日露戦争の意義
日露戦争はアジアの小さな小国日本が列強のロシアに勝利した戦争ですが
日本がロシアに勝利したことはどれほど他の国に影響を与えたのでしょうか?
また、日露戦争は第零次世界大戦とも呼ばれているらしいのですが、それは他国(イギリス・フランス・ドイツ)が日本やロシアに協力していたからでしょうか?
あらためて、日露戦争の重要さを調べているのですが、どれほどの存在になるのでしょうか?
回答(9件)
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まず イギリスは日露戦争のロシアの勝利後日本とロシアを得ようとしていました このことからロシアを中心とするアジア史がかわっていたと思います
また日露戦争で日本が勝ったのはロシア革命のお陰でロシア革命がなかったらロシアが勝っていたでしょう
なので政府はなんとか勝ったということを分かっていたのに民衆には日本が大勝利したかに伝えられましたこれから日本政府の民衆に対する隠蔽体質が太平洋戦争で民を苦しめる要因となったと思います
質問の趣旨とずれているかもしれませんが、
日露戦争に勝利するまで、日本は世界各国から弱小国とみられていたのです。
1911年(明治44年)になって、ようやく欧米各国と関税自主権を回復できたということは、
日露戦争の勝利がなかったら、実現までさらに年月を重ねたことでしょう。
日米修好通商条約から53年かけて、日本が欧米各国と同じレベルの大国として成長したということを、
世界中の国々が実感したということでしょう。
No.6ベストアンサー10pt
日露戦争は、日本にとっては大国との全面戦争だったけど、ロシアにとっては局地戦の扱いです。
日本は勝った勝ったと浮かれていますが、ポーツマス講和会議では一切の金銭的賠償は得られず、外交上は日本の完敗です。
南満州鉄道の権益や遼東半島の租借権など、それらは元々ロシアが他国から奪ったものだから痛くも痒くもありません。
南樺太なんて当時は利用価値のない極寒の土地です。
それよりも、大国ロシアに勝った事が仇となり、日本の軍隊は実力以上に自惚れ、精神論に凝り固まります。
これが太平洋戦争へと続く悲劇の序章となるのです。
No.5ベストアンサー20pt
日露戦争が世界史に与えた影響は案外大きいものがあります。
まず、19世紀末から20世紀半ば(第二次大戦終了時)にかけて世界は帝国主義時代となっておりますが、ロシアが負けたことにより、ヨーロッパでの対立軸がイギリス対ロシアからイギリス対ドイツに変わります。英仏露(日)による三国協商側と独墺伊三国同盟側の対立が中心となります。
続いて、勝利した日本は軍事的な強国の一つとして認められ、朝鮮を植民地として獲得して帝国主義に進みます。この流れは第一次大戦にイギリス側として参戦することで国際連盟の常任理事国となり、五大国の一つとして認められることに繋がります。
また、植民地とされていたアジア諸国やその周辺国家にとってアジアの国が先進欧米国家に勝ったということで独立運動・民族運動に希望を与えると共に東南アジア諸国から日本への留学生などが増加します。
もし、日露戦争が無く日本が勝つことが無かったならば、世界はいまだにヨーロッパ中心でまわり、アジア・アフリカの植民地の独立も困難であって現在のように独立国が200もあるようなことにはならなかったでしょう。
なお、「第零次世界大戦」という題名の小説がありますが、日露戦争をそのような観点で見ることは一般的ではありませんし、おそらく歴史観としても納得がしがたく射程の小さなものでしかないと思います。
う~ん、歴史の先生に教わったことですが領土の取り合いで戦争をしてしまったと聞きました。johonさんの張ってくれたURLにも書いてありますが、最後は戦争という道しかないからやったと書いてあります。
なぜ話し合いで解決できなかったんでしょうね。もしかしたら、戦争の発端を調べ返してみると、曖昧な理由で起こしたのかもしれませんね。
トルコや北欧諸国など、ロシアにいじめられていた国々には勇気と希望をあたえたようです。特にフィンランドの独立にも結果的に貢献したみたいです。
http://www004.upp.so-net.ne.jp/teikoku-denmo/no_ …
http://www.wadachi.jp/dissertation/asai_02.html
http://plaza.rakuten.co.jp/sarumaji/9004
追加です。参考にしてください。
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