葬儀後、49日まで一週間に一度故人宅へ伺う風習について
お葬式の風習に関する事なのですが、「葬儀後、49日まで一週間に一度故人宅へ伺う風習」が地域によって現在もあるようなのですが、これはどのような意味で始まった事なのでしょうか?
私の実家(大分)には、ありません。 友人達の話で、千葉や三重には今もその風習がある事を聞き 大変驚きました。 遺族を慰める為かと思いましたが、この風習の意味を知っておられる方が居られましたら、お教え頂ければ幸いです。
もちろん風習に関する事ですので、正確な解答でなくとも結構です。いろいろなご意見が伺えれば大変参考になります。
どうぞよろしくお願い申し上げます。
回答(7件)
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旦那の実家(京都の田舎)ですが、
7日ごとのお勤めは近所や親戚のおばちゃん連中が「御詠歌」をあげにおいでになります。(1~2時間かかります・・)
お坊さんは49日までおいでになりません。
宗旨はお東さんだったような気がします。
この回答へのお礼
ご回答ありがとうございます。京都でもその様な風習?があるのですね。貴重な事をお教え頂きまして感謝致します。ありがとうございましたm(__)m
三重出身です。浄土真宗です。
49日まで、7日ごとに近親者だけ集まってお経を読みます。初七日と49日以外は、お坊さんは呼ばず、集まった近親者皆でお経を読みます。
正しいやり方かどうかはわかりません。
意味は、子供の頃は、極楽浄土へ行く道を間違えないようにするためと教えられたような気がします。
これも本当かどうかはわかりません。
この回答へのお礼
ご回答ありがとうございました。そういえば私も以前に「極楽浄土へ行く道を間違えないようにするため」との言葉を聞いた事がありますが、これは何についての言葉だったのかは忘れてしまいました。どうもありがとうございましたm(__)m
私の家近辺は、その風習がありますね。
初七日に始まり、七日毎に住職にお経を頂戴して塔婆を頂きます。
七七日の四十九日まで続きます。
この回答へのお礼
ご回答ありがとうございました。参考になりました(^^
一般的に「四十九日」と言われていますが、実際は「七七忌(しちしちき)」と言います。
初七日(しょなのか)はご存知だと思いますが、その後も二七日(ふたなのか)三七日(みなのか)・・・七七日(なななのか)と続くそうです。
現在は、初七日をお葬式の日にやってしまう等かなり略式の葬儀になっていますので、殆どの地域で行われていないのではないでしょうか。。。
事の始まりは下記のURLを参考にして下さい。
>>年忌(ねんき)
http://www.tabiken.com/history/doc/O/O119L100.HTM
参考までに。。。
>>仏式
http://www.gokurakuichiba.co.jp/information/kank …
この回答へのお礼
非常に参考になります。ご回答ありがとうございましたm(__)m
No.3ベストアンサー20pt
それはただお伺いするだけなのですか。
お坊さんが、亡くなった日から 7日間は毎日、それ以降四十九日までは 7日ごとに、お経を読みに来るのは、普通の風習かと思います。質問者さんが聞かれたのも、お坊さんに併せて、近親者がお参りに来るというのではないでしょうか。
ではなぜ 7日ごとかというと、
★ 四十九日までの七日ごとを一節として七回繰り返すこの葬送儀礼は、十王経や十三仏事などのいわれから日本社会に定着したものといわれています。★
と、参考URL「浄土真宗のご葬儀」→「中陰、四十九日法要、仏壇購入等」にあります。これは浄土真宗のサイトですが、他の宗派でも基本的には変わらないでしょう。
ただ、最近は宗教心も薄れたのか、何かと簡略化され、初七日までの分は葬儀当日にまとめ、以後 7日ごとの分は省略してしまう家庭も多いようです。
明治維新以降、宗教の多様化も進み、古来からの風習、習慣も次第に影が薄くなってきている中、不思議に感じられたのも、時代の流れというよりほかありません。
この回答へのお礼
ご回答ありがとうございます。だんだんと簡素化されていく風習について理解できました。ありがとうございましたm(__)m
No.2ベストアンサー10pt
昔から人が死ぬことを「往生(おうじょう)」といいます。
往生は「往(ゆ)きて生まれる」という意味で、亡くなった時から死出の旅が始まり、四十九日後に他の世界に往って生まれ変わるという言い伝えにもとづいています。
故人が亡くなった日から数えて四十九日の間を中陰(ちゅういん)(中有(ちゅうう))といいます。
これは現世と来世の中間という意味で、死から新しい生へと生まれ変わるのに必要な期間で、四十九日目を満中陰といいます。
仏教では、死者が冥土に行くと、七日目ごとに閻魔大王を筆頭にした十王によって、生前の善行、悪行を問われ、審判が行われると考えられています。
また、この審判の日に遺族が供養することにより、そこで積まれた善業(ぜんごう)が故人にも及ぶと教えています。
亡くなった人のために善業(ぜんごう)を積み重ねることを追善といい、故人ができるだけ善い世界に生まれ変われるようにとの親族の素朴な願いから、葬儀のあと七日ごとに追善供養をするようになりました。
最初が初七日(しょなのか)で、この日に故人が三途(さんず)の川の畔(ほとり)に到着するといわれます。
川の流れは激流と急流、緩流の三種類あるため、緩流を渡れるようにとの願いを込めて営む法事です。
その後、二七日(ふたなのか)(十四日目)、三七日(みなのか)(二十一日目)、四七日(よなのか)(二十八日目)、五七日(ごしちにち)(三十五日目)、六七日(むなのか)(四十二日目)、七七日(しちしちにち)(四十九日目)と続きます。
この間が忌中(きちゅう)で、閻魔大王の裁きを受けるという三十五日と次に生まれ変わる世界が決定するという四十九日には、いつも以上に心をこめて冥福を祈ります。
と ある所に記載がありました。
この回答へのお礼
詳細なご解説を頂きましてありがとうございます。大変参考になりましたm(__)m
諸説あるようですか、私は仏教起源だと思います。
仏教、特に真言系では本来は葬式後7日ごとに供養を行います。
現在では省略されて最初の7日目、つまり初七日の供養だけを行っているようですけど。
本来は7日ごとに供養を行うようです。
この回答へのお礼
早々のご回答、誠にありがとうございました。真言系では特に重視されるのですね・・勉強になりましたm(__)m
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