映画には本物のルイ・アームストロングが出演していることでも有名です。これも全国のビデオ屋さんにありますので見てください。

もうひとりのメガネのおしゃれな白人トロンボーン奏者が、トミー・ドーシーです。
とても甘い音色のトロンボーンで、センチメンタル・ジェントルマンというあだながつきました。もちろん大ヒット曲は「ぼくはセンチになったよ」というバラードです。
世界一の大歌手となったフランク・シナトラは、実は
トミー・ドーシーのオーケストラに抜擢されたアメリカ音楽史上最初の男性アイドル歌手でした。
トミーには、実はアルトサックスのジミーという名前の兄がいて、兄弟で別々のオーケストラを持っていました。たいへん仲の悪い兄弟で有名だったのですが、こちらも映画になっていますのでチャンスがあれば見てください。(この映画は日本でも発売されましたがあまりレンタル屋さんには見かけないマニア好みの作品です)


スイングというとこれら4大白人オーケストラが非常によくヒットした時代でしたが、黒人オーケストラも「売れ線ヒット」とはちがって、本物のジャズを追求していました。
そのなかで一番有名なのが、NYハーレムの帝王として黒人社会で非常に尊敬されたピアニストのデューク・エリントン楽団です。中期の年代で大ヒットとなった「A列車でいこう」はきっとごぞんじのはずですね♪
しかしエリントン楽団の本当に得意とした曲目は、非常に黒人くさく、どろどろ、ねばねばした黒人の情念という感じの作品が多かったものでした。

もうひとつの人気黒人スイングオーケストラは、おなじくピアノのカウント・ベイシー楽団です。
こちらはカンサスシティで活躍しました。
大都会ニューヨークハーレムのエリントンと違って、カンサスのベイシー楽団は、ぴょんぴょん元気にはじけるようなスイング(こういうスタイルを特に「ジャンプ」と呼びました)が特徴です。
ですので、本当の意味でのスイングの帝王はカウント・ベイシーだ、とアメリカ本国の黒人ミュージシャンたちは彼を非常に尊敬しています。
このベイシー楽団がカンサスからニューヨークへデビューすることがなかったら、その後のモダンジャズは誕生が10年遅れたのではないかと私は思っています。
といいますのも、このバンドのテナーサックス奏者レスター・ヤングが「特に何も考えずに自分がやりたいと思った音楽」が、のちにモダンジャズを革命的につくりあげたアルトサックスのチャーリー・パーカーの音楽のお手本となったからです。

カウントベイシーとベニーグッドマンが共演した1938年の「フロム・スピリチュアル・トゥ・スイング」という2枚ぐみの有名な作品がありますので、これもぜひ勉強に聞いてみてください。

白人、黒人のオーケストラが大ヒットした時代ではありましたが、もちろん小編成コンボもたくさんありました。
当時はオーケストラ時代でしたので、小編成といえども「なになに楽団のだれそれ」という呼ばれ方が多かったのですが、所属オーケストラの壁を超えてプレイヤーたちが火花を散らして小編成バンドで腕自慢を競ったのが、モダンジャズのはじまりでした。
こういうセッションのことを「ジャム・セッション」と呼びます。
ここの掲示板でもよく書かれている、「セッションやりたいんですけど」という言葉のおおくは、ジャムセッションのことをさしています。

スイング時代のジャズのCDは、もう60年ぐらい前の作品ですのでいつでもどこでも沢山すぐに買える、という状態ではありませんが、輸入盤ショップには大量にありますのでぜひ行ってみて下さい。

また、歴史的に非常に重要な音楽文化資産ですので、CDをとりあつかう図書館なら、かならずここでご紹介した重要作品は置いてありますので、無料で利用できる図書館があればそちらもおすすめです。
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