項羽と劉邦 結局 劉邦の漢が勝ち天下を治めたけど
中国の歴史の 項羽と劉邦が戦った時代
楚が諸侯の不満を買い劉邦の漢にやぶれ天下が
漢の劉邦に移りました。
しかし劉邦はその後疑心暗鬼におそわれたとききました。
そこで聞きたいのですが
項羽が治めてたときと劉邦が治めてたとき
どっちのほうが仁政だったのでしょうか?
回答(2件)
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No.2ベストアンサー20pt
感覚的に回答させていただきます。
前漢だけで約200年も続きました。日本中世以降で1つの政権で200年続いたのは、徳川時代だけです。
後漢を入れると中華史の有史以降最長です。
これだけの長期政権が続いた実績を考えると、仁政(私が思いますに「民をいたわり、いつくしむ」と解釈します。)を敷かないと民からの反乱が頻発し、長期政権を継続出来ないと思います。
この長期政権の礎を築いたのが劉邦です。
仮に劉邦が韓信・鯨布らを粛正しなかったら、国は乱れ、民は疲弊していたでしょう。この観点からも、民にとって「仁政」を敷いたと考えます。
この回答へのお礼
ふむふむ なるほど 確かに粛清しなければ
国は下手したら分裂しましたからね。
民にとって仁政か
ありがとうございました。
No.1ベストアンサー10pt
もちろん劉邦でしょう。
理由ですか?項羽では戦争が収まらず、
結局、群雄割拠の時代が続くからです。当時中国は数百年に及ぶ乱世が続き、
国民は疲弊していました。そのような時代に、項羽のような、
破壊を主とする人間で天下が収まったでしょうか。
おそらく無理だと思います。「婦人の仁」といわれた項羽は、最終的に冷酷になれず、
不満を持ち、反乱を起こしそうな有力武将を殺す事ができず、
結局群雄割拠状態が続いた事でしょう。
劉邦はとりあえず、戦争を収め、せいぜい地方反乱程度で抑える事ができました。
仁政とは何か。それは戦争がなく、国民が安心して
生活できる状態を作ることではないでしょうか。
そういった意味で、仁政を引けたのは、結局劉邦だと思います。
この回答へのお礼
劉邦は項羽を倒して天下統一したあと
功労者の臣をだいぶ粛清したらしいのでひょっとしたら
国民が項羽のほうがよかった・・っておもったのかなぁ
とかちょっと思いました。
臣いがいにはやさしかったのかもしれませんね
ありがとうございました。
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