- 教えて!goo >
- 社会 >
- カルチャー >
- その他(カルチャー)
菅原道真の話題になって・・・
先輩とランチをしていたところ、たまたま菅原道真の話題になりました。
会社に戻ってからネットで見てみると、大宰府やら大阪天満宮やら北野天満宮やら、道真が祭られている場所がこんなに多いのは、どういう理由なのでしょう?
http://www.ric.hi-ho.ne.jp/ymkg/jtp/jtpindex.shtml
どなたかご存知の方がいらっしゃいましたら、教えてください。
回答(4件)
- 最新から表示
- |
- 回答順に表示
- |
- ベストアンサーのみ表示
No.4ベストアンサー20pt
菅原道真について歴史的背景等詳しく記載があります(↓参考URL)
この中の「天神信仰」の項目を読むと、分社についての詳細がわかるかと思います。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8F%85%E5%8E%9F% …
天満宮について
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E6%BA%80% …
この回答へのお礼
まとまっていてとても分かりやすいURLをありがとうございました!
参考になりました、そしてすっきりしました。(笑)
No.3ベストアンサー10pt
参考URLはよくまとまってわかりやすいかな.
かいつまんで説明すると,天皇に疎まれ太宰府に左遷され失意のうちに道真が亡くなった後,都では道真を疎んじた人々が次々に亡くなり道真の祟りではないかと恐れられました.
このため道真を神として祭って慰撫することになりました.これが天満宮の始まりです.
あちこちにあるのは,それだけ祟りが恐れられたのでしょう.
道真は学識のある人だったので,神としてまつられた後は学問の神様として広く信仰されています.
「菅公」と呼ばれ,カンコー学生服の名前の由来にもなっています.
この回答へのお礼
この時代のことですから、ずいぶんと長い間祟りだと恐れられたのでしょうね。
カンコーの由来になったなんて、しりませんでした。
回答ありがとうございました。
菅原道真は、悪霊として有名です。
太宰府に左遷させられて、かなり不遇な思いをしたのですが、彼の死後、その左遷に関わった人間が次々と怪死する事件が起こりました。
これがものすごくて、当時の閣僚(?)が集まって会議をしている最中にいきなり雷が落ち、道真を追い落とした者が焼け死ぬ、というようなことがあったりしました。そりゃあ、その場にいた人間たちは生きた心地がしなかったでしょう。「菅原道真の怨霊のしわざでは・・」と噂になるのは当然ですね。
それで朝廷は菅原道真の名誉回復を行い、同時に怨霊を静めるために北野天神社が建立されました。
そして時代が過ぎるにつれ、悪霊を鎮めるという目的だったものが、「菅原道真は子供の頃から天才として有名だった」ということから、菅原道真にあやかって自分も学問ができるようになりたい・・と詣でる人が増え、いつの間にか「学問の神様」になった、ということのようですね。
「菅原道真」で検索すれば、このあたりの逸話はたくさん見つかりますよ。
この回答へのお礼
祟りをしずめる目的から学問にあやかろうとする変遷が参考になりました。
回答ありがとうございました。
- 最新から表示
- |
- 回答順に表示
- |
- ベストアンサーのみ表示











