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第一次世界大戦と第二次大戦

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  • 質問者:numruo
  • 投稿日時:2005/02/15 09:41
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第一次世界大戦はどういう経緯でおきたのですか?
あと第二次では中国はアメリカ側だったのに、なんで日本より中国は発展が遅いんですか? 日本はアメリカに負けて戦争終わってからどんどん成長してきたけど、中国はもっとまえからアメリカとはそこそこの関係?(一方的かな?)だったのになぜですか?人口が多すぎるからですか? 教えてください。歴史の知識が薄いのでお願いします。

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No.8ベストアンサー20pt

  • 回答者:netcatme
  • 回答日時:2005/02/15 18:35

>第一次世界大戦はどういう経緯でおきたのですか?
ぎりぎりの緊張した場所がひょこっと誕生し、どこも望んでもいない戦争が突然発生して、ヨーロッパ中を巻き込んでしまった、という雰囲気ですね。
>あと第二次では中国はアメリカ側だったのに、
>なんで日本より中国は発展が遅いんですか?
欧米以外で先進国になった国は日本だけです。中国が不思議なのではなく、日本にヨーロッパ的な要素がもともとあったということでしょう。日本がなぜ発展できたのか、米国のアフリカ系の社会学者とか大変興味をもって研究しているとか聞いたことがあります。そこはもう、社会学・経済学の奥深いところに答えがある気がします。

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  • 回答者:yaksa
  • 回答日時:2005/02/15 17:07

正直、第一次大戦については、「こういう原因でこういう経過で起きた」と誰もが納得するような説明はありません。
歴史として大雑把にとらえるなら、「陽のあたる場所」を求めるドイツが英仏に対して植民地の再分割を求めた戦争、ってことになるのでしょうか。
当時、列強の間には、第2次大戦におけるヒトラーの拡張政策とか、米の対日禁油とかさしせまった対立はありませんでした。なんで起きたのかよくわからないというのが本当のところです。総動員と同盟の連鎖によって、当事者もよくわからないうちに戦争に巻き込まれたって感じです。(日本のように積極的に参戦した国もありますが。)

総動員っていうのは、普通の市民として働いている徴兵経験者や徴兵猶予者を軍隊に徴集して、兵力を一挙に平時の数倍~数十倍に引き上げることです。隣国が総動員をしたのに自国が総動員をしないと、隣国が自国に攻め込んできたときになすすべなく占領されてしまいます。したがって、隣国が総動員した場合、ほぼ自動的に自国も総動員せざるをえません。

2次大戦後の日本と中国の経済成長に関しては、それほど不思議ではありません。戦前の日本はいわゆる列強の一つで、資本・技術・人(教育)が蓄積されていました。いくら戦争があったからといって、これらが失われるわけではありません。とくに日本に関しては、被害は空襲のみ(空襲は、見た目の残虐性のわりに被害はたいしたことはありません)で、また賠償もそれほどとられていません。

歴史が第二次大戦で切れてリセットされているわけではないので、戦後の歴史を知りたいなら、戦前も含めて考える必要があります。

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嘗て戦争の賠償金は敗戦国にとっては重いものとなり、戦勝国はその賠償金で戦費の補填をしてました。
ところが第一次世界大戦で敗れたドイツが賠償金の支払いで安定せず、それが第二次大戦に繋がった反省を踏まえ、海外資産の放棄など、比較的緩やかなものになり、結果戦勝国も応分の負担は必要になってきました。
中国も国民党の蒋介石と共産党の毛沢東の「国共合作」により日本と戦いましたが、共通の敵がいなくなれば内乱となり、国民党は敗れて台湾に逃げて、大陸では中華人民共和国が成立します。
この中華人民共和国は共産主義の国で、知識人や技術者を思想統制により迫害し、場合によっては人民裁判で殺しますから、国の発展が遅れます。
また政権内部でも対立があり、文化大革命の失敗など、混乱が続き、毛沢東が死んで江青夫人一派が追放されて小平が実権を掌握するまで、停滞しました。
現在の中国では競争原理を導入し、発展してますから、停滞したのは共産主義の誤りでしょう。
ソビエト(ロシア)にしても北朝鮮にしても、統制社会では努力をしても報いられず、優秀な人材が埋もれる弊害がありますから、共産主義の理屈どおり行かないということが問題と考えます。

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No.5ベストアンサー10pt

第一次世界大戦前の状況は、イギリス・フランス・ドイツ・オーストリア・ロシアといったヨーロッパ列強がしのぎを削り、特にイギリス、ロシアは世界帝国として勢力を誇っていました。
それに対して出遅れたドイツが勢力を拡大しようともくろんでいた時、新興国のアメリカや日本が影響力を発揮し始めてきた状況です。
イギリスは当初ドイツとの同盟を模索しますが、ドイツは消極的で英独同盟は成らず、そこでイギリスはフランスと接近した後、日露戦争の終わったロシアと手を組み「三国協商」が成立します。
つまりドイツの拡大により、英仏露が手を組んだという図式。
一方でトルコの勢力が衰え、オーストリアのスラブ民族に対する政策が変わり、ボスニア、ヘルツェゴヴィナを完全併合し、これがスラブの盟主ロシアには面白くありません。
こういった状況で、1914年6月28日にボスニアの中心都市サラエボでオーストリア皇太子が暗殺され、オーストリアはドイツの支援を受けセルビアに宣戦を布告、それに対してセルビアはロシアに救援を求めますから、ロシアが介入し、三国協商の仲間の英仏も参戦、日本も日英同盟により参戦し、膠州湾のドイツの租借地青島の占領や太平洋上のドイツ領南洋群島の占領に向かいます。
これが大戦の始まりとなります。

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  • 回答者:cathoderay
  • 回答日時:2005/02/15 10:32

WW2当時の戦勝国である中国とは
中華民国であり現台湾のことです。

ちなみにこのために中華人民共和国は
正当な継承関係にありません
戦勝国としての地位も台湾の地位をのっとったものです
常任理事国の地位も台湾の場所をのっとったものになっています。

中国の停滞については諸説ありますが
もともと勤勉な民族ではないこと
儒教の影響で技術を軽視する思想があること
中華思想及び文化大革命での大失敗
一番大きいのがアカ(共産主義)であったこと
でしょう。

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  • 回答者:sokrates
  • 回答日時:2005/02/15 10:06

アメリカと仲が良くて、一緒に日本と戦った中国は中華民国(現台湾)です。

現在の中国は中華人民共和国です。

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  • 回答者:sokrates
  • 回答日時:2005/02/15 10:04

第一次世界大戦はドイツとオーストリア、トルコがベルリンからバクダットを結ぶ鉄道計画(3B政策)を作り、中東への進出を考えたのです。
同時にイギリスもイギリス、南アフリカ、インドを航路で結ぶ3C政策を実施していて、これと中東でぶつかります。
ロシアは南下政策で「ペルシャ湾の水で軍靴を洗え」を合言葉に、トルコ、イランを巡って、イギリスと衝突していました。

ロシアはドイツと友好関係だったので、ドイツの計画に参加しようとするが、断られて、フランスイギリスと接近(3カ国協商)します。

ここで、オーストリアの皇太子がセルビアで暗殺されて、ロシアとの戦争になり、ドミノ式にこの6カ国の戦争(第一次世界大戦)に発展したのです。

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  • 回答者:Tsan
  • 回答日時:2005/02/15 09:53

中国とアメリカは反日、抗日という点で共通していたかもしれませんが当時としては共産主義が台頭していたような気がするのでどちらかというとソ連よりだったのではないでしょうか。

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