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天皇はいつ頃から誕生したのか教えてください。

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  • 質問者:frthdgnhssw
  • 投稿日時:2005/08/31 14:48
  • 困り度:すぐに回答が欲しいです

天皇陛下は昔のいつ頃から誕生したのですか?
どうやってあそこまで偉くなったのか気になります。
昔昔は一般人だったのかな?

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No.6ベストアンサー20pt

  • 回答者:j-m
  • 回答日時:2005/09/04 18:30

倭国の王号は五世紀末まで”大王”。それが「継体」のときに”天王”と変わり、さらに「持統」の代前後に”天皇”と変化。

No.3回答者さん紹介の(記紀)系図でによれば、初代神武から14代仲哀までは明確に父子相承としていますが、実在する第十五代応神帝以降は兄弟相承が基本となっています。壬申の乱で嫡系相承に復帰した記紀の編集時に初代から14代が挿入されたものと思われます。

☆天王=てんのう→継体(在位503年~527年)~

日本書紀(雄略紀五年条・二十三年条)に既に天王号が使用され仏教伝来を想像できます。
蘇我氏等の仏教支持グループに支援された継体=オオドが倭国に宗教戦争を挑みこれに勝利し国号を倭国から日本に変更、531年に巻き返しのクーデターがあり、七世紀後半に再度日本国を襲名するまで旧国号の倭国が復活。倭国から日本そして再度倭国へと国号が変更になります。新教(仏教)と旧教(土着宗教)の抗争は暫く続きます。

継体の先代(25代)武烈は日本書紀で大陸の革命思想で倒されるべき典型的な王朝最後の暴君として恣意的に記述されており、オオド=継体の革命的な政権奪取を匂わせます。以上から、オオド=継体は従来の大王=オホキミを輩出した血筋(有力豪族)でない、または思想的に異質な者であることを暗に物語っています。(古墳時代の終焉)

”天王”は「仏教守護者」をあらわす仏教用語とすると、日本(仏教支持勢力)と倭国間宗教戦争の勝者代表であるオオド=継体が名乗るに相応しい呼称です。

☆天皇=すめらみこと、てんのう→天智、持統、天武の何れかから(668年~)

初めて”天皇”の呼称が使用されたのは木簡出土によると「天智」の代からです。
天皇称号・制度は律令制度導入の1ユニットで隋の皇帝制度の模範によります。
以後、土着宗教最高祭祀+大王+天王+世襲=天皇 の開始となります。

(妄想です)

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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

かなり詳しいですね^^もう専門者ですよ^w^

友達に伝えたいと思います。ありがとうございました。

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  • 回答者:been
  • 回答日時:2005/09/04 16:03

歴史上の人物として実在の可能性が高い最初の天皇は崇神天皇(第10代)、実在が確実なのは応神天皇(第15代)です。
ただし、これが現在の皇室の祖先であるかどうかはわかりません。武烈天皇(第25代)には後継ぎがなく、第26代天皇として即位した継体天皇は応神天皇(第15代)5世の孫とされており、この非常に遠い血縁の信憑性には昔から疑問符がついておりました。No.3の回答者が紹介している系図でも、第26代が宙に浮いていることがわかると思います。

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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

かなり難しい話ですね^^;
友達にこの事を伝えたいと思います、ありがとうございました

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No.4ベストアンサー10pt

  • 回答者:password
  • 回答日時:2005/09/03 21:47

今や学会で死語になった「騎馬民族説」を信じている方がいるとは・・・


ツングース系(縄文人)は バイカル湖で生まれ 東進し
樺太から南下して日本に入ってきた。
そして 北ベトナムから(長江を経由して海を渡って)稲作と共に弥生人か徐々に浸透し、
国家が形成された。
(稲作は朝鮮よりも前に日本で行なわれたのが判明しており、
 朝鮮南部のツングース系の血は 日本~インディアン系の樺太経由の一族であったといわれている・・・)


大和政権は 卑弥呼の時代以降の政権ぐらいしか判明しておらず、
邪馬台国が奈良にあれば 大和朝廷はその系統に属し
九州にあれば それ以降 数百年後に 突然現れた事になる・・・

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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

話がかなりややこしくてよく分からないですが、
結局はいつ頃から天皇が出来たかわからないということですね^^;

歴史難しいですねー^^;

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本当かどうか眉唾物ですが…
天皇家略系図1
http://page.freett.com/keizusoko/keizu/keizu_ten …

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この回答へのお礼

URL拝見しました^^ありがとうございました。

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  • 回答者:ipa222
  • 回答日時:2005/08/31 15:03

いろいろ説はありますが、ある種族が北九州に渡り、大阪に行き、奈良まで行ってトップに上り詰めたというのが真相だと思います。

元々ロシア沿海州にいた狩猟騎馬民族は、神聖思想の持ち主で、それが朝鮮半島に南下し、複数の国を作り、最後に日本まできたと言うことです。末っ子が親の相続するシステムなので、成人した兄たちが次々とほかの土地に旅立ち、王国をつくっていったそうですね。

大陸で獲得した高度な技術(金属や土木など)を持っていたし、武力で完全制圧しようとせず、祭り上げられる存在で満足し在来の豪族の利権をキープさせたので、スムーズに上に立てたと思います。

天皇と言う名前になったのはずいぶん後のことです。
それまでは神主の親玉のような存在です。

その神聖思想というのが生まれたのがロシアのウラルアルタイ地方で、西に行ったのがヨーロッパに到達し、後々ヒトラーがアーリア人は神聖な民族だと主張したのも、ウラルアルタイ思想の影響が濃いからだと言う話です。
東に来たのは、アジアのあちこちに神聖な王権を打ち立てました。

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この回答への補足

ipa222さん回答ありがとうございます。
↑の事を友達に言ったら

その答えに疑問点が5つあるよ。


1つ目はある種族とはなに種族?

2つ目は同じ種族なら言語の分類で一緒になるのに日本語はどの言語の種類にも属さないのはなぜ?


3つ目は神聖思想の持つ種族がアジアや欧州に国を建てたとしたら思想が同じなのに国主を神として崇める思想は日本以外にはないのはなぜ?


4つ目は古より日本の家督継承は長男と決まらず、また末っ子とも決まってないしその主が能力があったり気に入ったものに死ぬ間際に家督を譲ったりしたため後継者を告げないまま急死したりして家督争いが起こったりしたのだから末っ子が家督を継承する風習はもとより日本にはなかった。つまりその種族には家督継承の考え方も当てはまらないのはなぜ。


5つ目は中国や朝鮮より渡ってきた文明を持った種族が天皇になったとしたとしても当時の中国や朝鮮より文明を持って来てるのに文明が中国や朝鮮に桁外れに遅れてたのはなぜ?

って言われました。もしよろしければ教えてください

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  • 回答者:hiroko771
  • 回答日時:2005/08/31 14:51
  
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