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イスラム教やキリスト教では過激派というのがあり、テロやかつての侵略戦争などを起しています。
しかし仏教勢力によるそのような暴力沙汰はあまり聞いたことがありません。
かつてそのようなことがありましたか?
また現在そのような組織は存在しますか?
存在しないとすれば、どうして存在しないのでしょうか?
仏教の教えは柔軟性があって、信者の思想を拘束しないからでしょうか?
イスラム経などは、生活スタイルまで拘束されているそうです。

よろしくお願いします。

A 回答 (9件)

過去には多数存在し、例えば日蓮宗の開祖の日蓮は、他宗教への過激な攻撃を行っていましたし、平安時代は延暦寺と麓の三井寺とは仲が悪く、度々僧兵を出して焼き討ちしてました。


大阪の一向宗も武力を蓄え、織田信長と覇権を争ったのは有名で、近代以前は僧侶もイスラムのジハード(聖戦)のように武器を取って戦うことは珍しくありません。
明治以降でも「大元教(神道系)」などは、相撲の双葉山などが入信し、官憲と暴力沙汰を起こして逮捕されており、仏教では「オウム真理教」がテロの準備としてサリンを撒いて大量殺人をやりましたし、国柱会(日蓮系)は戦争中にアジア諸国で暴れまわり、中国の「法輪功」も信者が過激なことをやるようです。
仏教に過激派がいない訳ではありません。
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純粋な仏教には争うという理念がありません。

後の弟子筋の個性によって
武装するという事はありますが当時の日本は戦国時代ですので、しなければ
滅んでしまうという事だったのです。
日蓮宗は性格的には日蓮教です。本来の仏教とはかけ離れてしまっているところも多く、いまある日蓮宗系統は邪教化しているところが多い。
インドで仏教が消えたのはイスラムに攻め込まれ出家者が皆殺しにあった為です。ご存知、イスラムにはジハードの遺伝子がありますので、なにかあるとついついジハードになってしまうのです。仏教徒は守るのみ、戦わずに殺されていきインドでは根絶やしされました。
日本人宗教オンチが多い、ですね。2,600年前、同時代に生きていた人は釈迦を神以上とはなかなか認識できなかったのです、が、死んで天に帰った後、理解するのですね。目に見えているとわからない、見えなくなると、わかるという事です。イエスが生前理解されなかった事と似てますね。ほとんどの人は認めてなかったのです。
仏陀は神々の上の存在であります、神々の師なのです。神々の長が地上に降りたのです。だから人類史上最高の悟りを持って伝えたのですね。
だから世界宗教になったのです。いい話、ためになる話をしたから教祖になったわけではないのです。唯物的観点ではどうあがいても理解不能と考えて
いただければよろしいと思います。

毒ガスをまいたり、かえるのまねをするのが、宗教、仏教ではありませんね。つぼを売ったり、足の裏をみたり、、、、いろいろ騒がしいのがありますが、邪教は邪教、宗教は宗教、です。ひとしく語れるものではありません。誤った個人が宗教を利用し宗教をまげて宗教でないものにしてしまったんです。
他の世界宗教と比べても、仏教の教えが広まる事により、争いを避けるようになったのは言うまでもありませんね。また唯物主義国家はどんな宗教立国よりも、悲惨な戦争、虐殺、粛清を繰り返してきました。
仏教を基盤にした国が一番平和であったと思います。
過激派と認定されているものはないです。過激派といわれることはすでに邪教化しているのです、邪教化しているから過激なのですね。
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日蓮宗は過激ですね。


創価学会も今でこそ選挙と集金に対してのみ過激ですが、最初の頃はかなり過激だったと聞いています。

当時は仏教とは呼ばれていませんでしたが、一向宗(浄土真宗)は過激でしたね。

平安時代の僧兵を抱える寺も過激と言うより横暴でしたね。延暦寺なんて女性を囲って無茶苦茶でしたから。

おとなしくなったのは、江戸時代、地方の自治をある部分になっていたので、利権を与えて貰ってぬくぬくと欲無く太ったというところが現実ではないでしょうか?
明治初期の廃仏毀釈というのは今で言うと、道路公団や郵政公社焼き討ちというような物ですから、そうした利権への社会のジェラシーが非常に高かったことが伺えます。

しかし、アジアで最も強力だったモンゴルは、チベット僧からラマ教と梅毒が伝わり、非常に温和になったと言われています。
そういう意味でも、基本的には殺傷を嫌う宗教ではあるとおもいますから、キリスト教やユダヤ教、イスラム教とは本質的に違うと思います。
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仏教と暴力は無関係と最初から決めつけているような質問ですね。


日蓮宗系は過激な傾向があります。江戸時代に徹底的に弾圧された不受不施派なんかは過激派と言っていいでしょう。

また、石山合戦で信長に敗れるまでの本願寺教団は非常に過激でした。信長を狙撃するというようなテロもやりましたよ。浄土真宗は差別された人たちのための宗教だったということが大きいようです。
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邪教という範疇で、過激な教えの代表選手は


真言立川流 でしょう。
淫祀邪教の代名詞のように言われる立川流ですが、そもそも空海が、大日如来系の呪法を用いた
のに対して髑髏を本尊に反魂(死者の霊魂をあの世から現世に呼び戻す)の呪術を行ったりする。
鎌倉時代に、新仏教の諸派が為政者に容認されたのに対して、南北朝時代に大弾圧を受けて
姿を消したことになっています。
もともと男女差別の甚だしい仏教(女人禁制)が世界宗教として発展する過程で男女の交わりの
持つエネルギーを積極的に宗教に取り入れる思想がありました。
西洋の黒魔術、インドのタントラの一派で、密教の秘法として、男性原理と女性原理の交わる
ところに生命のエネルギーがあると考え、密教の秘法として取り入れられたということです。
つまり男女の交合が密教理念の極地であるという理論に至るわけです。
過激といえば、これほどエキセントリックでラディカルな仏教はないと思いますけど・・・。

荒俣宏
夢枕獏
京極夏彦
をはじめ歴史や密教を素材に扱う小説には必ずといっていいほど出てきます。
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本来の仏教は、人間のための宗教であって、神のための宗教ではないので、神を絶対とする一神教のように、過激派の首謀者としては利用しにくいのではないでしょうか。



日本でも戦国時代の加賀の一向一揆や平安や鎌倉時代の僧兵のように武力に結びつくことはあったようですが、釈迦を絶対神のように祭っているので、これらの仏教は本来の仏教とはかけ離れたものになっているように思います。

釈迦が亡くなってから、その教えである寛容の精神があだとなり、仏教は一神教の考えを受け入れ変容してしまったように思います。
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純粋な仏教では、過激派と言うのはないと思います。



争い事が嫌いな民族に仏教が広まったからなのか?
それとも仏教の教えで争いを避ける様になったからか?
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本来の仏教というのは出家主義で、自分が解脱することを目的とする宗教でしたから在家の生活を拘束するものではありませんでした。


また一神教ではないためこれが絶対だという権威が存在しえないため、キリスト教やイスラム教のような原理主義が成り立つ背景がなく、過激派も存在し得ないと思います。
ただ、かつて宗派間での勢力争いや殺し合いはありました。
例としては京都の法華一揆が山科の本願寺を焼き討ちしたりはしていますが、これを過激派というのかどうかは疑問です。
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政治的な抗議の目的で焼身自殺する僧侶などは向かっている方向が逆のようですが、やはりいわゆる過激派に属するのではないでしょうか。

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