昔の列車のトイレは、垂れ流しでしたが・・・
私の記憶が確かなら、昭和30年くらいまでの東海道線のトイレは、垂れ流しでした。トイレに入って下を覗くと、線路が見えました。
そして、「停車中の使用はご遠慮ください」という貼り紙がありました。
窓を開けていると、たまに、飛び散った水滴が入ってくることがあり、気持ち悪かったです。
今考えると、ひどい話ですよね。
あの大勢の乗客の排泄物を線路にまきちらされて、沿線のひとたちは黙っていたのでしょうか?保線のかたたちはどうだったのでしょう?
そして線路の状態は・・・・?
あのころの事情をご存知のかた、ぜひ、教えてください。
回答(6件)
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関係ないですが筒井康隆氏の小説に、沿線のアパートに住む住人が窓を開けていると汚物が飛び込んでくるのに腹を立て、そこにベニヤ板を立てて、糞便や生理用品、ちり紙を貼り付け、それを持って国鉄に抗議に行く、、、だったかの内容の小説がありました。
この回答へのお礼
はぁ~
そんな小説があったんですか。
それにしても、アパートの窓から汚物が飛び込んでくるなんて、すごい話ですよね。
今の若い人たちが聞いたら、絶句してしまいそうですね。
除菌、除菌、と、清潔志向の世の中ですが、ついこの間まで、列車は糞尿を撒き散らしながら走っていたんですよね。
そして、沿線の家の窓にそれが飛び込んでくることもあった・・・
皆様、ためになるお話、いろいろ、ありがとうございました!
山陽本線で備後赤坂~東福山・糸崎~本郷でトイレが使えませんでした。
トイレに表示してあります。
高架区間は使用できないという意味です。
沿線で「黄害」という言葉もあります。
保線の人はどうだったか?父は保線のプロですが、気にはしていません。
今は殆んどの列車に処理装置が付いているようです。
この回答へのお礼
保線の方々は、気にされてなかったんですか?
びっくり。
そういえば、「黄害」と言いましたね。
何と言うんだったかなあ、と首をひねっていました。
ありがとうございました!
No.3ベストアンサー20pt
うわぁ!なつかしいですね。
高崎線や東北線(今では宇都宮線ですが)もそうでしたよ。
私は沿線住民ではありませんでしたが、線路の周辺の石にはティッシュの乾いたのが
こびりついていたりしたのを見ました。
確かに今にして思えばすごい衛生状態ですよね。
踏み切りの所には「列車の落し物に注意!」「高速飛び散り、危険!」というような文言の
看板が設置されてました。
それぞれにウンチ君の絵がかわいらしく描かれていたのでしたが、それを目にするたび
念のためさらに一歩後ろに下がって(笑)列車の通過を待ったものです。
踏み切り通過時というのは列車は走行状態ですから、ちょうどその瞬間に用を足してる人が
いるかも知れませんので・・・
この回答へのお礼
思い出しました!
踏み切りの、看板!
おもしろいお話ありがとうございました。
昔は、垂れ流しで小便は霧になりましたし、汚物は粉砕されていたでしょう。
ですから、僕は地方財自由者ですが長距離列車で東京近郊になると便所の使用を禁止した列車がありました。
また、基本的には「走行中の使用のみ可能」でしたからそのような事情もあったのでしょう。
現在は、「汚物処理循環装置」というのが付いていて
それで停車中でも使用できますし、垂れ流しはしてません。
それを最初に採用したのは、東海道新幹線です。
そうしないと危険ですので。
この回答へのお礼
お礼申し上げるのが遅くなりました。
今は「、「汚物処理循環装置」がついているのですか。
どうやって処理しているのかなと思っていました。
ありがとうございました。
No.1ベストアンサー10pt
随分となつかしい話ですね。 思い出しました。
当時のトイレは和式のみで、下の砂利や枕木が見えて子供心に怖かった思いがあります。
線路の近くに住んだ経験はないのですが、トイレの排出物で沿線の住民から苦情が出たとか、社会問題になったとか全く聞かなかったです。 また田舎に行った時に線路上を歩いた事がありますが、線路上に落ちている排出物を目にした事はありません。
想像するしかないのですが、高速運転中に 「小」 の方をすると微粒子になって雲散霧消していたように思います。 つまり霧状になって消えてしまうんですね。
あと、「大」 の方ですが、線路の真ん中にとぐろをまいた物がデーンと ・・・ こういう状態も無かったでしょうね。
多分、地上に落下する前に風圧で形が大きく崩れ、台車部分や線路上に拡散して飛び散っていたように思います。
おそらく運行終了後には、トイレを設けた車両の下回りは放水などで清掃していたと思います。
また、線路上に飛び散ったものは、基本的に線路上は立ち入り禁止区域になっていましたので、沿線の住民の迷惑にもならず、そのまま風化していくのを待っている状態だったと思います。 また雨でも降れば溶けて砂利や下の土に吸収されていたのでしょうね。
停車中に使用禁止にしたのは、線路上に現物がそのままデーンと存在する状態を防ぐためだったのでしょうね。
このような状態だったので、沿線の住民から不衛生だとお叱りを受ける事もなく、また保線担当者にも心理的負担を強いる事はなかったと思います。
国鉄関係者ではないので、想像の範囲を超えなくてすみません。
この回答へのお礼
お礼申し上げるのが遅れました。すみません。
私もずいぶん線路上を歩いた記憶があります。
そのほうが近道だったものですから。とがめられることもありませんでしたが、考えてみれば危険な話ですね。
しかし、そのとき、汚物が落ちていた、という記憶がないのです。
あれは一体どこへ消えてしまったのか、と不思議に思っていました。
お説のように、風圧で飛び散ってしまったのかもしれませんね。
おもしろいお話ありがとうございました。
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