考えてみるということは可能でしょうか。そこに何か新しいことが生じることはないでしょうか。古い中国の文明の中では同じことが行われていたのではないかと想像しますが、現在においては漢字にそのような力はないのでしょうか。

A 回答 (3件)

 こんばんは。



 ご質問を拝読するに、まず「熟語」をつくって、それにふさわしい「もの」を考えてみるということでしょうか。

 うーん。やっぱり「もの」や「概念」が先にあって、それをなんと呼ぶかを考える段になって、「新語」ができたのだと思います。正しい順番としてはね。

 人の思考の重要な部分に「名づけ」というのがあるとききます。平たくいえば、得体のしれない「何か」があって、そのままじゃ恐ろしいから、「名」をつけて、言語体系に組みこんでしまうことによって、支配下に置く。その恐怖もなくなる。ということです。

 だから、漢字に限らず、いま感じたり、作ったりしたものが、既成の名前では、どうしてもしっくりこない、というとき、「新語」が生まれるのだと思います。

 で、そういうとき、漢字やドイツ語は、つごうよくできてるんだそうな。つまり、いろんな「意味」のパーツでできているから、パズル遊びのように、いままでなかった組み合わせを作りやすい言語なんだって(それでも、中国の詩人なんぞは、どうしても表現したいことが、そのときの漢字にないとき、新しい字を作っちゃったりしたそうな)。

 長くなったけど、きっと、質問者の方は、そんなことは先刻ご承知で、この質問をされたのでしょう。

 つまり、そういう面白い「漢字」だから、「もの」→「ことば」じゃなくて「ことば」からインスパイアされて、「もの」なり「概念」なりが出てこないか、ということでしょう?

 たとえば、そうだな。「地球」を「水球」といいかえることによって、水の大切さが発見される、とかね(これは私のいいだしたことじゃなくて、ある本に載っていたことなんです、70%が水なんだから、こう呼ぶべきだ、命の始まりだって、水からきたんだから……ということだったと記憶してます)。

 だから、まったく関係ない漢字2字を、とりあえずくっつけちゃって、それから、新しいものや、既成のものの新しい見方を見つける、というのは、できるし、とても面白いと思います。

 確かに漢字には、それだけの能力がある。

 逆に、今使われている熟語が、よく考えると、もうそぐわないものになっている、なんていう例をチェックしてみても面白いかも。
 たとえば、最近、このサイトでも論争があったけど、「主人」、と「妻」の呼び方。上下の関係を示唆させるこのことばは、いまの社会に合わない、でも、代案がない。「配偶者」……お役所に届けるわけじゃないし、「パートナー」……なんかちょっと照れる、「連れ合い」とかは……みたいに。

 だから、まず知的遊戯としては、楽しいと思う。でも、それが流布するか、となると、あなたが名づけた「もの」が、人を納得させるくらい力のあるものでないと、難しいでしょう。
 こう呼ばなれなきゃいけないものが、確かにあるな、とか、これをこう呼んでみたら、もっと本質を突いてるな、とかいう力がね。

 いま、いろんなことが、変革期に来てる、という人は少なくなくて、その大きさをどう評価するかは、それぞれなようです。私も、なんとなく実感として感じるけど、言語化できないでいる。

 だから、質問者さまの試み、面白い以上の意義があるかも、と思います。とにかく、何かが見つかるかもしれない、というわくわく感だけは、感じました。

 長文失礼。質問者さまの意図を読み違えていたら、こんな滑稽なことはないね。そうでなきゃいいけど……。

 ご参考になれば。
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この回答へのお礼

私が漠然と考えていたことを、まさに新語がほしいような漢字(感じで・・ミスタイプ消すのがもったいなかった)で整然と解説いただき、頭の中がすっきりしました。どうもありがとうございました。

お礼日時:2005/10/05 11:21

突然「私はこんな漢字を作りました。

意味はこれです」と言い出しても世間に受け入れてもらえるとは思いませんが、例えば小説家・俳人などがその作品の中で新しい言葉を使って、それが多くの人の目に触れ、その言葉を使う人が増えれば、いずれは辞書にも載るようになります。

有名な例では「微苦笑」とかでしょうか。
久米正雄(作家・俳人)が作品の中で「苦笑」と「微笑」をあわせた「微苦笑」という言葉を使い、それが次第に世間に浸透していった結果、今では広辞苑にも載っています。

単語なり漢字なり、文部科学省に認めろーと訴えるよりは時間をかけて世間に認めさせるほうが早いと思います。

できるのか、と聞かれれば、「できる」と答えが返りますが、まず世間に非常に大きな影響を与えることの出来る立場に立つことが必要だし、それで言葉を作っても、造語が世間に認められなければ意味がないですから、一般人にはなかなか難しいと思います。
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この回答へのお礼

なるほどという論旨に感服いたしました。以前質問させていただいた顔文字にも似ていることがあると思いました。ありがとうございました。

お礼日時:2005/10/05 11:15

明治時代の日本ではヨーロッパ文化を取り入れるとき盛んに造語しました。


多くが中国・韓国にも輸出されています。実話かどうか知りませんが、毛沢東が国名を定めるとき「社会主義」も「人民」も「共和国」も日本製と知って困惑した、という話があります。
造語することは今でもできるでしょうし、中国ではカナがないので沢山作っています。問題はそれが定着するほど、作者(あるいは作られた単語)に影響力があるかどうかですね。
「不倫」や「拉致」は元々は漢語にはなく、日本での造語だそうです。それを考えればいくらでも作れるでしょう。
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この回答へのお礼

ご教示を伺い、なるほどと思いました。現在のカタカナ語の問題を漢字による造語で対応できない理由があるのでしょうか。

お礼日時:2005/10/05 11:11

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