メキシコ系移民の歴史について
メキシコ人の米国への移民の歴史について調べています。
なかなか資料がなくて困っております。
年代別のメキシコ系移民の数をコピーしてみたのですが
メキシコとアメリカのどのような時代背景がこの数の
変化を生み出したのかご存じの方がいらっしゃいましたら
どうか教えて下さい。
1881-1890 (1,913)
1891-1900 (971)
1901-1910 (49,642)
1911-1920 (219,004)
メキシコ移民急増の原因はアメリカ側の事情が大きいのでアリゾナ、ニューメキシコ、カリフォルニア諸州の発展(農業、工業)の歴史を調べて見ては如何でしょうか。移民についての具体的な資料が教えられず残念ですが、両国の関係に限れば下記のようになっています。
1540年 スペイン人コロナド現在のアメリカ南西部一帯を探検。
1598年 スペイン人オニャーテが入植者を率いて現在のサンタフェ近郊に入植。
その後、サンタフェからカリフォルニア州、テキサス一帯がスペイン領 として北米13州に先駆けて開拓される。
1821年 メキシコはスペインより独立を果たす。これにより南西部にスペイン系 人とメキシコ人が共存することになる。
1836年 テキサス地帯はメキシコの辺境として開発が遅れ、メキシコ政府はアメ リカ人入植者に一定の条件下で土地を与えた事からアメリカ人が急増し
彼らは団結してメキシコ中央政府に反抗し、反乱、独立を果たす。1845 年テキサス共和国は米国に編入される。
1848年 テキサスとメキシコの国境線問題をきっかけとして米墨(アメリカ-メ キシコ)戦争勃発。メキシコは敗れて国土の半分をアメリカに譲渡す る。(カリフォルニア、アリゾナ、ニューメキシコの全てとコロラド、 ユタ、ネバダの一部。北米領に残ったメキシコ人は北米市民として権利 が保証されたが実際には守られなかった。
1960年代 黒人の公民権獲得運動(ブラック・パワー)の影響を受けチカーノ(メ キシコ系米人)の権利闘争が起こる。
南西部は万年労働力不足で白人農園や工場はメキシコ人に頼らざるをえず、1950年ごろまで南西部の国境はメキシコ人季節労働者にとって存在しないも同然だった。
国境沿いに金網が張られ国境警備隊が監視するようになって僅かに50年、メキシコ人にとって金網の向こうは歴史的に自分達の労力を求める”職場”だという意識が
まだあるようです。国内の出稼ぎの延長線上に米国があるわけです。コヨーテと呼ばれる国境越えを引き受けるメキシコ系の人々がおり、現在でも毎年百万単位の越境者がいるといわれます。その多くは捕らえられ強制送還されるものの成功するまで(金が続く限り)越境を繰り返すので実態把握が難しいようです。以上、少しでも参考になれば幸いです。
この回答へのお礼
martinbunoさん、こんにちは。
詳しいご説明有り難うございます!とても参考になりました。
今度はメキシコだけでなくアメリカ側の歴史も調べてみますね。
力になって下さって本当に感謝してます・・。
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