もうすぐクリスマス。そして初詣に出かけます。ところで神社に参詣したとき柏手を打ち拝礼しますよね。お寺でそんなことをしたら笑われるだろうし叱られるかもしれません。どうして神様の前で音を響かせるような柏手を打つのでしょうか。特にその由来や意味について教えてください。
 第二に通常神社での拝礼は二礼二拍手一礼と言われていますが,そのように回数を決めている典拠はなんでしょうか。どうして最初に2回礼拝をするのでしょうか。1度目の礼拝と2度目の礼拝には意味が違うのでしょうか。2度の柏手についても同様です。最後の一礼の意味は最初の二礼と意味が違うのでしょうか。最初のように二礼でなく一礼なのはどうしてでしょうか。
 きっと誰かがそう決めたからそうなっているのでしょう。でもこのワケがわかるとお寺で柏手を打ってはいけない理由もわかるのでは‥と希望しています。

 別の問題ですが同じ字の人を迎えたり讃える拍手(はくしゅ)の起源は全く別なのでしょうか。これについても御存知でしたら教えてください。

A 回答 (6件)

補足の補足です。

皇祖皇太神宮の神主の息子さんから
直接聞きました。その方も何を根拠にいっているのかわかりません。 私の知っている事はこれだけです。

この回答への補足

 amatelsさん丁重なお答えありがとうございます。私の質問の現在の理解状況は前の「補足」の項で示したとおりです。神社本庁で二拝二拍手一拝と定めている文書は「神社祭式作法」ですが根拠は書いてないみたいです。少し時間をかけて大学などの図書館で調べるか,神職養成課程のある学校の先生に聞いてみるなどしてみたいと思っています。神社本庁とは別に独自に拝礼作法を定めている神社では4,8,16のような2の数乗の回数を基本としているみたいですね。
 本題からはずれますが,誰かにちょっと聞いて知っている程度だった天津教,竹内文書関係でしたが,今回web上をみてみると独自に研究している方がたくさんいることに驚きました。私はその領域はあまり興味がある方ではないのですが,磯原と富山の皇祖皇太神宮は祭礼のある日に機会をみつけて行ってみたい気がしました。やはり11月と8月ですね。
 私は宗教的儀礼に関心をもっています。また質問したときはよろしくお願いします。ほんとにありがとうございました。

補足日時:2000/12/15 00:32
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補足です。

 私は個人的興味で調査しているだけです。
私はほんとに神社とはあまり関係ありません。あまりというのは地元で、神事の祭りに参加しているくらいで、ぴーひゃらと笛を吹いているくらいの関係しかありません。
文献とまでは行かないですが、本が出ています。竹内文書の解説本関係にあります。ジャンルは心霊とか心理学とか摩訶不思議分野です。
私も竹内文書に少しはまっています。内容は信じられませんが。
だから知っているだけです。といってもそこへは先月行って来ましたが。でも近いわけではなく名古屋から行きました。遠かったです。(上野から特急で2時間半)でもいった価値はありました。 一生で一度は行く価値あります。

この回答への補足

 重ねてのお答えありがとうございます。皇祖皇太神宮は竹内巨麿の神社でしたか‥‥気がつきませんでした。
 あの‥前のお答えの,四礼八拍手一礼が基本で四方八方と起源が同じ‥‥が書いてある書名など教えて頂けますか。竹内文書関係の解説本も多数あるようで,amatelsさんに教えていただいたことを自分で確認したいのですが当該本がわかりません。よろしくお願いします。ひょっとすると皇祖皇太神宮の宮司のお話からですか。

 私なりに柏手の数について少しweb上を彷徨ってみました。神職関係者のサイトの掲示板でも今年8月に話題になっていたところがありました(http://www.jinja.or.jp/)。関係者も入って数人でのやりとりで様々な面からの見解が述べられており素人の私には勉強になりました。しかし拍手の数の決定的お答えには至っていないようでした。‥‥やはり私同様の疑問を持たれる方がいらしたわけです。

 私が考える神社本庁で二拝二拍手一拝と定められている理由‥例えば一拝一拍手一拝でなく複数回数の拝礼や拍手を打つのは,日本神道が一神教でなく八百萬の神々を奉っていることを顕示するためではないかと勝手に推定したりしています。古式の拝礼をいくら簡略化しても一拝一拍手には決してならないのは信仰の本質を示すため‥‥これは全く根拠なくこの数日みなさまのお答えを読ませていただきながら私なりに考えたことです。ご批判やご意見もお待ちしています。

 今年の南北朝鮮の首脳会談や中国での外交的行事で拍手の場面が目についてしまいます。これは戦前の大日本帝国占領時の天皇に対する拍手を現在の君主に対して用いていたりするのでしょうか。monosirihakaseさんも拍手を「我が国独特の礼法‥‥昔は神様にお参りするときだけでなく天皇さまに対し奉りても拍手を行ったようです」と仰せですし‥‥。それとも文字は同じでも全く関係ないものなのでしょうか。

 ここのページはもう暫く開いておきます。皆さんが初詣に行かれて運良く宮司さんにお話を聞ける機会に恵まれた方によろしければ教えていただければ‥‥と思っています。

補足日時:2000/12/07 22:40
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2礼2拍手1礼が基本ではありません。


本当は4礼8拍手1礼です。
略式として、2カ所ご指摘の出雲大社と大分の宇佐八満神宮が2礼4拍手1礼です。
多くが略式の略式として2礼2拍手1礼となっているようです。
4,8,1というのはよく四方八方を固めるとかいいますが、そのから来ているようです。私は神主ではないので
わかりませんが、日本で1カ所万の神を祭っているところ
が、茨城県北茨木市磯原町の皇祖皇太神宮です。
磯原駅下車徒歩2分です。ここの神主なら、柏手の謎も
明快に解決してくれます。尚この神社は伊勢神宮の内宮だったことから、8という数字はなごりと思います。

この回答への補足

 お答えありがとうございます。四礼八拍手一礼が基本ですか。四方八方と起源が同じ‥‥なるほど。日本の神道がシャーマニズムに起源を持ち八百萬の神々を奉ることに思いを巡らせればさもありなむ‥‥と思います。
 北茨城市ですか‥地理不案内でわかりませんが,いつか機会に恵まれましたら是非その宮司さまに教えを請いたいと思います。
 amatelsさんは神職とは関わりがないとのことですが「四礼八拍手一礼が基本」というようなことを御存知ということは,皇祖皇太神宮の氏子さんで,その宮司さんのお話を日頃からお聞きになっているからでしょうか。あるいは小中学校などの郷土史の授業の教材などに取り入れられているからなのでしょうね。普通の方が御存知のことが不思議というかスゴイ‥と素直に思います。
 amatelsさんのお答えを私なりに理解すると,四方八方の神々に対して拝礼し陰陽的調和を祈念する柏手を打ち最後に畏敬の一拝を捧げるというのが,そもそもの神前での拝礼ということでよいのでしょうか。そして現在神社本庁で定める「二拝二拍手一拝」はその根拠は現在のところ不明ですが,その簡略版というところでしょうか。‥‥でもどうして「二拝二拍手‥」にしたのでしょうね。ジョークですが四苦八苦を避けたから‥‥ナンテね。
 欲バリなことですけれど,できれば四拝八拍手一拝の文献的典拠など知ることができたらこれからの季節柄,初詣などの折博識ブルことができるのですが‥‥(^^ゞ

補足日時:2000/12/06 19:05
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数字に関しては意味がありそうな、なさそうなって感じしますよね。

でも何か意味があるのでしょう。
「二」から考えられるもの。国産みの二柱なんかが想像されますが、関係ないのでしょうか?

この回答への補足

 おわかりのことがありましたら教えてください。よろしくお願いします。二拝二拍手一拝と神社本庁により明確に定められているわけですから何らかの根拠があるように思います。他方で根拠を明らかにしないことに逆に意味があるのかな‥と深読みしたくなるくらいです。きっと陰陽的意味づけがあるのでは‥と推定しています。

補足日時:2000/12/06 06:40
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二礼二拍手一礼


 作法上の正しい言い方では、『二拝二拍手一拝』といいます。拝も拍手も神様を敬う敬礼作法の一つです。
 『拝』は、神様に対し頭を下げて敬う、自然な気持の現れから行われる作法ですし、『拍手』は、もともと驚いたり、とても喜んだりしたときに自然に手を打ち合わせて自分の心情を表すという、我が国独特の礼法なのです。昔は、神様にお参りするときだけでなく、天皇さまに対し奉りても拍手を行ったようです。
 以前は礼に礼を尽くして、拝や拍手をそれぞれ何度も繰り返していたようで伊勢の神宮では、現在も『八度拝』という作法を行っています。
 漢籍に「禮之用和為貴(れいのようはわをもってとうとしとす)」とあり、つまり礼の要は敬う心と、和の心の一致をもってよしとするとあり、「拝」は敬の心、「拍手」は和の心であり、その二つを合わせて行うことは最も敬虔な気持の現れであると言えます。
 いづれにしても、神様を敬い、自分の心を伝える重要な作法ということが出来ます。

参考URL:http://www.jinjahoncho.or.jp/ja/index.html

この回答への補足

 お答えありがとうございます。かつて拍手や礼拝は参拝するものの気持の表れということで,たくさんするほど良いということですね。一般向けの神道解説書によりますと戦前では二拝二拍手二拝が一般的だったそうです。現在でも伊勢神宮では仰せのように「八度拝」「八開手」ですし出雲大社では「二礼四拍手一礼」ということです。戦後神社本庁において「二拝二拍手一拝」と決めたようですが,その典拠は一般向けの本やご指摘の神社本庁web pageでは答えを見つけることはできませんでした。
 屁理屈を言うと拝礼と拍手が畏敬を最大限に示す行為ということで回数が問題でなく気持の深さが大切ということであれば「一拝一拍手」か最後にもう一度拝礼して「一拝一拍手一拝」が究極の拝礼となるのかも。
 そこを「二拝二拍手一拝」と決めているのにはきっと理由づけがあるように思います。「二拝二拍手」の二度ということに特別の意味があるのかもしれませんし,1回目と2回目の拝礼や拍手は同じことの繰返しでなく意味が違っているのかもしれません。拍手が「和」とは陰陽的謂われがあるようですから,きっと二の数字に意味があるのでは‥と思っています。
 何か御存知でしたら教えてください。

補足日時:2000/12/05 18:20
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えーと…


本当のところはさっぱり判りませんが、
私が小学生の頃聞いた話しでは、
神社の神様は忙しくて、疲れて寝ていることもあるから、
手を叩いてその音で起こす、気付かせるんだと聞きました(笑)

お寺は、仏様ですよね。
仏様は静かに眠っているから、手を叩いて起こしてはいけないんだと、聞きました

二礼二拍手一礼については判りません~^^;

この回答への補足

 お答えありがとうございます。あの‥ボケで申し訳ないのですが‥‥眠っている神さまは起こしてよくて仏さまは起こしてはいけないのはどうして‥‥と子どもに聞かれたらどう答えましょう‥‥お寺の仏像(御本尊)は座っているか立っているような気がしますが,あれは眠っているのでしょうか。涅槃像は横になられているようですけど。
 こういう事って誰に聞いたらよいのでしょう?とても不思議です。
 また何かわかりましたらレスつけてください。

補足日時:2000/12/04 18:54
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