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日本は戦争をすることでアジア諸国の独立に貢献したのか?

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  • 質問者:LAPIKA
  • 投稿日時:2005/04/20 11:31
  • 困り度:困ってます

太平洋戦争後、アジアでいくつかの国が独立しました。それらは日本が太平洋戦争を起こしたことに起因しているという意見を聞きました。当時の日本に感謝しているアジアの国もあると聞きます。本当なのでしょうか?
太平洋戦争はアジアの国々に多少なりとも貢献した戦争だったのでしょうか? 当時の政府、軍部、天皇は、そうした高邁な狙いも持っていたのでしょうか。それとも単にアジアの覇権や自国の繁栄・保持が目的の戦争だったのでしょうか。

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No.14ベストアンサー10pt

  • 回答者:fortranxp
  • 回答日時:2005/04/23 20:39

二回目です。
要するに当時の軍部は日清・日露・WW1で勝ったので
増長慢になってしまった。自分の大きさを何倍にも

見てしまった。のです。昭和30年後半 小学校の
時 戦争前の日本は西は朝鮮から東はグアムまで
国有地だったと社会科の教師は自慢して言ってました

このような意識の状況だったのでその外縁となる東南
アジア諸国を 日本は狙っていたと思います。

しかし 当時の国民の人口はおよそ7千万人で生めよ
増やせよの政策で増えた人口は そこを領地化したら

そこに移住させようとしていたのでしょう。満州が
いい例で多くの青年開拓団が送られていました。

当時の日本は思い込み過ぎたのだったのでしょう。
だから つい調子に乗せるとイイ気になって

何をし始めるか想像できないというのが 近隣の国々
の国民の心配だったのでしょう。

そこで 自衛隊の海外派遣 国連の常任理事国入り
敵国条項の廃止等 日本に歯止めが無くなると

問題が後になって起こる可能性があると判断されても
間違いではないでしょう。平和的であればですが。

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No.13ベストアンサー20pt

  • 回答者:yuhkoh
  • 回答日時:2005/04/21 10:35

日露戦争に関して、ここにコメントされている意見をご参照ください。なかなかに興味深いですよ(一部編集)
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/3408/newsl …
<朝日が日露戦争をマンセーした事をもって保守化したとか言ってる奴がいるが、日本の思想対立の構造が分かってないな。日本の対立構造は
 【親大陸派=親アジア主義、親儒教、親社会主義、親官僚制(=中央集権)親全体主義、親人治主義】

 【親英米派=親国際主義、親資本主義、親封建制(=地方分権)、親自由主義、親立憲主義】
なんだよ。
 親大陸派は天皇制を認めるかどうかで国家社会主義(親ドイツ)か共産主義(親ソ連)に分かれ、親英米派は伝統の重視の度合いで保守主義と自由主義に分かれる(略)で、日露戦争の評価について言えば、「白人に対する被支配者有色人種の勝利」と言う点を重視するのが親大陸派の特徴で、英米日の文明国が専制的(=アジア的)なツァーリのロシアに勝利したと言う点を重視するのが親英米派の特徴。当時の人々はどう思っていたかと言うと、圧倒的に後者が多いだろね。当時の一般の日本人は文明の度合いを肌の色よりも重視した。
 このように考えると、朝日が日露戦争を賛美したのは何の不思議も無い。国家社会主義と共産主義の間は容易に転向できる。そのうち、大東亜戦争の「白人支配からの解放」という面について賞賛する日も近いだろうね。そして孫文のアジア主義の訴えだが、中国は伝統的に日本と英米との離間を企てるのに熱心で、孫文は日英同盟にも強硬に反対していた。今の中国の日米同盟反対と同じだな。これに東洋の王道だなんて感動してる奴は馬鹿としか言いようが無い>

 昭和初期の軍部急進派、つまり大陸への拡大と対英米戦なんて典型的な親大陸派。大正期の平和主義・反軍思想にともなう世論の風当たりの強さから、軍部の保身化。また普通選挙実施による政治の衆愚化。さらに昭和恐慌による資本主義への疑問。また「エロ・グロ・ナンセンス」にみられる社会風俗に対する危機感。例えば2.26の反乱将校の思想的主柱は、北一輝ら国家社会主義思想。軍部急進派のとなえた「大東亜共栄圏」「八紘一宇」も、社会主義的発想の影響によるもの。共産党は天皇打倒とテロリズムが目的だから弾圧されたが、反英米(反資本主義)的な部分では軍部急進派や、当時の右翼と根っこは同じだから、共産党からの転向者も多かったですね。当時の知識人や学者も圧倒的に社会主義的(国家社会主義・農本主義)な思想が強いから、朝日新聞を代表する大手マスコミも、大陸政策や日米開戦を賛美したところで、なんら不思議ではないし、親英米派に分類される、天皇家(立憲主義)や保守本流の政治家・軍人が日米開戦に反対しても、世論を動かすほどの力にはならなかったでしょうね。
 現在、朝日新聞や自民・民主両党内の親中国派が「東アジア共同体」だの、共産党・社会党の日米安保の見直しだとかいうのも、同様の流れを汲むのでしょう。朝日新聞が戦前は日本軍・大陸政策を賛美していて、戦後は日本軍・大陸侵略批判、媚中的論説を見て、「変節している」と感じるかもしれませんが、親大陸的な部分では一貫しています。このような朝日的論調を嫌う人たちが、「日露戦争・大東亜戦争はアジア独立の原動力」と賞賛しているのも奇妙に思えますけどね。

 日本の大陸政策はあくまでも日本の国益のために行ったことです。それは日本に限らずどの国も同様です。ただし日本が行った政策・戦略が妥当なものであったかの是非は別問題です(外交の延長線上に戦争が存在しているのですから、戦争に突入した時点で外交政策としては“失敗”の部類、しかも負ける戦争をしたのですから“大失敗”でしょう。)そしてその結果、アジア独立の一要因になり、そのことで親日的な国や人物がいることは事実ですが、だからといって「日本はアジア解放のために戦った」と考えるのは誤りだといえるでしょう。

 大東亜戦争で反省すべき点は、正しい外交・戦略意識をもった政治家を有権者が選ぶ。隣国とは一線を引いて外交をする。海外に誤ったメッセージを送らない。情緒的なマスコミ報道に踊らされない。空想的平和主義や楽園思想に飛びつかない。といったところでしょうか。

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毛沢東の話をそのまま紹介します。
■「毛沢東思想万歳」より
昭和39年、社会党の佐々木更三委員長が毛沢東主席に
「中国国民に多大の損害をもたらして申し訳ない」
と挨拶すると、主席は次のように言った。
「何も申し訳なく思うことはありませんよ、日本軍国主義は中国に大きな利権をもたらしました。中国国民に権利を奪取させてくれたではないですか、皆さん、皇軍の力なしには我々が権利を奪うことは不可能だったでしょう」
(東大近代中国史研究会「毛沢東思想万歳」より)
これで解るように歴史認識は指導者によって変わるものですね。

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  • 回答者:SCNK
  • 回答日時:2005/04/21 00:11

もちろん本当ですし、大東亜戦争だけではなく、日露戦争なども大きく影響を与えました。またヨーロッパのフィンランドの独立などにも影響を与えています。

もちろん、理由はそれだけではありませんが、理由の大きな柱であったことは否定できません。

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  • 回答者:cac31090
  • 回答日時:2005/04/20 21:17

下記のURLにあるページを見てください。
きっと嬉しくなりますよ。

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  • 回答者:shigekomo
  • 回答日時:2005/04/20 18:49

当時日本が進出した東南アジア地域は、ことごとくが
欧米の植民地でした。

ミャンマー(ビルマ)イギリス領
マレーシア     イギリス領
シンガポール    イギリス領
ブルネイ      イギリス領
ベトナム      フランス領
カンボジア     フランス領
ラオス       フランス領
フィリピン     アメリカ領
インドネシア    オランダ領
東ティモール    ポルトガル領
タイ        当時も独立国として日本と同盟


大東亜共栄圏という理想について否定的な見方があるのも知っていますが、パリ講和会議にて日本が提案した人種差別撤廃条項を理不尽に葬り去った欧米よりも過酷な支配を、日本がこれら東南アジア地域に強いた、というわけでもありません。

日本の衛星国としつつも、これらの多くの地域の独立を支持し、各国の指導者を集めた大東亜会議では、絶対に欧米が認めなかった人種差別撤廃を宣言しています。そしてこういった経緯が、日本敗退後再び元の宗主国に支配された東南アジアが独立を勝ち取っていく精神的下地となっていた事実があります。東南アジア各国の指導者が、様々な折にそのような日本への評価を語っています。

政府・軍部は本音と建前どちらも腹にあったでしょう。
国民・兵士は建前を本気で信じていました。
天皇は個人の事なのでよくわかりません。でも政府からは
建前しか報告されなかったと思われます。

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  • 回答者:thank001
  • 回答日時:2005/04/20 15:33

あの時期の欧米列強かの植民地政策は「未だに近代化できずに、貧しい生活、原始的な生活をおくっているかわいそうな国々を我らが近代化させて上げよう」的な発想、雰囲気で、西洋各国がアフリカやらアジアやらをどんどん植民地化していっていたのです。
そんな中、日本は例外的にそれなりの近代化を遂げていました。そして日露戦争において日本が勝利したことが、アジア内の小国が白人大国に勝利したとして、欧米列強の植民地化が進むアジア諸国、アフリカ諸国を強く勇気づけ、アジアの独立に気概を示すことになったとも言われています。

この時代は、白人による人種差別が色濃くあり、第一次対戦などでは、白人 対 他人種という一面も持っていたという事でもあるのです(これがヒットラーのような人間を生む土壌にもなったわけです)。そんな中での日本の勝利は、アジアにとって大きな一歩であったとも言えるという話です。

しかし、もう一方の側面として、世界各国で起こる植民地政策は「やるかやられるか」という混沌状況でもあり、日本も植民地政策をおこない領土拡大へと進んでいきました。なので決して けだかく優れた狙いも持っていたとは言えないと思います。
そして日本もまた「未だに近代化できずに、貧しい生活、原始的な生活をおくっているかわいそうな国々を我らが近代化させて上げよう」という発想での植民地政策があり、ここに差別が加わると人権無視の非道な行動が起きるのです。
上記のようなことから、感謝される人がいる一方、大きな恨みを買う人間もでてくるのです。

日本の植民地政策が韓国の文化破壊と言葉を奪おうとした事は揺らがない事実ですね。

(質問とは関係ないですが、韓、中、はプロパガンダ入り教科書を破棄せよ。と最近よく思ってしまいますね)

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  • 回答者:mmky
  • 回答日時:2005/04/20 15:07

[太平洋戦争はアジアの国々に多少なりとも貢献した戦争だったのでしょうか?]
歴史的には、大変貢献したものです。良くご存知の明示維新はそのためにあったのですね。西洋から技術が遅れていたというのが主な理由ではありませんよ。1800年初頭には、西洋列強は、アフリカをケーキのように切り取り、インド、東南アジア、中国の香港、マカオ、遼東半島まで植民地化していました。ここで言う殖民地化というのは、アフリカと同じように人間としてではなく下等な猿ぐらいの感じの植民地化だったのですね。大国インドは完全殖民地化、眠れる大国中国は、反抗もせず内乱のみ、朝鮮半島はロシアの餌食といった状況でしたね。もしアジアから日本が反抗していなければ、アジア人は猿以下の人種だったでしょうね。日本は、香港、インドネシアのイギリス・オランダ・アメリカを蹴飛ばし、満州ではソ連の南下を一生懸命防ぎましたね。このとき中国は、ソ連に洗脳された毛沢東が内戦を始めていたのですね。日本は中国には多少の侵略的なところはあったかも知れませんが避難されるほどのものではありませんね。もし、日本が西洋列強と戦っていなければ、戦後たとえアジア諸国が独立できたとしてもアジア人種は猿並みの扱いを受けたことでしょうね。当然、日本という国も無かったかもしれません。1950年の挑戦動乱では、ソ連と北朝鮮はフザンまで南下したでしょう。という歴史的事実は厳然とした事実です。だから、アジア諸国には多大な貢献をしたことは間違いないことです。ただ、その当時、アジア全体を考えたのが日本だけであったという点が、中国や多くのアジア人が理解できないところなのでしょう。あるいは猿以下の扱いを受けたという屈辱から抜けきらないのかもしれませんね。
むしろ、アジア人はアジアに日本という国家が存在したことをアジアの誇りとして歴史教科書に長くとどめるべきでしょうね。中国の歴史教科書は、その正反対を言っていますね。フィンランドでは、長くロシア帝国の圧政下にあり、日本がロシア艦隊を蹴散らしたことに感激して東郷ビールというのがいまだにあるそうですが、中国や韓国人は、明治維新の志士たちよりいまだに未熟といえるかもしれませんね。

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  • 回答者:yuhkoh
  • 回答日時:2005/04/20 13:06

『軍事板常見問題』より
http://mltr.e-city.tv/index02.html

「第二次大戦(およびその前後)アジア・太平洋方面FQA」の
http://mltr.e-city.tv/faq08c.html

<講和条約以降 アジア独立関連>
“【質問】大東亜戦争がアジア・アフリカの独立をうながしたというのはガセネタですよね?”
http://mltr.e-city.tv/faq08h20.html#02406

“【回答】WW2が宗主国の弱体化に寄与し,結果的に多くの武器を現地民にもたらすことになったことは確かだろう。
 だが,日本軍が行かずとも独立は出来ただろう。
 産品収奪や要人殺害など,場所によっては日本軍がアジア独立にとってマイナスの要素となったことも合わせて見なければ,客観的とは言えない。
  第2次大戦(欧州戦線含む)と言うものがなければ別だが、戦後の工業化、産業体制の変化によって植民地にして1次産品を収奪すると言う方法では,うまみが少ないと言うことに気づくはずだからだ。
 植民地のままであれば、1次産品を生産しそれを本国まで輸送する手段と言うものを整備しなければならない。
 本国に必要な時に必要な分だけを得ると言うだけなら良いが、それを国際市場に出すとなった場合、競争が発生するわけで,その競争に勝とうとすれば,それだけ本国の投資が増える。
 第2次大戦が起こったのも,そうした市場原理と植民地経営の矛盾が出たのが原因のひとつであるし、植民地のままでは市場の拡大には限界があるし、他国の植民地からより品質の高い、より安価な原材料を入手することも出来ないし、自国の技術力が優れていなければ工業製品の販路も限られてくる。
 いくらイギリスがインドから利益を得ていたとしても,インド統治のために軍隊を置いて定期的に役人を補充して本国との輸送インフラを維持して……、という経費やリスクを考えれば独立させて必要なものだけを安く買い叩くと言う自由主義経済に叩き込んだ方がやりやすい。
 独立した植民地が輸出を増やそうとすれば,自然と宗主国向けが多くなるのは目に見えているし、インフラ整備や生産設備の拡充となった場合、規格やら既存の設備なんかの関係でやはり宗主国からの技術導入になる。ミャンマーなんぞいまだに華氏温度、ポンド・インチ法を使う数少ない国のひとつ。
 一時、タワラ・ソーイチローが日本のJIS規格がアジアを統一するとぶち上げたことがあったが、いまやISOに押されてJISは見るも無残。(言っとくけどPCの文字コードのことぢゃないぞ。)
 結局どうあがいても,全ての設備や制度を入れ替えない限り,植民地はどうやっても宗主国に頼らざるを得ないツーわけ。
 そういう経済環境の中で,本国より多くの人口を抱える植民地経営というのはいづれ限界が来る。
 アフリカ諸国の独立と言うのも,そういう宗主国の都合が左右していると考えるがどうかな?
 そうなれば、アジア諸国も遅かれ早かれ独立する運びとなっただろう。
 実際、太平洋の小国にいたっては,独立を望んでいなかったのに,宗主国の都合で独立"させられた" というのもあるしね。
 ま、結果論でしかないが、日本軍が来なくても独立は出来たというのは間違いないだろう。
 そうした場合、どこかが独立すれば,第一次大戦後ヨーロッパで起きた小国の独立のように,次々に独立が実現していくでしょう。
 実際、1960年代のアフリカでは独立ラッシュが起きたしね”

 そういえば自由主義論客で有名な石橋湛山(第56代内閣総理大臣、元東洋経済新報社社長)も、戦前に朝鮮独立論をあげていましたね。インフラの整備に金のかかるわりには、収入が少なすぎるので、独立国にして自由貿易した方が日本の利益になるという意味合いでしたが(参考『石橋湛山評論集』岩波文庫から)
 植民地経営が時代遅れになっていたから「独立」した(させられた)という方が説得力ありますね。

 あと、その他の質問の、

“【珍説】インドネシア独立のために日本国は戦った.だからインドネシアは親日である”

“【質問】他のアジア諸国では,日本は独立にどの程度貢献したのですか?”

なども参照されてはどうでしょうか?

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  • 回答者:Sea-Breeze
  • 回答日時:2005/04/20 13:01

「敵の敵は味方」 という事で、アジア諸国の独立を陰から応援したというのは事実でしょうね。

たとえばインド独立運動家である、ラスビハリ・ボースやスバス・チャンドラボースたちは日本に亡命し、日本の支援を受けながらイギリスと対峙したというのは歴史的事実として残っています。

ただ被植民地の独立とかアジア民族の尊厳とか、崇高な理念に基づいて他国のために乏しい資金を投入したり、自国兵の命を賭ける国などこの世に存在するわけはありません。

あくまで宗主国である欧米諸国に対する嫌がらせであり、うまくいけば今度は日本が宗主国になれる事を考えたうえでの支援ですから、キレイ事でないのも事実でしょうね。

ただ理由や真の狙いなど関係なく独立を支援したのは間違いない事実ですから、インドが親日的になるのも当然でしょね。

話はそれるのですが、本当はこれと同じような事が韓国に対しても言えるのです。

日韓併合以来、朝鮮半島を近代化させるため、日本国は膨大な資金や技術など現地に投入してきました。

併合以前の李王朝は数百年前の中国文化をそのまま踏襲するしか能はなく、近代化のキの字もない状態でした。  当時、半島を旅した外国人が 「こんなに不衛生な国は見た事がない」 と驚いたそうです。

学校制度や土地台帳制の導入、法の整備、港湾 (釜山は日本人が開発した町である事は有名)、橋梁、道路、発電所、鉄道の建設、電信・電話の設置など ・・・ 近代国家として生まれ変わるための事業の全てを日本国が行なってきました。

当時の李王朝にこれらの事業を行なうだけの能力や発想などありません。

もちろん、これは日本の国益を守るために行なってきた事であり、実際に建設現場に駆り出されたのは半島出身者である事は間違いない事実でしょうが、その結果として朝鮮半島は短期間に近代化する事が可能になりました。

本来は、この点については日本に感謝してもおかしくないのですが、日本はいい事 「も」 しました、と言えば 「この日帝がまた妄言を吐いた」 と猛烈な反発があるんですねえ。

あの国の人たちは 「常に感情が理性を上まっている」 ので、是非は別とした冷静な歴史分析を行なう能力が欠如しているのは隣人として大変残念な事です。

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