最近疑問に思う事なのですが、なに変なこと考えてるんだなんて言わずに
付き合っていただけるでしょうか?

あるもの(何でもいいですが例えば球)が2つあります。
それらは色、形、重さなど全て同じだとします。
このとき、2つの球を認識するもの(人間)がいてはじめて
同じだといえるのでしょうか?
もし、人間の存在がなかったら同じであるという概念そのものがないですね。
でも人間がいなくても同じであるという事実は変わらないですよね。
でもその事実は人間がいてはじめて認識できる事ですよね・・・。
こんな感じに堂々巡りしてます。
どなたか答えていただけますか?お願いします。

A 回答 (6件)

厳密に言えば、同じものは存在しないでしょう。



人間が言う同じものは、その人、もしくは一般的な尺度から「同じ」に相当するものです。僕が見て同じテニスボールもテニスボールメーカーの人から見れば違うものになります。

人間以外にも、すべての生物が同じものを認識します。鳥は植物の実を食しますが、毒のある実は食しません。鳥の尺度に基づいて「同じ」に相当するものだけを選んで食べます。

また、すべての人間にとって同じでもコンピュータには「違う」ものは多数あります。

したがって、まったく同じものは存在しないが、人間がいなくとも尺度が存在すれば、それぞれの尺度によって同じと認識されるものはあるでしょう。同じとは、尺度と許容誤差によって決定されると思います。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
確かに厳密に言えば同じものなどありませんね。
ありがとうございました。

お礼日時:2001/09/29 16:48

harisunさんの考えていることは少しも変ではないです。


むしろ本質的です。
これは哲学史でも長い間議論されてきました。
ちょうどあなたのように悩んだ人に
カントがいます。物自体という概念を考えました。
人間があれこれ物を感じとっても、人間とはべつにちゃんと
物自体があるんだということです。人間が誰ひとりいなくても
きっと同じ玉は二つあるんだと考えたんでしょうね。

しかし私はこう思います。そもそも自然界に<同じ>ものなど
絶対に存在しないとおもうのです。人間が作ったものだけが
すべて<同じ>だと思われているだけで、それでさえ
ミクロな部分では同じ物ではないかもしれません。不確定性原理の
ことをかかれている方がいましたが、そもそも現実はつねに
変化し動いているのだから同じ観測などできないという結論
そのものだったはずです。小さな違いに目をつぶることで
はじめてそれらのものが同じになるだけなのです。

すると人間がどのように思うとも、同じ物が人間の意識の
外側にあるんだという問題そのものが、ありえない仮定をしている
ことになります。想像の世界においては同一のものがありえても
生成と変化をこうむる現実の世界では、一つとして絶対的に
変化しない同じ球体などは存在しないのです。それは普遍的な
不滅の玉ということになります。神様のようでしょう。
たとえ人間が同じ物を正確に作ったとしても、この世の中に現れた瞬間から
その二つの玉は微細な変化によって同じ物にはなりえません。

あなたも洞察されておいでのように、人間が同じという概念を
持たない限り、そしてその<同じ>ような物質を取り出さない
かぎり、同じ物は出現することさえないのです。おなじような
出来事をおこすことはできますが、同じ物は出現しないのです。
分子の世界でさえ、原子はつねに動いているわけですから。

もっといえば、<同じ>であるという思いが、<同じ物>を
作り出すだけだということです。少しはお役にたちましたでしょうか?
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この回答へのお礼

どうもありがとうございます。
自分が変じゃないとおっしゃってもらって安心しました。(笑)
>同じ物が人間の意識の外側にあるんだという問題そのものが、ありえない仮定をしている
そうですね。厳密に言えば世の中に同じものは存在しないから、
ありえない議論だったかもしれないです。
今回「同じである」という観点で質問させていただいたのですが、
お聞きしたかったのは、
>人間があれこれ物を感じとっても、人間とはべつにちゃんと
物自体があるんだということ・・・
そうです、この辺のことなのです。
自分にとって興味深いことがありそうなので、
哲学を読んでみようかなと思ってます。
どうもありがとうございました。

お礼日時:2001/09/29 16:26

こんばんは。



 回答になっていない(多分こんな内容の回答をご期待なさっているのではない)とは思うのですが、少しだけ書かせて頂きます。

 私は自然科学系?の人間で、哲学は全く詳しくありません。ただ、物の存在とか認識などについては不確定性原理が関係したような気がしますが・・・。

 私自身よくわからない不確定性原理はおいといて、次のように考えました。

 例えば、原子番号8、質量数16の酸素原子があったとします。このような酸素原子はそれこそ無数にあります。人類が誕生する遙か前から宇宙には存在していました。当然、酸素原子には脳はありませんから、自分たちが同じものであるということは認識できません。でも、これらの酸素原子は、大きさも重さも他の原子に対する性質も皆同じでした。例えば、皆、水素原子2つと結びついて「水」という性質を持った分子を作るような性質がありました。1つ1つの水分子は融点や沸点など化学的な性質が同じでしたから、自然と同じような場所に集まり、海を形成しました。
 その海の中で、生命が誕生し、やがて上陸してついには人類が誕生し、物が「同じ」ということはどういうことなんだろうと悩み始めました。

 同じ、という認識は人間のものかも知れませんが、人間が誕生するはるか前から世の中に同じものは存在し、同じ立ち振る舞いを自然界の中でしてきたのではありませんか。
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この回答へのお礼

どうもありがとうございます。
jun1038さんのおっしゃることも普通に考えれば当然だと思います。
でも、屁理屈を言うようですみませんが、
>人間が誕生するはるか前から世の中に同じものは存在し・・・
そのこと自体も人間の認識の範囲内であると思ってしまうのです。
つまり、同じものが人間が誕生する以前から存在していたというのは
今存在している私たちの会話であり、私たちの存在がなかったら
同じであると会話するものがないのではないかと・・・・。

また別の観点からお答えいただきありがとうございました。

お礼日時:2001/09/29 15:57

まったくのど素人です・・


お書きになった内容を見て、「コギト・エルゴ・スム」我思うゆえに我あり・(デカルト)なんてのを思い出しました。
秋の夜長、ゆっくりと思考されたらどうですか。

答えになっていないですけど。

参考URL:http://www.med.keio.ac.jp/~funatoka/pavlov/Desca …
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この回答へのお礼

どうもありがとうございます。
そう、その言葉が私の頭のどこかにもありました。
引き出しを開けていただいた気がします。

お礼日時:2001/09/29 00:24

回答になってないかもしれないんですが・・・・



人間が認識できる学力と言うか知恵を持った時に
同じ物として認識できるのではないでしょうか?

物体として同じ物と言う事実はどんな場合でも
かわらないと思います

同じようなものがあって
同じだと認識する為にはそれを確認する手だてや方法が
なければ確認できないと思います

そう考えるならば
同じ物だと証明する方法、または別なものと証明する方法を
思いついた時に確認してみようと考える訳で
そう思う人間または生命体?があって
なりたつものではないかと思います

あくまでも個人的な意見ですがどうでしょうか?
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この回答へのお礼

どうもありがとうございます。
ん~、ちょっとお聞きしたいことと違ってる気が・・・・。
伝わりにくい質問ですみません。
どうもありがとうございました。

お礼日時:2001/09/29 17:05

プロタゴラスだったかが、人間は万物の尺度である、なんてことを言っていますが、そうでないという哲学者もいますしね。



>もし、人間の存在がなかったら同じであるという概念そのものがないですね。
>でも人間がいなくても同じであるという事実は変わらないですよね。
>でもその事実は人間がいてはじめて認識できる事ですよね・・・。
なるほど。じゃ、一個ずつ検討してみましょう。
素人の考えなんで、そのへんは後で立派な人がなんとかしてくれることを期待して、軽くお茶うけ程度に。

>もし、人間の存在がなかったら同じであるという概念そのものがないですね。
概念というものが人間の作るものであるとしたら、そうでしょう。しかし、「同じであること」が概念というより普遍の真理であったとしたなら、どうでしょう。なんだか成り立っていないような気がします。
>でも人間がいなくても同じであるという事実は変わらないですよね。
上の理屈に頷いたとして、人間が概念を作るもの(であるとして)だから、事実と概念の切り分けができていれば問題がないのでは。
>でもその事実は人間がいてはじめて認識できる事ですよね・・・。
人間が認識できない事実もあるわけで、人間が認識できたものを概念として作っている(ものとして)のではないでしょうか。

つまり、概念(認識)と事実(真理)は別物。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
なるほど、普遍の真理という言葉でなにか考えが変わってきました。
ありがとうございました。

お礼日時:2001/09/29 00:18

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