質問

インド仏教と日本仏教の共通点や相違点を教えてください。
日本では、お盆やお彼岸がありますが、インドにもあるのでしょうか。
また、お墓を作る思想はインドにもありますか?
除夜の鐘もインドにあるのか・・・知りたいことがいっぱいあります。
どんな小さなことでもいいので教えてください。

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回答 (10件)

インドでは仏教が滅んでいますので答えにくいですね。お盆はスリランカでもありますが日本のお盆とは随分違います。お墓は当然ありますがrou-shi様が知りたいのは本家本元と日本の諸宗派がどれだけ隔たっているか、または隔たっていないかということではないでしょうか

結論をいえば当時の教えはどこの国でも正しく伝わっていません。大乗・小乗ともに仏陀の教えを伝えている部分と失った部分を持っています、どちらが正しいという問題ではありません。また形式については地域と時代により大きく変わるのが当然のためインドにない習慣が日本にあるといっても始まりません、要は教えの中身が大事なわけです

しかしその中身も時代や地域に合った教えでなければ救済にはなりません。理解できない教えで救われるはずもないですし納得できない教えを実践できないからです

トリビア的にいえば
仏像-アレキサンダー大王の遠征でギリシャの神像カルチャーが伝わりできました。それ以前は仏塔に礼拝していました
本尊-本来は釈尊のみ、中国・日本では諸仏あります
袈裟-柿色の意味です。出家者は死者を巻く布を拾って柿色に染めて着衣としました
出家-本来は家を出て屋根の下で寝ないという意味です
法華経-知的に高くないカルトの人々によって編纂された教典。中国・日本ではクマラージュの名訳で格調の高い御経として人気

以下参考までに
小乗(上座部)仏教
出家者は戒律をよく守り則を越えないため在家とは違うオーラをもつ
在家の救済は出家者に布施することで開かれるため菩薩になるというダイナミックな成仏は説かれない。また仏陀の立場が大乗より弱い

大乗(大衆部)仏教
信の教えで門戸が広い。人間釈迦は地上での仮の姿でありその本質は久遠の仏とする。超越者を信仰するキリスト教はじめ世界の大宗教と同様の信仰形態である
反面、修行や教学が薄くなり、近代その弱点をついた邪教を多数輩出した
(○○を唱えれば救われる、○○で病気が治る、曼陀羅は○○、etc)

密教(金剛乗)
インドで仏教からのドロップアウト組が土着宗教をとりいれて作った教えで元もとは仏教ではない。中国へ仏教と共に伝来したため仏教の宗派の一つとなる
超人的体験を重視するため現代では超能力系・御利益系邪教を生みやすい(因縁を断つ、オ○ム教,etc)

現在の仏教は、大きく、南伝仏教(上座部仏教)、チベット仏教(密教)、大乗仏教(日本宗派仏教)に分類されます。この中で、日本に伝えられたのは大乗仏教だけです。南伝仏教(上座部仏教)は、インドではなくて、スリランカ、タイなどに残っています。インドでは仏教は、極少数派で、ヒンズー教に組み込まれているとも聞きました。

仏教は、紀元前5世紀頃にお釈迦様によって説かれたもので、仏陀になることを勧め、仏陀になるための修行法を説く宗教です。

お釈迦様の仏教(根本仏教)は、南伝仏教(上座部仏教)の「阿含経典」(あごんきょうてん、アーガマ)にのみ説かれています。阿含経典にのみ、仏陀になるための修行方法(七科三十七道品)が記されています。それは、瞑想を中心とした修行です。

法華経を含む全ての大乗仏教経典は、インドの後の人々によって創作されたもので、お釈迦様がお説きになったものではありません。(これは、世界および日本の宗教学で検証済みのことで、日本の大乗仏教の信者に知らされていないだけのことです。)

お釈迦様の仏教は、本来、「現世」において瞑想を中心とした「仏陀」になる(=現世成仏)ための修行法を実践するものです。

お釈迦様が、大乗仏教で行われているような、お題目を唱えさせたり、念仏を唱えさせたり、仏を神様のように信仰させて現世利益を祈願するよう指導したためしはありませんし、そうするはずもありません。お釈迦様の仏教は、仏を神様のように信仰したり、現世利益(金、地位、名誉、権力、政治力、支配力)を仏に祈願したりするものではありません。

大乗仏教は、神様を信仰し現世利益を祈願する多神教のヒンズー教の影響を受けたそうです。

中国天台宗、智顗の五時教判は、仏教を、
「華厳時、阿含時、方等時、般若時、法華時、涅槃時」と分類しましたが、現在では、これは誤りであることが分かっています。

なお、「妙法蓮華経方便品 第二」に「・・・此の諸の仏子の為に 是の大乗経を説く 我是の如き人 来世に仏道を成ぜんと記す」とある通り、法華経は、「現世成仏」ではなく「来世成仏」を目的としています。これは、お釈迦様の教えではありません。

仏教:
http://www.geocities.jp/zen9you/
バウッダ(中村・三枝著):http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4094600809.h …

まず「インド仏教」といった場合、おおまかではありますが、
 1)歴史上のブッダ(シャカ族の王子だったあの方です)から「根本分裂」までの時代
 2)仏教史上の「根本分裂」から密教の成立と発展までの時代
 3)インドへのイスラム勢力の進入による仏教の壊滅以降の時代
 4)近代以降の「欧州逆輸入仏教」の時代
などと、区別して考えねば意味がありません。

とうぜん「日本仏教」という場合も、
 1)禅宗的な、自分自身の修行を目的とするもの
 2)浄土宗的な、仏菩薩に救済されることを目的とするもの
 3)祈祷などによる、現世利益を目的とするもの
を、区別しておいたほうがよいでしょう。

正直なところ、「インド仏教」と「日本仏教」には相違点のほうが多い……相違点しかないと考えられます。(たとえば司馬遼太郎『空海の風景』を参照してください)
共通点は、歴史上のブッダ(釈尊)を理想の人格として、あの方に近づこうと努力するという意志ということでしょうか? (もっとも大乗仏教のなかには、その意志を放棄することによって逆説的に高次の宗教的次元に達しうる宗派・教派もあると判断できます)

「仏教が多くの部派に分裂して、しかもそれぞれの部派が、仏教であると公認されていたのは、仏教が本来、個人の自由なる思索や悟りを重んじたためである。すなわち、仏教は自覚の宗教であった。」平河彰『インド仏教史』春秋社・上巻5頁より

No.6の方のおっしゃる事が理解できません。

「月の国の仏教である釈迦仏教は月の運行と同じく西から東に流布してきたのです」

日蓮の残した文書には、そういう記述があるとは聞いていますが、
月は北極軸の上空から見た場合、地球を反時計回りに公転しています。
地球は同じく反時計回りに自転していますので、地球上では月は東から西に移動するはずです。

 まず、インド仏教とか日本仏教という概念が間違っています。仏とは肉体においては私たちと同じですが、主徳・師徳・親徳の三つの徳を持つ覚者を云います。仏はキリスト教におけるゴットのような架空の存在では無いのです。
 すなわち地球上に出現したのがインドのブッタ=釈迦でありますが、他方といってこの大宇宙には人がすむ星が無数にあり、その数ほど仏はいます。
 仏は信じがたい悠久の時間をもって衆生を救う化導をしているのです。
 インドに(正確にはネパール)出現した釈迦は50年間説法をしており、その42年は方便の教えです。のこり8年で出世の本懐たる法華経を説いたのです。ゆえに法華経の開教たる無量義経には「四十余年には未だ真実を顕さず」といい、法華経の方便品には「世尊は法久しくして後、かならずまさに真実を説くべし」さらに「正直に方便を捨てて、ただ無上道を説く」というのです。釈迦は九輪説法と言って経典を文では残していません。しかしアナンソンジャ(漢字忘れました)という弟子が卓越した記憶力の持ち主で、釈迦の説法全てを記憶して伝えたのです。その法華経を羅汁三蔵(何人もの人が漢訳している、何故羅汁三蔵のものだけが用いられたかも理由があります)が漢訳したものが中国で広く流布し、事実、天台大師もこの法華経を読んでいました。ゆえに聖徳太子は小野妹子を遣隋使として法華経をとってこさせ、それを元に法華義抄を顕し、また法華経を元に鎮護国家の法を定めたのです。しかしこの法華経の力も釈尊滅後二千年で潰えます。ゆえに鎌倉時代より叡山(日本の仏教の根本道場)は乱れていくのです。当然発祥の地、インドも日本に伝来した国、中国も釈迦仏教は滅していきます。もっと云えば、インドは古来より月氏といい、日本は古来より日の本です。月は太陽が無ければ輝けない。ゆえに月の国の仏教である釈迦仏教は月の運行と同じく西から東に流布してきたのです。余談ですが日本を極東というのも其の故でしょうか?いずれにせよ聖徳太子は隋との国交を開く時、「日いずる国の天子処日の沈む天子に送る。つつがなきや・・・」という表現をしていますが、日本の国にたいする誇りと確信を感じます。日いずる国ゆえに釈尊の仏教をはるかに凌駕する仏が出現する国を意味するのが日本という国名です。 釈迦自身が法華経神力品に「日月(にちがつ)の光明の能(よ)く諸(もろもろ)の幽冥(ゆうみょう)を除くが如く、この人世間に行じて能く衆生の闇を滅せん」と述べています。意味合いは末法に全人類を救う人は、上行菩薩(じょうぎょうぼさつ)ただ一人であるという重大事の予言なのです。 まさに末法に入り、鎌倉時代に釈迦の仏教は滅し、同時に出現されたのが釈迦のいう上行菩薩であり、その御方こそ「下種の本仏」たる「日蓮大聖人」なのです。

一時はインドの国教となった仏教は5世紀ごろに宗教弾圧を受け、多くの仏教家がインド国外へ流出してしまいます。
また、14世紀ごろのイスラム教徒の侵入で偶像を否定するイスラムの教えによって寺院や仏像が破壊され、事実上、インドでの仏教が消滅します。
現在のインド国内の仏教は、周辺諸国(バングラディシュなどの東南アジア諸国)からの再流入です。

#1です。

 お礼とコメント有り難うございました。

 煩悩の数に関してですが、数に関してはインド由来ですね。それを大晦日という節目の行事にするというのは中国の考え方で、広く行なわれるようになったのは日本という、3カ国合作みたいな行事です。行事ひとつとってもこういう具合ですので、興味深いというかややこしいというか・・・面白いものです。「中国経由」というのも、日本仏教を見る上での重要な点ですね。

 インドでも学派によって煩悩の数は変化があり、一定ではないですね。108煩悩の数の出し方も数説あります。(←すべては知らないです。)
 一説には(細かい用語に関しては手元に資料がないのですが・・・)、六根(=感覚器官と心。眼・耳・鼻・舌・身・意)が六塵(六根それぞれの対象。色・声・香・味・触・法)に対したとき、それぞれに好・悪・平が生じるので18種類、その18種には染・浄の2種があり36種、さらに過去・現在・未来の三世でカウントするので108種類ということになるらしいです。
 除夜の鐘は中国の宋の時代に始まり、日本の行事はそれが伝わったものだろうと言われています。
 では。

 >仏教がインドで衰退したのは、何か意味があったのでしょうか?

 そもそも釈迦の出世(偉くなる事ではなく、『この世に生まれ出た理由』の事)の理由からして、いずれ衰退するのは目に見えていた事だと思われます。
 それは、釈迦はあくまで人類救済を謳わず、遥か昔に成仏(死ぬ事ではなく、文字通り『仏になること』。成仏得度とも言う)し損ね、長い長い時を経て再び人として生まれた者を改めて仏の教えに導き、成仏させる事を目的とした仏だったからです。
 逆に言えば、こうした人々がことごとく成仏してしまえば、釈迦としての目的は達せられてしまうので、その後の繁栄などは全く考えられないのは当然の事、衰退は当然の道だったように思います。このことは釈迦自身が経文の中で、「白法隠没(ビャクホウオンモツ)」といって、いずれ自分の教えが隠れて没してしまう事を予言しています。

 聞きカジリですのであまり本気にしないで下さい。
 人づてでこんな話を聞いた事があります、ということで。

インドは今や仏教の国ではありません。
仏教徒の人口は全国民の1%にも満たない状況です。
基本的にはヒンズー教の国といえます。

サンスクリット語で書かれていたインドの仏典は、鳩摩羅什(くまらじゅう)と玄奘三蔵によって漢文に訳され、このことにより仏教は中国で発展してゆく
のです。

この回答へのお礼

 ありがとうございました。
 インドの仏教徒の人口は1%しかいないのですか。そこまで少ないとはしりませんでした。
 仏教がインドで衰退したのは、何か意味があったのでしょうか?

こんばんは。。

 少々仏教書(概説書程度)を読んだことのある者です。また、仕事でお寺さんと接する機会が多いです。ご参考になるかわかりませんが、少し記してみます。

 ご存知とは思いますが、仏教はインドが本家本元ですので、その他の地域にとっては「外来宗教」ということになります。日本にとって仏教とは、いくら幅広く根付いているように見えても、外から来たものであることは事実で、これは重要な点だと考えています。

 インド仏教には、お盆・お彼岸はありません。仏教はもともと祖先祭祀を行なう教義を持っていませんから、日本独特の、あるいは中国由来の習俗に仏教教義を後付けしたものです。もしお釈迦さまが日本の仏教を見たら、教えを説いた本人が理解に苦しんで頭を抱えるか、吉本新喜劇の「えっえっ、えーーーー」をかますのでは?と思います。(けど、自分は時間をかけて見てもらうと、お釈迦さまも「へー自分の教えがこうなるのね」と感心されるのでは?とも思っています。どんなに形が変わっても、確かに筋はあるんですね。そうなった是非・良し悪しはともかくとして・・・)

 お墓ですが、インドでは王族・貴人・偉大な宗教家などは、その功績を讃えてお墓を作る習慣があったらしいのですが、一般の人々は、河に流す、土葬・風葬というような埋葬が行なわれており、その後で死者を供養するための法事を行なうというような習慣は仏教以前も以後もなかったようです。(今もないと言って差し支えないと思います。)
 お釈迦さまも、自分の葬儀は気にしなくていいから、とおっしゃっていたようですが、結局あちこちにお釈迦さまの遺骨(=舎利)を納めた塔が建てられました。これが、五重の塔や塔婆の由来となっていきます。

 以前(だいぶ前)「祇園精舎に鐘はあったか?」を真剣に論争したことがあったらしいですが、インドではいわゆる釣鐘はなかったと考えられていて、中国由来のものではないかとされています。「祇園精舎の鐘の声」は世が世なら公共広告機構にでも訴えられそうな(?)不確かな話しのようです。インドでは木製の打楽器は使われていたとされているのですが、金属製の物がどういうものがあったか、勉強不足で自分は知らないです。

 前述の通り、日本にとって仏教は外から来た宗教です。そして日本人は、受容能力が高い民族といいますか、自分達に合うように物事を「作り変える」ことを得意にする民族であると言えると思います。インドのカレーが英国経由で日本のカレーライスになったように、インド仏教は中国経由で、表面上似ても似つかない「日本仏教」になりました。けれども確かに仏教が見出し展開した一側面であり、一応(?)ちゃんと「仏教」なんだな、と感じています。

 それこそ、一つ一つの事柄を書き上げれば、小冊子ができるぐらいになりますし、こういうテーマを扱った本も実際何冊もあると思います。ご興味に合いそうなものをお読みになるとよいと思いますよ。

 自分が重要と考えている点を駆け足で記しますと、

 「国家仏教」輸入品の仏教は国の宗教として国主体で導入されたわけです。これは悟ったお釈迦さまただ一人から始まったインド仏教とは全く異なる展開です。
 「日本古来の神道と習合したこと」これが1国2宗教(?)状態を違和感なく定着させ、祖先崇拝を初めとする日本仏教の数々の特徴を生んでいった重要な要因だと思います。
 「宗派仏教になった」インドでは「学派」はあっても日本のような「○○宗」というような宗派はありません。ある意味バラエティーに富み、しかもお互いがなぜか共存する「宗派」というものは日本独特の形態ですね。
 「檀家制度」これは、江戸時代にキリシタンのあぶり出しと寺院が政治勢力を持つことを排するためという一挙両得を狙った幕府がまんまと成功させた、日本独特の、そして宗教的根拠がない制度です。日本人をすべて仏教徒とし、どこかのお寺の檀家として登録・管理させ、寺院勢力には檀家という「食い扶持」を用意してやることでフォアグラを作るガチョウ状態にしたわけです。うまいこと考えたなーと思いますね。

 結局、現在の日本仏教は、この江戸幕府の策略から抜け切れていないように思います。脂肪肝を通り越して生活習慣病患者みたいですが、なんとかシェイプアップしてあるべき姿を模索していただきたいな、と思っています。

 思いつくまま(かなり勝手気ままに)書きましたが、何かの参考になればよいのですが。では。
 

この回答へのお礼

ポイントを絞りきれないままの質問に、一つ一つ、ご丁寧に答えてくださり、ありがとうございました。
 中国経由で伝わった仏教は、さらに日本風にアレンジされたのですね。
 日本人が「自分達に合うように物事を「作り変える」ことを得意にする民族」というお言葉、納得です。仏教までも・・・・。
 除夜の鐘、インドではないのですね。
 108つという煩悩の数も、日本オリジナルですか?

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