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  • 質問者:aifen
  • 投稿日時:2005/05/08 00:28
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「うそも方便」はよろしい、と答えた七〇パーセントの若い人たちが、そこまで考えているのかどうかは分からない。けれども、いまの若い人がことばについてデリケートな感受性をもっている、という見方はできる。このごろの若い者のことばはどうだ、とまゆをひそめる年配者の方が、むしろことばについて神経が粗雑なのかもしれない。ひとこと多いのは中年以上に目立つ。それに対し、いまの若い人がことばについてデリケートなのは、一つには若い人たちの育った時代が、戦中戦後の荒々しい時代に比べて穏やかになったということがある。また、教育の普及ということもことばへの感受性を高める。教育とは、要するにことばによる知的洗練である。テレビ、ラジオ、電話などを通して、話しことばに接することも多くなっている。そういう時代に育った若い人は、それだけことばに傷つきやすくなっている。したがって、人に不快を与えまいとする。そのためだったら、「うそも方便」はむしろ当然となるのである。
質問(1)「デリケートな感受性をもっている、という見方はできる。」デリケートな感受性は他の日本語で言い換えられますか。また「という見方はできる」ここの見方は誰の見方ですか。できるという単語の意味は何ですか。ぜんぜん分からないのですが
質問(2)「このごろの若い者のことばはどうだ、とまゆをひそめる年配者の方が、むしろことばについて神経が粗雑なのかもしれない。」このセンテンスの意味が理解しにくいのですが、詳しく説明してくださいませんか。

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No.3ベストアンサー20pt

  • 回答者:cha1010
  • 回答日時:2005/05/09 18:24

(1) 『デリケートな感受性』=『物事を感じ取る能力が、繊細である』   

見方=著者の見方、または世間一般の見方

『できる』=『可能である』


(2) このセンテンスは、後に続く文章の導入部ではないでしょうか?または、後に出てくる若者についての文章が、このセンテンスとの比較になっているのだと思います。
 つまり、このセンテンスを言い換えてみると、
「『最近の若者のことばは不出来だ』と年配者は不快感を持っている。しかし実際は年配者が感じていることとは逆で、むしろ若者のほうがことばについて繊細に考えている。だから、若者と比較して、年配者のほうがことばについて粗雑に考えていると解釈することが可能である。」

 くどくなりましたが、私の解釈はこうです。ご参考にしていただければ幸いです。
 がんばってくださいね!

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No.2ベストアンサー10pt

  • 回答者:sol_06
  • 回答日時:2005/05/08 02:26

読解のテスト問題ですか?

1)“デリケートな感受性”を言いかえると、“感じやすい心”でしょうか。
誰の見方か、というと筆者を含めた一般的な人のことでしょう。
 
2)は、語順をかえるとわかりやすくなると思います。
「むしろ、年配者の方が、ことばについて神経が粗雑なのかもしれない。」
“このごろの若い者のことばはどうだ、とまゆをひそめる”は 関係代名詞のごとく“年配者”にかかります。
 
 むしろ、年配者、その年配者というのは「このごろの若い者のことばはどうだ」とまゆをひそめる人々の事であるが、の方がことばについて無神経なのかもしれない。
 
ではいかがでしょうか?

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  • 回答者:neriy
  • 回答日時:2005/05/08 01:28

質問1
「デリケートな感受性をもっている、という見方はできる。」
という部分は
「繊細に受け止める心を持っている、という見方はできる」
と言いかえられると思います。
…よけいややこしくなったかな(・・;)
その後の文脈から言って、「言葉に神経質、傷つきやすい」って言うのを優しく言っているのかな~とも。

ここの「見方」は、著者の見方だとおもいます~。

質問2
質問1の点を踏まえると
「このごろの若い者のことばはどうだ」なんて言えてしまう年配者の方が、言葉がキツイので、そういう点で言葉に対する神経が粗雑とも言えるのではないか。
と、言う感じでしょうか…。

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