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現人神とあきつ神

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  • 質問者:pbf
  • 投稿日時:2005/10/26 21:17
  • 困り度:暇なときに回答をください

 以下は、山岡荘八『小説太平洋戦争』の一部です。どうしても意味がわからない部分があるので教えてください。


 日本の国体の尊厳は今日の近代風な合理主義をもってしては、はなはだもってわかりにくい。私の狭い交際範囲内でも、陛下の軍隊の軍人として育っていながら、それが理解できずに苦しんでた人を私は何人か知っている。
 生理的にわれわれとまたっく同じ条件の肉体に支えられて生きておわす方が、なぜ「あきつ御神――」であるか?
 それがどうして「絶対――」でなければならぬのか?というような疑問や質問を数度の従軍で、しばしば私も受けたものだ。中には現人神と、あきつ御神を取り違えて、超国家主義者にしめあげられたというような愚痴も聞いた。
 わかろうとしない人がわからぬのは当然として、わかろうと努めながらわからぬ人を見ると心が痛む。そうした人に私は「禅をおやりになってみては?」とすすめてみたり、古事記や万葉集を送ったりした覚えがある。
 阿南大将は、そうした国体の深遠な生命観に、宮中の陛下の御行司でふれることができたと洩らされている。大嘗祭りや、神嘗祭、新嘗祭りといった御行司の中から悟られたのであろう。……


 これは、終戦を決めた天皇の聖断に対し、同じ陸軍でも玉音盤を奪取しようとした近衛連隊と、至誠を貫いて自決した阿南大将との対比について、作者が語ったくだりなのですが、私には「現人神」と「あきつ神」の違いがよくわかりません。何故それを取り違えるとしめあげられたのでしょうか。また、「超国家主義者」とは、石原莞爾将軍のような大東亜構想を持った軍人のことと考えればよいのですか?よろしくお願いします。

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No.1ベストアンサー20pt

  • 回答者:sqwe-ir
  • 回答日時:2005/10/26 22:46

現人神(あらひとがみ)
人である神。すなわち天皇を指す。

あきつ御神
本物の神としてあがめられている神。

天照大神にしろ、元天皇なのだろうが、死んでいる。
人々が神様としてあがめているので
これは普通の信仰とすると、

現人神を神とあがめる姿勢。
人は人で、神では無い。

超国家主義。
日本は神国であり、負ける事は絶対に無い。
必ず神風が吹いて勝利する。
他国とは伝統以下全く違う。
故に、他国を占領して保護(植民地化)するのが日本の仕事。

天皇は神であるから絶対であり、あきつ御神に等しい。
こう取り違えた超国家主義者に、負けるなどと言うだけで制裁を食う。

では?

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この回答へのお礼

「現人神」が人間のまま神と崇められる人物で、「あきつ神」とは、神そのものが人間の形で現れたものというお考えですね?それだと納得がいきます。
それと、超国家主義とは、「国家を超えた主義」とい理念ではなく、今で言う「チョー国家主義」=極右?なのですね。昭和初期のころからこの「超~」の使い方はおかしいと云われていたそうですが、本当にややこしいです。
とても参考になりました。

  
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