新しく質問する

項羽と劉邦 結局 劉邦の漢が勝ち天下を治めたけど

役に立った:4件
  • 質問者:suhajia
  • 投稿日時:2005/11/10 17:09
  • 困り度:暇なときに回答をください
  • 友達に紹介
  • ブログに書く
  • 教えて!gooお気に入り

中国の歴史の 項羽と劉邦が戦った時代

楚が諸侯の不満を買い劉邦の漢にやぶれ天下が
漢の劉邦に移りました。
しかし劉邦はその後疑心暗鬼におそわれたとききました。
そこで聞きたいのですが 
項羽が治めてたときと劉邦が治めてたとき
どっちのほうが仁政だったのでしょうか?

この質問への回答は締め切られました。
このQ&Aは役に立ちましたか?(役に立った:4件)
  • 参考になった:0件

No.2ベストアンサー20pt

  • 回答者:rczd
  • 回答日時:2005/11/11 01:35

感覚的に回答させていただきます。

前漢だけで約200年も続きました。日本中世以降で1つの政権で200年続いたのは、徳川時代だけです。

後漢を入れると中華史の有史以降最長です。

これだけの長期政権が続いた実績を考えると、仁政(私が思いますに「民をいたわり、いつくしむ」と解釈します。)を敷かないと民からの反乱が頻発し、長期政権を継続出来ないと思います。

この長期政権の礎を築いたのが劉邦です。

仮に劉邦が韓信・鯨布らを粛正しなかったら、国は乱れ、民は疲弊していたでしょう。この観点からも、民にとって「仁政」を敷いたと考えます。

通報する

この回答へのお礼

ふむふむ なるほど 確かに粛清しなければ
国は下手したら分裂しましたからね。
民にとって仁政か

ありがとうございました。

  • 参考になった:0件

No.1ベストアンサー10pt

  • 回答者:yochanjr
  • 回答日時:2005/11/10 19:34

もちろん劉邦でしょう。
理由ですか?項羽では戦争が収まらず、
結局、群雄割拠の時代が続くからです。当時中国は数百年に及ぶ乱世が続き、
国民は疲弊していました。そのような時代に、項羽のような、
破壊を主とする人間で天下が収まったでしょうか。
おそらく無理だと思います。「婦人の仁」といわれた項羽は、最終的に冷酷になれず、
不満を持ち、反乱を起こしそうな有力武将を殺す事ができず、
結局群雄割拠状態が続いた事でしょう。
劉邦はとりあえず、戦争を収め、せいぜい地方反乱程度で抑える事ができました。

仁政とは何か。それは戦争がなく、国民が安心して
生活できる状態を作ることではないでしょうか。
そういった意味で、仁政を引けたのは、結局劉邦だと思います。

通報する

この回答へのお礼

劉邦は項羽を倒して天下統一したあと
功労者の臣をだいぶ粛清したらしいのでひょっとしたら
国民が項羽のほうがよかった・・っておもったのかなぁ
とかちょっと思いました。
臣いがいにはやさしかったのかもしれませんね
ありがとうございました。

  
このQ&Aは役に立ちましたか?(役に立った:4件)

このページのトップへ

Facebook公式ページ

公式Twitter