質問

日本の伝統・「世代をこえて受け継がれた精神」ってなんだろう?
「伝統」を辞書でひけば、
「ある集団・社会において、歴史的に形成・蓄積され、世代をこえて受け継がれた精神的・文化的遺産や慣習。」(三省堂提供「大辞林 第二版」より)
とあります。

文化的遺産や慣習はわかります。国宝とか歌舞伎とか相撲とか文化的遺産だと思います。また慣習は、ご飯を食べるときは箸で食べるとか、靴を脱いで家に上がるとか、毎日風呂に入るとか、いただきますなど挨拶やモラルも慣習だと思います。しかし、「世代をこえて受け継がれた精神」ってなんでしょうか?

現在日本でも、その土地の祭りがあるし、伝統芸能もあります。しかし、どうも"一般的な生活に馴染んでいない"ような気がします。文化も保存ばかりで、伝統として、本当に"世代をこえて受け継がれた精神"って一体あるのでしょうか?

僕の想像の域を越えませんが、インディアンでもマオリ族でも、民族の精神、いわば「誇り」を持っていると思います。資本が支配する現社会でも、たとえ貧しくても誇りを持って生きていると思うのです。メキシコとか他の(経済的な意味での)途上国の人たちも同じだと思います。つまり貧乏でも充実した精神がある。だけど日本だと資本的価値ばかりが支配していて、誇りを忘れてしまったんじゃないかと思うように僕は感じます。人間的魅力を感じる人がなかなかいないというか…。蛇足ですが、三島由紀夫もそう思っていたんじゃないかと推測します。つまり人間としての幅みたいなもの、昔でいう武士道みたいなもの?
この問題を発展させれば、親の威厳とか教育問題、生きがいなどにも繋がると思います。

誇りというか、日本の「受け継がれた精神」とは一体なんなのでしょうか?

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回答 (9件)

日本は単一民族の国ではありません。
複数の民族によって構成されています。
東日本と西日本は中世でも生活が違うという研究もあります。
だからマオリ族やインディアンの例と「日本」という他民族国家の伝統とはレベルが違うと思います。

この回答へのお礼

またもご意見いただけて幸いです。ありがとうございます。men-environmentさんがおっしゃられていることは、ごもっともです。レベルが違いますよね。

南を見れば沖縄民族、北を見ればアイヌ民族、他にもmen-environmentさんがおっしゃる通り、中世ぐらいまでは、東と西にわけることができたと思います。西は都会で、東はアウトローというか…。(笑)

僕が単一民族だと言うのは、江戸時代辺りから、社会が固定されて平安な時代が長く続いたからです。そもそも「日本」と言っても、帰化人(朝鮮・中国など)も多く混ざるだろうし、日本という意識が芽生えたのも近代になってからだと思うし…。平安時代であれば、京の都の外は異国だったと思うし…。インディアンにしても部族によって風習など異なるし、やはり少数なのが民族になると思うんです。

それでもなお、日本を単一民族と僕が言うのは、江戸時代以降、明治、昭和と、一気に西欧化した現代の問題として展開したいのです。民族というか、日本人の団結力というか、その中での、現代でも生きている伝統ってあるのかなと思い質問しました。現代のいろんな問題に展開できたらいいなと思うのですが…。難しいです。この度は、またアドバイスをいただき、ありがとうございました。

「伝統」なるものがあるのでしょうか。
私は懐疑的です。
いわゆる右よりの人が社会制度を守ろうと現在の社会にあるもので、過去に似たようなものはないかと探し、似たようなものがあったらそれを強引に結びつけ「伝統」と言っている可能性がある、ということは頭にいれておいていいでしょう。
たとえば「つくる会」の教科書は網野史学について触れませんよね。

この回答へのお礼

ご回答いただきありがとうございます!

#3にも書いたのですが、伝統を呼び戻すことは、社会衛生に不健康だと思います。時代の逆行です。僕が思う伝統とは、今現在あるものであり、もし今なければ、それは過去の遺産にすぎないと思います。
つまり、伝統とは、いろんな弊害にあっても壊れず、受け継がれてきたものだと思うんです。僕がこの問題を提議したのは、家庭の崩壊にあります。「親から子へ受け継ぐ日本人として確かなものってあるのだろうか?」そういう疑問から始まりました。人間として確かなものを伝えることができれば、それこそ親を尊敬すると思うのですが、今現在の親子関係には断絶があるように思います。現代は人間性の損失というか・・・難しい問題です。ご解答いただきありがとうございました!

> 日本の古き史記伝統?ですか?
ご指摘の通りです。
>しょうか?
ご指摘の通りです。
>てなかったのでしょうか。
日本風にあわせて模倣することが当時のこだわりでした。その結果.フランスのルモンド紙(記憶があいまい)に痛烈な風刺が掲載されてしまいました。

>うな気がします。
ご指摘の通りです。これが日本の伝統ですから。

この回答へのお礼

返信いただきありがとうございます。

「日本風に合わせて模倣」を読んで、HIPHOPやレゲエなど音楽も確かにそうだな、と思いました。
結局、武士道みたいな生死観を超えたスピリットは、現代には受け継いでいないのでしょうか…。まあ、他人のことよりもまずは自分のことから、だと思いますが。幾度もご回答いただきありがとうございました!

>しかし、復興するのが早いのがいいという価値観 ですら、西欧的価値観のような気がします…。
これは良く言われる「日本の古き四基電灯」です。明治維新直後.文明開化の流れに従って日本の西洋化が推進されました。その中で西洋的考え方が普及しご指摘のような価値観が普及することになりました。
適当に誰かの創った内容を書き換えて自分の内容として発表し受けを狙うということは.明治の国策として.政府系文人により行われたことでもあります。

この回答へのお礼

何度もご回答いただきありがとうございます。

>これは良く言われる「日本の古き四基電灯」です
日本の古き史記伝統?ですか?

>適当に誰かの創った内容を書き換えて自分の内容として発表し受けを狙うということは.明治の国策として.政府系文人により行われたことでもあります。
 具体的な内容がわからないので、なんともいえないのですが、文明開化で西欧から取り込んだ内容を、いとも自分のものとして発表するという意味でしょうか?とにかく、当時の日本は、西欧は憧れの対象だったのでしょうね。戦後のアメリカと同じく。だからといって、自国のプライドや価値観を捨てることもないと思うのですが…。それとも、もともと日本にはそのようなこだわりなんてなかったのでしょうか。

>明治の国策として
「排仏棄釈」なら知っています。明治初期に排仏棄釈ということになって、仏像をどんどん潰したり、捨てたり焼き払ったりしていたのが、西欧人がきて、それらを素晴らしい文化、芸術だとお褒めをいただくと、急にあわててて捨てたものを拾い立て直す。…プライドがない。自分の意思も価値観もない。西欧の価値観を主体としてしか考えていないような気がします。

>日本の精神的伝統って、本当に何かあるので
2番の型の内容とほぼ同じなのですが.外部から文化を輸入し自分たちの文化をどんどん買えて行くこと。

古くは遣隋使・遣唐使。南蛮貿易・明治維新。昭和40年代の入試問題を見てください。いかに日本が劣っているかという趣旨の文章が入試問題です。

この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

>外部から文化を輸入し自分たちの文化をどんどん買えて行くこと
ごもっともです。歴史を見ても、輸入はおおきな影響を与えてきました。そしてそれを自分たちに合ったように加工するワザは、日本の特徴のように思います。

>昭和40年代の入試問題を見てください
>いかに日本が劣っているかという趣旨の文章が入試問題です。
昭和40年って、僕生まれてません。(笑)でもなんとなくわかります。僕がいつも疑問に思うのはそこなんです!日本人ってプライドあるのかなと思ってしまう。自分を卑下して相手を上げる特徴があって、そのくせ腹の中ではそうじゃない。表だけきれいに飾っておこうという感じがします。本音と建前がからんでコンプレックスになっている感じ。もし日本が自国に対してプライドがあれば、入試問題に劣っているなんて絶対に書かないと思うんです。なんだか主が不在なような感じがします。プライドというか、筋が通ってないというか。でもその反面、柔軟さがあったと思います。それが復興の早さにもなったと思います。しかし、復興するのが早いのがいいという価値観ですら、西欧的価値観のような気がします…。

参考までの追伸
遠藤周作の作品に「沈黙」という作品があったと思います。キリシタンの踏み絵を題材にしたものでしたね。役人も村人を処刑にはしたくないので形式的に踏めというのですが、踏まなければ処刑ですね。信者は悩みますね。神は踏めといっているのかいないのかと、しかしそのとき神は何も答えなかったといのが「沈黙」ですね。いつの時代でも「沈黙」がありますね。和の国がなぜお金や地位や名誉なんだとね。でもその「沈黙」のなかにいつも脈々と流れている何かがありますね。資本、お金万能の時代にあなたは何を守りたいのか、守りたいものがあればそれを心にいれて心の扉を閉めておきさえすればよいではないか。だれもその心を変えることはできないのだからとね。日本の神々は、そのようなお考えかもしれませんね。でも実際は沈黙ではなくこのようにお答えしていますでしょう。

この回答へのお礼

なんだか深く考えさせられました。再びアドバイスいただき、ありがとうございます。

「沈黙」もひとつの答えですね。「資本、お金万能の時代にあなたは何を守りたいのか」、「だれもその心を変えることはできない」などなど、頷けること多しです。たしかにそうやって、この先何百年もたっても、そのときの日本人にも、やはり、忘れられた日本人の何か伝統のようなものがあるのだと信じてます。

伝統、って世代を越えてずっと残っているもの、ってことですよね?
っていうことはなくなってしまったものは伝統ではないってことですよね?
ということは論理的に言って伝統を守る、っていうのは不可能なわけですよね。
伝統は『今ここにあるもの』、でしかないわけですから。
だから伝統を守れ!というのは論理矛盾なわけです。
僕は右か左か、で言うと決して左ではありませんが、今の復古調の憲法改正論議は少しどうかな、と思います。
日本の精神というのを過去に遡って探そう、というのも少し違うような気がします。
今残っていない精神は日本人の精神の本質ではないわけですから。

このへんの話は宮台真司なんかがしているようです。伝統に関する一つの考察でした。

この回答へのお礼

ご回答いただきありがとうございます!

rn1007さんのご意見、まさに一票投じたいです。すでに今なければ、それは過去の遺産であり、文化的に保護されるのはまあいいとして、それを伝統として掘り起こすのは逆行していると思います。
となれば、ますます、現代の日本の伝統ってなんだろう?と疑問がわきます。現代若者にも伝わっている伝統ってあるのでしょうか?

参考に
日本の伝統・「世代をこえて受け継がれた精神」ってなんだろう?
日本にいると日本のよさがわかりませんね。外国で生活してみると日本人の精神の違いが良くわかりますね。その精神で日本は世界中と貿易し、世界中に会社や工場をもつ企業がたくさんあるのですね。日本人の他の民族に無い精神というのは、多様な宗教や価値観を受け入れる「和」の精神ですね。和の精神は、その寛容さがもたらす作用でものまねや猿まねと揶揄されますが、いいものはいいとして簡単に受け入れる精神は、どこの国にもないのですね。たいてい宗教的か偏狭的ローカル思想で受け入れないのですね。何か1つだけの思想や精神になりやすいというのが世界ですね。ごじゃごじゃの思想や価値観が受け入れられる日本人の精神は、他の国からみればうらやましいことなのではないでしょうか。多神教はギリシャもそうでしたね、神話の時代のギリシャ精神に近いところですかね。

この回答へのお礼

アドバイスいただきありがとうございます。
>日本にいると日本のよさがわかりませんね。
おっしゃる通りだと思います。中にいるだけじゃ、家の外観を知ることはできません。内側と外側の両方の視点を持つことが大切だと思います。

>「和」の精神
和の精神については、僕も同じ意見です。それについては、「質問:日本文化の本質」【http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=1381255】に僕もアドバイスを寄せています。実はその質問にアドバイスをしていて、この質問にぶつかりました。
良きものは取り入れ、悪いものは捨てる柔軟さがあったからこそ、明治の文明開化以降、また敗戦以降の復興の早さがあったと思います。輸入文化に対する柔軟さ、その多元論的文化。僕はアニミズムの精神がもとになっていると思います。言われて気づきました。ギリシャも多神教ですね!(発見です)

>何か1つだけの思想や精神になりやすい
しかしその柔軟な和の精神も最近はどうかな?と思います。共同体の崩壊の問題です。一見平和そうな家庭で親が子を殺したり、その逆であったり。DVの問題やリストラの問題。勘違いな個人主義が蔓延していると思います。
そして思想じゃないかもしれないけど、日本の現代は、資本主義という1つの価値観が大手を振っていると思います。価値観が多様な現代なのに。結局僕が言いたいことは、お金ばかりの価値に支配されてしまっているんじゃないかなと思ってしまうのです。本来お金の裕福さと別に人間の精神ってあったと思います。貧乏でも、お金がない時代でも、人間は膨らんで生きていたはず。そして、どの独特な文化にも、それ相応のユニバーサルな思想があったはずです。生活のために仕事があるのでなく、日本だと、仕事(資本主義)のために仕事があるような気がします。残業、残業でプライベートがほとんどない友達が多いは事実。

そこで日本の受け継がれた精神ってなんだろう?と思い質問しました。日本人のプライドみたいなものって一体…。

ポルノだけは引き継がれています。
江戸時代初期のお国歌舞伎・稚児歌舞伎に代表されるストリップショー。
黄表紙・錦絵に代表されるエロ画。

他国の文化活動を取り入れて好き勝手に書きかえる模倣芸術。
近代日本文化のひとつとして.日本の芸能を海外に紹介した(名前忘却)は新派と呼ばれる人たちですが.時代背景その他一妻ムシして.受ける内容に徹しました。その結果.最初の逃げ帰ってこなかった一座とはなりました。
SSと呼ばれる素人文芸はこの流れに乗ったものです。

同様なことは.琵琶法師が伝えたとされている平家物語(記憶があいまい)や平安文系にも見られ.各種写本によってその内容はバラバラであるという独創芸実として引き継がれていました。

受ける内容に勝手に書き換えて行くという.精神は引き継がれていると思います。

文化史は記憶があいまいなので.確認してください。

この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

確かにポルノはあります。でも、どの国の文化にもあると思います。人間として根源的なことですから。縄文時代でもアフリカの原始芸術でも、ポルノとは言えないけど、性を判別できる像は多くあります。人間が生まれるというのは、神秘的なことだと思いますから。性器を形取った遺産は、世界各地の文明にあります。

>受ける内容に勝手に書き換えて行くという精神
確かに日本の文化の特徴に、受け入れる柔軟性と、その後変化させる特徴があります。たとえばクリスマスなんてキリスト教でもないのに、日本中で騒ぎまくります。ある意味、こだわりがないですよね。

この回答への補足

世代を超えて受け継がれる日本の精神的伝統って、本当に何かあるのでしょうか?精神論なので、どうしても観念的になると思いますが、何かご教授いただければ幸いです。よろしくお願い致します。

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