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初めての質問ですが、随分前から知りたかったことがあります。
どうかどなたか、どんな小さなことでもいいので教えて下さい。

お釈迦様が苦行を終わりにする決意をした時、
森を離れガヤーという地でスジャータという女性と出会い、
乳粥の施しを受けたという話は有名ですが、
お釈迦様が体力を回復し悟りを開き、
ガヤーを離れるまでの期間、
そのスジャータの暮らしぶりと
お釈迦様とどんな係りがあったのでしょうか?

ついでに由来になっている商品の宣伝では「褐色の恋人」というコピーがありますけれど、
善意以上に互いに異性として意識はしなかったのでしょうか?
誰の恋人だったのでしょうか?

A 回答 (4件)

#3です。

続けてすみません(^^;

乳粥とは母乳で作った離乳食みたいなもので、母乳を直接飲ませたわけではないと思います。(紛らわしくて申し訳ない)
本で見たスジャータのレリーフは結構エロティックで胸もはだけてたので、その場で作ったとも考えられますが、たぶん家で作って持っていったのでしょう(笑)

それと、訂正ですが
>バニヤンという聖樹
ではなく バニヤン樹の聖樹 でした(謝)
バニヤン樹とはイチジク属の木で「ベンガル菩提樹」とも呼ばれる木で、願ったものをすべて与える「如意樹」としても尊ばれていたそうです。
いまだにインドでは不妊症の人や母乳の出ない人がよくお参りしているとのことです。

スジャータの村からはけっこう離れているところにあり、お釈迦様も人里の近くで修行してたわけはないでしょうから、偶然の中の偶然(人によってはそれを必然とも言うw)の出会いだったのかもしれませんね。
私が思うに、スジャータは悩みや苦しみをたくさん抱えた女性だと思っています。それでも尚且つ一所懸命生きていて、自分が貧しくても施す心を持った優しい姿に、お釈迦様は心を打たれたのではないかと思います。
お釈迦様の平等観はスジャータが原点になってると考えたりしてます。

ただし、私の知っている説はあくまでもこういう話もありますよって事です。正式な記録がないので誰もスジャータの本当の姿は分かりえません。質問者さんの想像したスジャータが真実かもしれませんよ(^^)

この回答への補足

※スジャータさんに関する補足

スジャータはコーヒーフレッシュに商標登録されている商品名ですが、
スジャータさんが施した「乳粥」はインドにあって、「カルピス」というそうです。
カルピスの意味は「醍醐味」「大変美味しく感動する」「初恋の味」とかもいいますね♪

それからスジャータという名前の由来は「善人」
シッダールタは「種馬」だったかな?

ブッダガヤにはお釈迦様が解脱するのに邪魔になった、「リンガ」を置いていったそうですが、いつのまにかなくなってしまって、今は拝むことが出来なくなっていますが、東南アジアでは商売繁盛・子孫繁栄のお守り?・・・よくお店に飾って拝まれてます~~~。

ついでに・・・・インドの秘儀(謎)で「スジャータ」というのがあって、「母乳プ○イ」らしい・・・・・・・・・・・・・。

補足日時:2005/05/20 15:46
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この回答へのお礼

monkshoodさん再来ありがとうございます。感謝です。
そして返事がおくれましたこと申し訳ありません。

因みにお釈迦様自身がこの伝説を書き残していたのではなく、死後弟子達によって派閥も出来経典が作られたのですよね。
私も検索したり本を探してみましたが、スジャータさんのことを詳しく書かれているものはなかったです。

手塚治さんの「ブッダ」のスジャータは少女で、シッダールタの危機を救ったり、成長して振られてしまって自殺を図ったりでしたが、生死をさまようスジャータをシッダールタは「あの世」まで行って魂を取り返してくれスジャータは息を吹き返してた。でもそこにシッダールタの姿はなく、切ないスジャータなのでした。

スジャータのレリーフを見てみたい~。
ドラクロワの「自由の女神に導かれる群衆」をスジャータに重ねる私。
社会の恒常性に関心を示す男性(勇者)が次々と倒れ行く。
女は視野が狭いようで、赤い血を白く甘い栄養に変える柔らかな乳房がある。内なる恒常性の象徴と思ってます。

スジャータが教えた悟りと自由?輝く魂の原点?
仏典は難しすぎて、悟りの内容はよく判りませんが、
唯の村娘だって素直に必死に生きていた。
疲れた顔しているのは「自我(エゴ)」を隠そうとして不自由と戦う知識人なのかもしれませんね。
2500年経っても人類は争いが絶えずあまり進歩してないし。

日本にも菩提樹があるかな?
バンコクで見たことがありますが、当時はあまり記憶がありません。
いつかブッタガヤーを訪れてみたいです。

こういう風に語り会うことで私の妄想が膨らんでしまって、でも現実逃避こそが私の実態を蘇らせてくれそうで楽しいです。
普段はボケボケなんです(泣)
お付き合いありがとうございます♪

お礼日時:2005/05/20 01:03

お釈迦様はスジャータの乳粥を食べた後、川を渡り菩提樹の下で禅定(瞑想)に入り、夜までに魔王軍を追い払い、3夜で智の開顕(解脱)をし、7日間境地を遊興したあと、検証をおこないに行ったらしいですから、スジャータと一緒に暮らしたわけではないです。


スジャータとは一度きりの出会いではないでしょうか。

一説によりますと、スジャータは結婚していて子供もいたのですが、乳の出が悪かったそうです。そこでバニヤンという聖樹に祈願したら(日本でも姥杉とか姥神といって神木に乳が出るように祈願することがありますが同じですね)乳の出が良くなったので、お礼に乳粥をお供えに行った。そしたら、バニヤンの樹の根元にお釈迦様が行き倒れていた。そこで、何かのお導きだと思ってお釈迦様に食べさせた。とのことです。
スジャータの方にも恋愛感情は無かったことでしょう。

ちなみに、乳粥はスジャータの母乳で作られたものという説もあります。カーストの厳しいインドでは、最上位の王族出身のお釈迦様が、最下層(それ以下?)のスジャータの乳を飲むということが大変ゆるされざる行為だったため、受け入れられなかったのでは、ということもあるそうです。
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この回答へのお礼

monkshoodさん お礼が大変遅れました。申し訳ないです。
それでmonkshoodさんの説(?)ではスジャータさんは既に結婚・出産していて、お乳の出が良くなり張って苦しいところに出くわした精霊の木の人に感謝を込めて自らのお乳をしぼって与えた!?ということですよね。(←妄想しすぎ?)
それもあり得る説と思います。
お乳は精神的ストレスで出なくなったりするので、スジャータさんは健康そのものな女性だったのでしょうね。

健康が一番! 王族でも求道者でも健康を損なっては悟ることも慈しむことも困難、平凡で健康なスジャータさんこそ非凡な才能の持ち主?

お礼が短いのですが、又追記します。では

お礼日時:2005/05/18 02:28

参考までに


ゴータマが選んだ施しも受けない難行苦行の結果、ゴータマは骨と皮の形相すさまじい修行僧であったのですね。川で沐浴すると木のように流されていくようなひどい状況ですね。そこに妖精のような娘がきてミルク粥を差し出したのですね。ゴータマは、それを受け取り飲み干しましたが当時の修行僧の常識では堕落したということですね。でもスジャータをみて、自分と村娘とどちらが立派にみえるかといえば村娘ではないかと考えたのですね。美人だったかどうかはわかりませんが、骨と皮のゴータマからみればは生命がひかり輝いていたと思いますね。この気付きが「苦楽の中道」つまり苦行の中にも王子のような楽な生活にも悟り無しに発展、その後ゴータマは、施しを受けながら修行をし、悟りを開き仏陀となりますね。その意味で、スジャータは苦楽の中道理論の貢献者と同時にまた、ゴータマが布施をうけた最初の人でもあったということ
ですね。スジャータが本当の村娘であったのか、精霊が化身してゴータマを助けたのかは知りようがありませんが、その後の話にはスジャータは出てきませんので本当は精霊が化身だったもしれませんね。これは想像ですから気に留めないでください。でも2500年もの間名前が残る功徳だったのですね。だから施しは大切ですね。
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この回答へのお礼

mmkyさん回答ありがとうございます。一度お礼を書いたのですが、なぜか消えてしまっていて。大変おそくなりすみません。

mmkyさんの説(?)では精霊かもしれないということですね。
そうかもしれないです。
実は私もお釈迦様が生後まもなくで実母を亡くされているので、お母様の精霊かも?って思うのです。
人の最期は「おかあさん」と発するのが一番多いそうです。
きっとお釈迦様も偉大な母を呼んだ??
なんて思うのです。
施しは母なら当然当たり前に差し出しますよね。
恋愛ではなくても一度きりの出会いでもきっと慈しむ気持ちはかわらない。
親子の愛だったのだろうか???
それも素敵な逸話ですね。ありがとうございます。

お礼日時:2005/05/18 02:14

おはようございます。



幾冊か私も仏陀に関する本を読みましたが、その知識から鑑みるに、スジャータと仏陀が「通りすがり」の関係であり、すれ違った際に、悟りの境地を開かんとする、その魂の輝きに惹かれて「施し」を行ったのだと思いますよ。そこには多分、なんら「恋愛感情」と言うべき「生臭い」とされるものは無かったと思うのですが・・・
この教えは、スジャータの件がよく取り沙汰されますが、それよりも「中庸」を教える為の件ではないかと思います。苦行を止めて施しを受けた仏陀に対し、「堕落した」と、兄弟子(だったと思うのですが)は離れていきます。しかし、張り詰めた弦はすぐに切れてしまうし、緩すぎる弦では音が奏でる事は出来ません。全てに於いて「丁度良い加減」と言うものがあり、その加減を会得したときに初めて、悟りが開けるのではないかと、勝手に解釈しています。

因みに「褐色の恋人」の褐色は、「コーヒー」の事じゃないですかね(笑)

ご参考になれば幸いです。
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この回答へのお礼

sophia35さんおはようございます。
そしてお初回答本当にありがとうございます!
回答が付くまでの間不安ばかりだったのに、善意で輝く魂の回答頂けると嬉しいですね。
私の魂も輝いておりますよ~~~(笑)。

魂が輝き良い音色を出すには、他より特別に立派とかの比較からではなく
丁度よい負荷を見出すことではないかと私も思っていました。
「中庸」は極端を克服するのではなく避ける知恵なんですよね。
お釈迦様は高い次元のことを既に理解していたと思いますが
また違う次元の出会いに久々の新鮮さを感じたはずだと思っています。

お釈迦様にも子供が居たので性欲は普通にあったはずで、それを超える使命感・充実感・達成感をもたらしたスジャータさんの魅力とは何か?
そんなことも考えてしまっています。

「褐色の恋人」スジャータはなるほどコーヒーと良く合います! 
お釈迦様の悟りとコーヒーは無関係でも(笑)異質なものが溶け合うといいことがある!?って例えですね。

お礼日時:2005/05/15 12:40

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