私のずっと以前からの持論の中に『方言とは地方の大切な文化であり、後世に伝えてゆくべき財産である』というものがあり、子供達にも『正しい大阪弁』を使うように指導してきました。『橋の端で箸をもって走る』の『ハシ』の発音、『柿と牡蠣』、『海と膿』、『雲と蜘蛛』、『赤と垢』の発音が全く違うといった『大阪の発音の常識』や、TVでの誤った大阪弁のマネの禁止、『考えときましょう』などの独特の言い回しの意味の伝授‥さらには、標準語の発音をすると、必ず大阪弁に訂正し、発音練習させるという教育方針を貫いてきました。
標準語は聞いて理解できればよく、また、いずれ必要であれば喋ることも覚えればよいが、文化・生活に根付いた方言は小さい頃から身に付けるべきであるという信念を持っています。
皆さんのご家庭での教育は如何でしょうか?或いは、この考え方へのご意見を求めます。
以上Kawakawaでした

A 回答 (31件中11~20件)

 Kawakawa教授殿へ


 ちょっと突飛な発想をしています。そもそも方言は江戸時代に完成(作られた)のではと。元々、言い回しやイントネーションなどは距離に比例して異なったものとなると思います。(ここでの距離は物理的距離ではなく、人間が相互交流できる距離のことです。山向こうや谷向こうは離れている。道があれば、または船での行き来があれば近いという意味です。)中国では公用語は北京語、最もよく使用されるのが広東語だそうですが、中国は広いですから、いろいろな地方特有のことば(方言)があるのでしょう。
 これに比べ日本はかなり狭いのですが、江戸時代の幕藩体制では、藩内以外は外国のようなものであったと考えられます。閉鎖された(農の身分は原則的に移動出来なく、人口も最も多かったでしょう。)空間では特有の言語が発達しても不思議ではありません。さらに、(以下の記述は時代小説みたいのですが)徳川家光代は柳生の「草」、徳川吉宗代は「御庭番」がスパイの役目で、各藩の行政を見張っていたと伝え聞きます。これに対抗するため、各藩では特有のことば(方言)を使うことによって、これらスパイを排除しようとしたのではと思います。薩摩藩では実際にこのことがあったとされています。
 私自身は「標準語」=「東京方言」と考え、標準語自体は嫌いなのですが、方言が文化を伝承するといっても高々江戸時代からでしょう。方言特に「関西弁」の独特の言い回し「大阪」の「もうかりまっか」=「こんにちは」、京都の「お茶漬けでもあがって・・」=「さようなら」など風情があって私は好きです。
 ところで、時代小説の考証は誰が優れているのでしょうか。切り餅=小判25両などと書く作家は無知です。作法やしきたりも江戸中から後期儒学朱子学からですから。
 話は変わりますが、この江戸時代、商人はいろいろなところへ行き来出来たわけですから、どんなことばを喋っていたのでしょうか。
 とりとめの無いことを記述してすみません。Kawakawa教授の専門はやはり理科系分野ですか。すごい博識ですね。競合する私は勝てません。活躍願っています。
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この回答へのお礼

おおきにぃ!
中国は『国』が集まってできたところなので、方言というレベルを超えていますネ。私は普通語(共通語)と広東語は話せますが、上海語や福建語はほとんどさっぱりわかりません。中国本土の人でもそうなんですネ。北京の人と香港の人が2人の共通語である日本語で会話するなんていうことも珍しくないんですヨ。北京語と広東語の違いは、たとえていうとアイヌ語と琉球語くらいの違いと思っていただければいいでしょうか‥
それはともかく、薩摩の方言の細分化、村単位で異なる言葉というのは、本当に面白いですネ。ハッパ(忍び)防止のためというのは事実のようですネ。逆に日本各地を自由に出入りできた越中富山の薬売り(配置薬販売員)に化けたハッパ達は今の富山弁を必死に勉強したのでしょうネ‥
標準語は東京地方の方言に東北方言を色濃く反映したものであると理解しています。明治維新当時の人口比率を示しているのでしょう。現在でも東京には東北地方からの人がかなり多く住んでおられますから、標準語として要素を取り入れざるを得なかったのでしょう。
最近は大阪でも『もうかりまっか』はあまり使われません。そのかわりに『なんぞ、えぇ話しおませんか?』というのが多いですネ。不景気のせいなのでしょうか‥
京都の『ぶぶ漬けでもどうどすか』という謎解きのような表現、大阪では『今日は浜、安かったんかいなぁ』とか『今日は砂糖高かったさかいなぁ』とか『ほっとき、あれは夏のハマグリやさかいに』などといった言い回しがあります。意味はわかるでしょうか?答えは‥考えてみてください。
時代小説で思いっきり笑ってしまうのは『目からウロコが落ちた』なんていうキリスト教の表現を武士に言わせたりすることがあることです。所詮はフィクションなんだと思っても、その小説全部が胡散臭くなってしまって、駄目ですネ。やっぱり司馬遼太郎氏のような逸材はもうおられないのでしょうか‥
商家の言葉、私の大切な大阪弁も江戸時代の人からすると、とてつもなくヘンな言葉なんでしょうネ。もっとも、今のエゲツナイといわれる大阪商人言葉は近江商人が持ち込んだものであるとされていますので、純粋な大阪言葉はそのときに大きな変化を受けたということが想像できます。
理科系が専門分野ですが、専門分野で疑問を感じたことは調べていかないと気がすまないタチで、気がつくと歴史書を読み漁っていたり、法律関係の講義までしていたりで、ようするに雑学屋さんです。あんまり、おだてられると困っちゃいますヨ。こちらこそ、宜しくお願いします。

お礼日時:2000/12/14 20:00

 私はkawakawaさんがうらやましい。

由緒正しい大阪弁を使えるんですから。(以下同世代という設定で自分の言葉で話してみますね、失礼がありましたら平にご容赦を)

 一応ぼくも関西人のはしくれなんやけど、どうも摂津弁とテレビ弁が混ざってるようなきがするんやなあ。ぼくの父はサンパウロ出身、母は兵庫県出身やけど、両親からの影響はあんまりなくて(ブラジル弁と摂津弁のハーフとはちゃうと思う)、ぼくが育った兵庫県南部の摂津弁がベースになってるのはまちがいないやろなぁ。そこに、子供の頃テレビで聞いてたテレビ弁の要素がところどころに挿入されてる感じやゎ。そやから、例えば「ほんまは大阪弁をつこてる」というべきところを「ほんまは大阪弁を使ってる」と妙な融合をおこしてるんや。
 それに子供の頃は「しない」という意味で「しーひん」とゆうてたと記憶してるんやけど、いつのまにか「せーへん」とゆうてる。世代間どころか、一人の人間の中で言葉が揺れてるやんか。どういうこっちゃ?
 そんなぼくのことやから、kawakawaくんの信念には頭が下がるわ、ほんまに。次代へと、美しい言葉を受け継いでいってな。たのむで。

 最後にひとつ。
 いーちーにーいさーんしーいごーおろーくひーちはーちくーうじゅう
 これを正しくうたえるのは関西人だけやろか?
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この回答へのお礼

おおきにぃ!
『しぃーひん』『しやへん』『せゃへん』『せぇへん』『しまへん』どれも大阪弁としては使われる言い方ですネ。TPOに応じての使い分けをすることも生きた言葉の使い方ですネ。
地域社会での言葉の影響は大きなものです。でも、同時に家庭教育の影響も非常に大きなものだと認識しています。友人で河内長野出身の方がいるのですが、家庭教育で『~やんけぇ』に代表される河内弁は禁じられ、出身地不明のヘンな言葉になってしまった人がいます。
自分の子供達には表面的な言葉だけでなく、その背景にある文化や誇りを伝え、そして同じように、自分の文化に誇りを持って育ってもらいたいのです。自分の文化に誇りを持ち、自分の方言に誇りを持つことは、逆に、他人の文化や言葉に敬意を払うことにも通じることにもなりますからネ。自己中心的なことが多い近頃ですが、地域文化の軽視もその一因ではないかと思っています。
『ちゃうちゃうちゃうん?』『ちゃうちゃうちゃう』『ちゃうちゃうちゃう』‥で、しっかり意味の通る会話を成立できるのも関西人だけでしょうネ。
一から十までの節って、習った覚えがないのに、大阪人なら誰でも言えるのが不思議ですネ。

お礼日時:2000/12/14 02:13

Kawakawaさん こんにちわ


 質問と回答 全部読ませてもらいました。
 Kawakawaさんが、戦災で今やほとんど廃れてしもうた(失礼)船場言葉を残そうと奮闘したはるのを読ませてもろて、なんやうれしゅうなりました。
 今の大阪弁は、摂津弁、河内弁、泉州弁・・・など大阪平野の全?大阪弁をないまぜにしてゴチャごちゃポン!
 結局、みんなが説明なしに判ってくらはる言葉、そうですなー、「大阪共通語」か「大阪標準語」ともでもゆうたらエエんか。そんな言葉が自然にできてしもォて、これが使われているようです。
 また、この標準語から、はんなりしてて聞くもんの心をホンワカさせてくれる柔らかな表現やイントネーションがだんだん失われてきてるように思います。(若いお人には、合わんのかもしれません。)
 また、確かにTVや映画にでてくる「大阪弁」を聞いてるとイライラしてきてホンマ大声で「こんなもん大阪弁やあらしません!」といいとうなりますナ!
 ・・・とはいうもんの、私も含め家族みんな、大阪標準語しかしゃべってません(笑)。
 たまに母や伯母たち(元イトハンやコイサンです。)が話すやんわりとした大阪弁を聞くと、ホっとするとともに、なんやこそぼうなります。
 知らんまに、私も大阪標準語に毒されてしもてるんですネ!
 大阪の学校でもイジメや学級崩壊等々、子供らの心が荒んできてます。くしくもこの子らがつこてる言葉は、大阪のケンカ言葉又は全国判標準語もどきの殺伐とした大阪弁が中心になってるのに気が付いたはりますやろか?
 そこには、柔らかな大阪弁は、かけらもあらしません。
 ここらへんをどないかしたら、何かが変わるんやないかとも思てます。
 さて、Kawakawaさんの家庭教育を見してもろて、目が覚める思いです(私もチョットは気ィ付けヨ)。
 そやけど、一家庭だけの、大阪弁伝授では、大阪弁が、ガサツな言葉ダケやないことを伝承してはいけると思いますが、無形文化財的なもんになってしまうンやないでしょうか。
 それだけでは、あかんのとちゃいますやろか。
 今の大阪標準語を、なんとかもっと柔らかいもんに変えて、広く普及さしていくことは出来けへんもんでしょうかネ!
 でも、泉州や河内の人には合わんかナ・・・ (笑・・・すんません!怒らんといてくださいネ)
 なんや回答にもならへんとりとめのないことを、ダラダラ書きましたが、許しとぉくれやす。
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この回答へのお礼

本におおきにぃ!
『そうでんがなぁ、船場の大阪弁と今のんは全然ちゃいまんねん』といった『でんがな、まんがな』式の大阪弁?や『そぉやんけぇ!でんでんちゃうがなぁ』という南方大阪式?というのがマスコミ受けするものみたいで、日々苦々しく思っています。微妙にどころか、全く違うイントネーションで話されているドラマなどの大阪弁も、最近では、どこか知らない地方の方言なんだと思って聞くようにしています。そうすると、多少苛立ちも減るというのを学んだところです。
大阪標準語には堺よりも南の方の発音や言い回しがかなり強く取り入れられていますネ。泉州や河内の言葉は大阪弁といっても、かなり異質の独自の言葉で、比較的和歌山弁に近いものですネ。けれども、特徴的なものであるだけに、他の言語圏の方からは大阪弁らしいものであると思われやすいのでしょうか‥
マスコミに出ている中では藤本義一氏が比較的純粋な船場人ですが、若干、口調がキツイところがあります。それでも、船場の商家の言葉を守ってくれているところに敬意を払っていました。藤本氏のような方がもっとマスコミに登場してくれればいいんですけどネ。
無形文化財化してしまう可能性‥確かに、船場地区は大阪大空襲で徹底的に破壊され、住民の多くは疎開、そして、別のところへの移住をしてしまいました。そのため、純正の船場人はかなり減ってしまいましたからネ。
各家庭が自分の文化に誇りを持ち、そして、それを子供達に伝える努力をする必要があると思うのです。放っておいてもテレビなどで標準語のニュースなんかを聞くことができますから、標準語の聞き取りはできるようになる筈ですし、また、大きくなれば必要に応じて言葉の使い分けをすることができる筈ですからネ。
これは別に船場言葉だけじゃなくて、どの地方のどんな方言であっても同じだと思うのです。文化の多様化を認めるのが成熟した文化をもつことであると考えるからです。

お礼日時:2000/12/14 01:38

私は東京で生まれて茨城県で育ちました。


両親ともこちらでの生活が長いため方言が出ることはありません。
だから標準語しかしゃべれません。
方言で話している人を見ると羨ましく思います。
KwaKawさんの意見には基本的に賛成ですが、子供が大きくなった時方言しか話す事が出来ずにそれを恥ずかしく思い他の人とのコミニュケーションが上手くとれなくなったとしたらかわいそうだと思いませんか?
必要になった時では遅いかもしれませんよ
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この回答へのお礼

おおきに!
そうですか‥本当の標準語で生活する人は存在しないと思っていました。asq81さんのご両親の言葉に、多少なりとも東京弁などのどこかの訛りが混じっているものだと願いたいです‥。私には自分の生れた場所の文化を捨て去ることは絶対にできないので‥。
転勤や結婚など、様々な理由で、別の地域に行かなければならなくなる可能性はありますネ。でも、自分の方言を恥ずかしいと思うことは、自分の住んでいた地域や文化を恥ずかしく思うことと全く同じことだと思うのです。私は自分が生まれ育った大阪に対して誇りを持っています。文化にも、そして、言葉にも。ですから、子供達に伝えるのは言葉だけではありません。誇りも合わせて伝えています。
ですから、子供達も言葉と文化に誇りを持ち続けてくれるものと信じています。
大人になってから、方言に移行した場合、本当の心が伝わるまでの使い手になることは至難の技だと思うのです。けれども、逆に文化を伴わない標準語を大人になってから、必要に応じて話せるように練習するというのは可能だと考えています。アナウンサーなんかはそうですよネ(でも、サンテレビでは神戸弁のニュース番組もありますし、朝日テレビの朝の番組でもアナウンサーは大阪弁です‥)。
反対意見も伺いたかったので‥ありがとうございました。

お礼日時:2000/12/13 01:18

3度目になります・・・pyonkotanです。


またしゃしゃり出てきたんかいな・・・ホンマにぃ!
(1人ボケ・ツッコミ?) m(_ _)m

Libera_meさま! 
「マクド」の話はほんまにほんまなんよ~!
マクドが近所に初めて出来た頃からみんな「マクド行かへん?」って言っとったし・・・
吉本の影響やないと確信してます。
神戸はもちろん、もうちょっと西の姫路の知人も「マクド」と言います。

ちなみに、「名探偵コナン」の西の名探偵は確かにイントネーションがちょっと妙やけど、他の番組に比べるとずっとマシやもんね~

島田伸助のしゃべり方も違和感はあんまないけど、
私は中学・高校時代に西宮に住んでたせーかお隣の尼崎出身のダウンタウンが普段のしゃべり方にむっちゃ近い感じなんで、全然違和感を感じません。
(世代も一緒くらいやしぃ~)
ここらへんが細かい地域差なんやろ~ね~。

私もホンマにずっと神戸に住んどー子らから、「しゃべり方が神戸弁やないけど・・・どこの出身なん?」と聞かれたこともありますしぃ。
#影響を受けやすいから最近は言われることもなく、
#まともな神戸弁になってるんやと自分では思ってます。

西宮は関東地区からの転勤族が多くって(社宅がようさんあるらしい)数年後には東京に戻るって友達がやたらようさん学校におったから、私はあんまり東京弁に違和感を感じへんのかもしれません。
#と、関東で関西弁を通せないってことに言い訳をしてみたりする。・・・(^。^;)

校内では全員のしゃべり方が一緒やなく、関東弁まじりの関西弁使う子ーらもおるし、「関西弁しゃべろうと思うけど、難しくってしゃべれない~」と言う子もおったから、しゃべり方は人それぞれで普通やと思っててんけど・・・
例の田舎者発言をした大阪の友達は「えっー!校内ってみんな同じしゃべり方に決まってるやんかー! なんでちゃうの?」と驚かれて、反対に自分もビックリした覚えがあります。

横浜の下町言葉を使う知人としゃべってると、同じく大阪の下町言葉でしゃべる友達を思い出し、「イントネーションは違うけど雰囲気がそっくりやな~」と思ったことがあります。
横浜の知人に言ったら嫌がっとったけど・・・ 

鹿児島出身の母は北海道の函館へ旅行した時に「鹿児島弁とイントネーションがそっくり!」と驚いていました。
地域が違っても雰囲気が似ている方言もあるんや~
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この回答へのお礼

今度はこぉべ弁で書いてくれはりまして、おおきに!
私の記憶でも、マクドナルドは日本上陸したとたんに関西でマクドと呼ばれるようになった筈です。1970年の万博で生れて初めてハンバーガーという食べ物を見たとき、『ポパイでおじさんが食べてたのはこれだったのか!』と感激したことを覚えています‥。
ダウンタウンの喋り方は、何処ででも聞くことができる、自然な大阪弁ですネ。さんまのは、奈良弁をベースになんだかわからないオリジナルが混じった言葉になっていますし、文珍や三枝なんかは文化を捨てた裏切り者のように感じた時期もありました。ナイナイなんかは寒いですネ‥
コナンの服部探偵はイントネーションが‥あんなイントネーションで喋る関西人は存在しないと思うようなひどいものですが、それでも、かなりマシなほうで‥なぜ、ネイティブの人にアテレコさせないのか不満ですネ。
横浜と大阪の下町同士の似た雰囲気。共通の下町文化をもつ者同士の文化なんです。横浜や東京の下町と大阪の下町と、言葉は違えど、生活習慣は似ています。町内の結びつきや助け合いの精神など‥沢山の共通点があります。すると不思議なことに似てくるのですネ。イントネーションは違えど、何故か似ているのです。これが文化なんですネ。
北海道は九州を含む本土からの開拓民が大量に移住したという歴史的経緯があるので、様々な言葉の名残がグループ毎に残っているのでしょうネ。100年以上も前に移り住んだときの文化が残っているのかもしれません。

お礼日時:2000/12/13 00:50

他の方の回答を拝見していて受け止め方が違うため少し不安になってきました。

質問が私の理解したものと違っているのではないとか。(最初に確認すべきだったのかも知れません)
持てる者はそれを伝える義務があると思うのです。幸いkawakawa様が伝統的な文化を受け継がれているのですからまずは身近である御子息に伝承する事は義務と言っていいと思うのです。凡ての親がそうしなければいけない訳ではありません。マスメディアからしか情報を受けていない親も既にあるのですから。コマーシャリズムの大阪弁ではなくまっとうな言葉を幼児期に知ることは知的に贅沢であると思うのです。そしてkawakawa様御一家に重要無形文化財になって頂きたいと望む訳ではなく、その贅沢な知識を基盤とした変化が生き物としての言葉の幸福なあり方だと思うのです。御子息が成長後も訂正される訳ではありませんよね? 
所で私はこのスレッドを読んでいてショックでした。
大阪では「マクド」という話は聞いていましたがずっと冗談だと思っていました。或いは実際にそう呼ぶ人もいるかも知れないがそれは吉本に影響された新参大阪人であると、そう確信しておりました。
なのに和歌山人に続いて神戸、そしてネイティブスピーカーであるkawakawa様まで断言されてしまい困惑状態です。
本当に本当なのですね? マクドナルド、或いはマックとしか呼べません。非関西人の証拠? 
補足要求でよかっのかしらん。
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この回答へのお礼

おおきにぃ!
もし、方言は変化してゆくものなのだから伝える必要はない、というのであれば、標準語であっても、立ち振る舞いなどの行儀作法についても同じことだと言えますよネ。
各家庭に伝わる料理の味付けなどでも同じことで、例えば、結婚して別の地方に行った時には役立たないのだから覚える必要はないと言って、子供達に伝える必要はないのかというと‥子供達の世代になって、また、状況の変化によって使わなくなってしまうかも知れないことであったとしても、親から伝えられた様々なことを子供に伝えることは義務であると考えます。その点、Libera_meさんのご意見に全面的に同意する、というより、私が言いたかったことを端的な表現で示していただいたことに非常に感謝いたしております。
ごく親しい人に上海からやってきて、そのまま日本に帰化した人がいます。夫婦そろって上海人で幼い娘さんがいるのですが、その人に機会があれば、『娘さんに、普通語(中国の標準語)なんかは教える必要はないが、上海語だけは文化として伝えてください』と言っています。国元の祖父母とのコミミュケーションは第二母国語である標準語ではなく、祖父母の母国語である上海語であるべきだと考えてのことですが‥。
日本の方言も同じだと思うのです。確かに世代によって変化しますが、それ以上に変化しない基本的な部分があり、そこは親から子へ、子から孫へと受け継いでいかなければならない大切なものだと思うのです。
ところで、『マクド』は『マクド』なんですヨ。正式に『マクドナルド』と呼ぶか、『マクド』と呼ぶかしかなく、『マック』と呼ぶことはないですネ。大阪万博の頃にマクドナルドが日本上陸しましたが、当初より『マクド』でした。結構歴史があるんですヨ。
また、吉本の影響というのは、私の世代でも非常に大きなものです。というより、今以上に大きなモノだったのかも知れません。学校から帰ったら吉本新喜劇の番組を見て、松竹新喜劇を見るのが当たり前でした。番組の数も少なかったですし、土地柄、笑いをとることができるのが人気者の条件でしたから、テクニックを学んだんですヨ‥
書き出したら、終わらないので、この辺で‥

お礼日時:2000/12/13 00:22

greenhouse@福岡市出身です。



 家庭での「方言教育」というものは特にありませんでした。言葉は「使うもの」であり「教えられるもの」ではなかったです。

 また、方言は使う人の年代によってずいぶん違っていました。そういう環境で育ったので、東京に来て電車に乗ってお年寄りの会話を小耳にはさんだ時、若者と同じ言葉使いで話すのを聞いてすごく違和感を感じました。

 方言は「標準」とされてない分、標準語よりも「言葉は生き物」「変わりゆくもの」という性質がダイレクトに現れていると思います。

 また、年代だけでなく細かい地域によっても微妙に違いました。外の人からは同じに聞こえるのかも知れませんが、学区が限られているはずの私が通っていた県立高校の中でも、使う言葉でどの区・どの市・どの郡から通っているかだいたいわかるくらいです。

 このように、地域や時代の流れに合わせて変わっていくのも方言の一つの特質であり、またそれが言葉の本来のあり方であると私はとらえています。だからわざわざ「標準語」が制定されているのだと考えています。

 なお、方言にはニュースで問題になっているような「若者言葉はない」というご発言がありましたが、確かに「超~」とか「私的には~」とか「扁平アクセント」などはないかも知れません。あれはあくまで標準語から派生した標準語のアレンジであり、方言にはなじまないからだとおもいます。方言にも若者言葉は当然あります。東京のお父さんたちが高校生の娘と言葉遣いがまるで違うように、私も今、母校の高校で今の高校生と同じ言葉でしゃべれる自信は全くありません。

 なお「古きよき方言の保存」に関しては、博多には「博多にわか」という伝統芸能があるのであまり心配していません。生活の上では「変わりゆく方言」を特に矯正せず、流れのままに自然に任せたいと思っています。

 以上、拙論ですがご参考になれば幸いです。--a_a
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この回答へのお礼

おおきにぃ!
九州の言葉は特に複雑ですネ。戦国時代から、隣同士の村で違う言葉を使うようになったという歴史的経緯があったと聞き及んでます。よそ者が直ぐにわかるようにという目的があったそうで、それが現代にまで息づいているのですネ。そういう意味では、方言っていうのは歴史を伴ったものっていうのが垣間見れて嬉しいですネ。
確かに、方言も大きく変化しています。子供達同士の会話を聞いていても『こんなん、バリムズイやんかぁ』などという表現をしてますが、こちらに同じことを伝えるときには『こんなん、メッチャむずかしいやん』と、まともに表現してくれています。
古きよき方言は伝統文化として、保存し、実用的な変化する方言は流れに任せるというのは、それで正しいことなのでしょうネ。でも、放っておくと、テレビから流れてくるヘンなイントネーション‥『海』を『膿』の発音で現し、『赤』を『垢』の発音で現し‥そんなときは厳しく発音を矯正してしまうんですよネ。牡蠣に鼻を近づけて『膿の香りがする』なんて言われたら、気持ち悪いですから‥
私の場合、元来教えたがり屋さんであるせいか、何かの言葉について教えるときは、その由来なども合わせて教えてきました。そして、発音についても、熱心に教え続けてきました。
広い世の中には同じような考え方をして、同じように教育している人がきっといると信じています。

お礼日時:-0001/11/30 00:00

江戸っ子のわたしにとっては、みなさんのように方言に熱くなれるのはうらやましい限りです。

東京に対しては強い愛着がありますが、東京弁(または江戸弁)なるものについてはとくに意識していません。じぶんは下町育ちですが親は山の手育ちだったので、どちらに偏っているかもわかりません。

しかもライターという職業柄、逆に標準語からはずれることはめったに許されず、せいぜい掲示板などで「てやんでぃ べらぼうめ!」なんてフレーズを勢いにまかせて使ってるくらいです。

さらに悪いことに、前の会社は大阪に本社があったので、電話などでやりとりするうちにエセ大阪弁が身についています。もともと会話のなかにボケとツッコミがないと気がすまない性格なので重宝してるのですが、最近すこし治りつつあります。あぁ、こんなこと書いてるとどんどん嫌われそうでコワイ・・・。

とにかく、子どものうちに身につけるべきという考えかたには賛成です。「郷に入っては郷に従え」には従わず、よその土地にいっても使いつづけたっていいと思います。まあ、通じなくて困るから使わないようになるというのは仕方ないことですが。

そんなわけで、標準語しかしゃべれないけど、方言は好きという人間もいることもわかっていただければ幸いです。
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この回答へのお礼

おおきにぃ!
Pingaさんは純正の江戸っ子なんですネ。私も教科書や論文は勿論、標準語で書いてますヨ。頭の中では大阪弁なんですけどネ。
ん~、大阪弁は人の言葉を変えてしまう魔力があるのです‥っていうよりも、誰と喋るときでもスタイルを変えない人が多いから、どんな状況でも大阪弁を使うので、同じ位『鉄の意志』を持ってないと染まっちゃうんですよネ。
ボケとツッコミは、周囲が同調してくれないと成り立たないので、関西文化圏からはずれると続けるのが大変でしょうネ。ボケたとき、ツッコむというのは大阪人のマナーなんですが、他の文化圏では‥
東京の下町語は立派なお江戸言葉で、純然たる方言ですヨ。歴史のある方言ですから、大切にしてくださいネ。
大人になってから、母国語である方言を身に付けようと思っても、イントネーションや微妙なニュアンスは無理だと思うのです。だから、将来使いつづけるかどうかは別にして、体で覚えてもらいたいな~って思ってるんですヨ。

お礼日時:-0001/11/30 00:00

こんにちは。

kawakawaさんのお礼の中の『アホ・バカの使い方』というのを見て、思わず書き込みたくなってしまいました。

私はわりと最近関東から関西に越して来たのですが、関西弁が得だなぁと思うことが時々あります。例えば『アホ』などそう思うのですが、東京の人が「バカじゃないの~」と言うところを、大阪の人は「アホちゃうかぁ~」と表現しますよね。(ですよね?)私は関東育ちですが、それでもやはり「バカじゃん」と言う表現にはちょっとカチンとくるような不快感がありますが、「アホちゃう」と言われてもカチンとはきませんし、思わず笑っちゃいますね。こんな風に関西弁や方言には、表現を和らげるようなユーモアさが含まれてるようにも思います。逆に関西弁をキツイなぁと思うこともありますが、それは言葉自体より人の性質みたいなものかもしれませんね。

私が通っていた高校は全国から人が集ってきてたので、いろんな方言が飛び交っていましたが、やはり関西人は関西弁(?)にプライドを持ってる人が多く、関西弁で3年間通し続けてた友人もいました。そして何故か女性の方が言葉に対して柔軟(←不適当かもしれませんが…)であったように思います。相手が関東人だと関東弁、相手が関西人だと関西弁を使うというような人が多かったですね。個人的には博多弁を使ってる友人が可愛くみえて仕方なかったです。いまだに博多弁(福岡弁?)にはちょっとした憧れがあります…。

“郷に入っては郷に従え”という言葉がありますが、使い慣れた言葉を変えるのは難しいものを感じます。時々関西弁をふざけて使うことがあるのですが「イントネーションが違う」と指摘されますね。当の本人は真似て同じつもりなんですけどねぇ。それから私は保守的な人間なので、横浜弁(東京弁?)にプライドを持っている訳でもないのに、大阪弁を使いたいとは思ってなかったりします…。そして私も標準語を使ってるとは思えませんね。コギャル系のわけのわからない言葉もあまり好きじゃありません。相手に不快感を与えないような言葉遣い(表現)をしたいものです。
#と言いつつ、オリジナル語も多々あるのですが…(笑)

以上、回答になってなくてすみません。
特に「ナニ弁」と表現したら良いのかよくわかりませんでした…。

【追伸】今もなお『マック』と呼んでいるkojoですが、
皆様、今後ともよろしくお願いいたします。m(_ _)m
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この回答へのお礼

おおきにぃ!
大阪人にとって、『バカ』というのは非常なる侮辱であり、滅多なことでは口にすることはありません。一方『アホ』というのは、地域や年齢などによっては『枕詞』のように『定冠詞』のように頻繁に使われますネ。『バ~カ』なんて言われると、温厚であると自認している私でも、ピキッと切れてしまいますが、『アホちゃうん』といわれても、ボケ返そうかと考えたりします‥
これは育ってきた環境によるところも多いのでしょうが、口調の問題もあるでしょうネ。
仕事で東京へ行くことも多いのですが、数日間滞在すると、精神的に疲れてしまいますネ。どうしても言葉が合わなくて‥他の地方ではそうでもないのですけど‥東北地方や山陰などのお国言葉に囲まれるとホッとするのは、やはり、文化が根付いた言葉だからでしょうか。それに対して歴史と文化を伴わない『俄か東京人』で溢れている東京の言葉は表面的だからではないかと考えています。下町の方の言葉には非常に良い印象を受けますからネ。
コギャル系の言葉なんかは単に特定グループの仲間言葉であり、その証拠に大阪で聞くことはありません。東京を中心とする一部地域でのみ用いられるもので、特に言葉の乱れでも何でもないもので、無視すればよいと認識しています。せいぜい女子高生である3年間しか使わない言葉であり、更にマスコミが煽っているだけという感が強いですからネ。
人に不快感を与えないというのは、言葉だけでなく、あらゆる社会行為の基本ですネ。方言についても、他の文化圏の方が同席しているときには第二母国語を交えて、わかるようにしてあげることも必要でしょうネ。
マクドとマックの件では譲歩できませんが、こちらこそ、宜しくお願いいたします。

お礼日時:-0001/11/30 00:00

まず、kawakawaさんの持論に賛同いたします。


みなさんの回答欄も読み応えがありました。
私は仕事でいろいろな場所に行きますが、その土地の「~弁」が聞かれなくなり、寂しい思いをしておりました。土地の方々は、誤解が生まれないようにご配慮下さってのことですので、ありがたいとも思います。

現在東京にすんでおりますが、夫婦とも代々出身地混合です。東京生まれ東京育ちの息子たちは、「大阪のボケとツッコミ」に憧れと共感をもっており、大阪弁の持つ独特の音の流れや間合いなどに、明るさやバイタリティーを感じるようです。子供達には「住んでみなさい」と助言しております。
もともと私共は、どうも「ボケとツッコミ夫婦」であるらしく、家庭内での会話のノリで学校で話すと『みんなは違うんだ・・』そうで、つまらないと言っておりました。
文化・生活に根付いた方言はいまや、家庭の規模なのかもしれないと思いはじめています。(東京はとくに)
だからこそ、その土地にうまれ育っている方々は「~弁」を大切にして頂きたいと切に思います。
メールでは文章の「音」は、読み手の言いまわしで読み取るので「声」が聞けず物足りないものです。
Kawakawaさんをはじめ皆さんの会話はきっとたのしいでしょうね!
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この回答へのお礼

おおきに!
阪神高速の料金所で、かつては料金を払うたびに『毎度、おおきに!』という暖かい挨拶が返ってきたのですが、1~2年前から『ありがとうございます』という味気のないものに変わってしまいましたネ。どうも、毎度おおきにという言葉に対する批判の投書があったのが原因だそうですが、『おいでませ、山口へ』『めんそーれ、沖縄』についてはそのままなのに~とモヤモヤしたものが残りました。是非復活してもらいたいものです。
大阪でのボケとツッコミは、完全に文化として定着していますネ。幼稚園のころから、面白い人が一番で、格好つけているのは全然評価されないというのが一般化していて、いかに人を笑わせるかということを互いにしのぎあっていますから。自分をネタに笑わせる。わざとボケて相手のツッコミで笑いを取る‥。大阪では人前で連れにボロカスに笑いのネタにされたとき、それは非常に深い友情で結ばれていることを意味します。逆に言うと、誰も自分をネタにしてくれない場合は、自分が『お客さん』の位置にしか過ぎず、本当の友人とは見なされていないかも‥と考えてもよいと言えますネ。わざと人に笑われるようにする、人の笑いを取るというのは、人間関係を円滑にするための文化なのですネ。
知人で髪の毛が全くない方がおられ、カツラをつけているのですが、その人は仕事上で会う初対面の人に、いきなりカツラを外して見せ、『毛ぇがありませんねんゎ、眩しおまっしゃろぉ』と示します。そうすると、相手は(カツラということを事前に知っている場合が多く、目のやり場に困っていることが多いのですが)、『みごとな頭で』と答えて、視線に困らなくて済むようになります。
こういった心遣いのある行為と言葉とが相まって、大阪の文化を形成しているのですネ。
いずれ、こういうサイトも音声でのやり取りに変わるかもしれませんネ。いろんなお国言葉が飛び交うっていうのは素晴らしいことでしょうネ。

お礼日時:-0001/11/30 00:00

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