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考古学といえば「発掘」という作業が伴うようです。なぜ歴史は地中に埋もれているのでしょうか?もちろん火山の爆発で埋もれてしまったポンペイの町は地中に埋もれていても不思議ではないのですが。火山などに関係ない歴史的なもの、例えば土器などなぜ地中から出てくるのでしょうか?

A 回答 (8件)

横からすみません。


江戸東京博物館発行の「模型で見る江戸・東京の世界」(H9.3)を持ってます。
常設展示に「江戸東京を掘る」というのがあり、質問者さんがご覧になったのはこれでしょう(わたしも見ました)。

東神田の都立一橋高校遺跡の発掘調査をもとにした再現模型で、このあたりは江戸初期に埋め立てられたところだそうです。
全高(というか深さ)5mで、下から3分の1くらいのところに明暦の大火(1657)の焼土。
中ほど3分の1くらいが、それから18世紀後期までの色の違う土が5層ほど。
その上3分の1くらいが、18世紀末から現代までで、関東大震災の焼土や第2次大戦空襲時の焼土の層があります。

詳しい説明はありませんでしたが、この江戸東京の展示に関して言えば、
No.4さんの意見(人工的な盛土)が合ってる気がします。
石器などの万年オーダーに比べれば、質問者さんのいうとおり高々数百年ですし。
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No1の方の答が一般的なところです。


実際に発掘してみると「その当時の地表面」が残っていることは極めてまれです。
石敷きがあったり、火山灰・洪水・土砂崩れ等で埋もれた遺跡以外は大抵その当時の地表面が残っていません。現在でも風雨により地表面が削られているのと同じように地表面が削られ次第に埋もれていくのが一般的です。
江戸などの都市遺跡では開発により埋め立てがおこなれることがあるので何メートルも下から遺構面が出てくることもあります。
特に江戸の場合は家康によって大規模造成が行われていますからそのようなことがあちこちで見られます。
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この回答へのお礼

回答をお寄せいただいた皆様(#1から#8までの皆様)にこの場をお借りして感謝いたします。
自然の力のすごさに今さらながら驚きます。また、埋め立てのような人工的な力も影響していたのですね。

お礼日時:2005/10/16 10:00

No.1です。


確認をおねがいしたいのですが、江戸東京博物館では常設展以外に「発掘された日本列島」などいろいろな展示会をやっているので、本当にそれが「江戸時代の地層」だったかどうかという点です。
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No.1です。



展示に出されるような遺跡であれば、報告書が出ているはずで、そこに地層の種類(洪水堆積とか腐植土層とか火山灰層とか人工の盛土とか)が書いてあると思います。また、展示場には、何か解説を書いて無かったですか?
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江戸は地盤が低いために何度も盛土をして生活地盤を造り出しています。

大火や地震などの天災の後に盛土地業を行なうことも珍しいことではありません。
 また、畑や田の下に遺跡が埋もれている場合もありますが、これは良い田畑を作るために土を盛っているケースが多いです。案外、人間が埋めているものですよ。
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#1さんもおっしゃっていますが


例えば土器などが何百年、何千年ものあいだ風雨にさらされてきたら
とても原型などとどめておらず、破損・風化する事は明らかでしょう。

「地中にあるものだからこそ保存されている」
=「地中にないようなものは、原型をとどめて保存されているはずはない」
ってだけではないでしょうか。

この回答への補足

#1でも補足させていただきましたが、それだけのことでしょうか?
何か、物理的な要因はないのでしょうか?マンモスも永久凍土に埋もれていましたが。
自ら土にもぐったわけではありません。「地中にあるものだからこそ保存されている」のは結果として正しいのですが。どうして地中にあるのかをお聞きしたいのですが。

補足日時:2005/10/15 21:47
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埋まった物だけが残っているのでしょうね


そのまま地表に残ったら直ぐにリサイクルで
無くなります
土器は割れて捨てられた物が多いです
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日本の場合は、



(1)洪水によって土砂が堆積
(2)火山灰
(3)植物の遺骸(腐植土)

1回の噴火でどっと埋まるのでなくても、活動する火山があれば、長年のうちに広範囲に火山灰が積もります。

逆に、台地や山岳部の遺跡なら、浸食されて消滅することがあるので、歴史が埋もれているというより「埋もれているものだけが発見される」ということも言えます。

この回答への補足

早速の回答有り難うございます。それだけのことでしょうか?江戸東京博物館で、地中(地層)を数メートルまで掘り下げた状況を展示してあったのですが、表面から下へ下がるにつれて時代が遡って行くというものでした。せいぜい江戸時代までのものが火山爆発もないのに数メートル下に埋まっていたように記憶しています。

補足日時:2005/10/15 21:36
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