株で儲けようというのは、究極の利己的考えではないでしょうか?
株で儲けるということは、他の投資家が失敗した分の差額を受け取ることに他なりませんよね。
(純粋な投資を除く)
株で儲けようというのは、自分さえ儲かればいい、という考えとまったく同じ事に思えます。
地球上の富・資源・エネルギーには限りがあります。
自分の読みが当たっただけで、富(もしくは富と替えられる金)を受け取るというのは、究極の利己的な行為と言えないでしょうか?
マネーゲームな世の中、この考えの方がマチガイでしょうか。
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u-sunとまったく同じ意見です。
株は知識人の、自分が動かなくても、まわりの情勢をみながら判断をしつつお金を儲ける方法だと思います。
もちろん、リスクは自分でしょいます。
質問者さんは、u-sunのように、自分のお気に入りの
カップでコーヒーでもゆったり飲みながら
もっと、くつろいで世界を見たらいかがでしょう。
http://www.rakuten.co.jp/le-noble/399359/401813/ …
お勧めは、アトラス柄です。
失礼しました。
趣味でやってますが、知識は素人です。
1.基本的に株というものは、非常にオープンな場です。嫌だったら参加しなければいいだけですし、みんな納得ずくで参加しています。
2.株というものは非常に流動性が高く、資産として認知されているものです。短期の投資は性質がかわりますが「分散投資の一環として、現金と性質の異なる株というものを保有しておこう」という選択はいたってノーマルな選択であり、利己的でない選択と思います。
3.「株式発行による資金調達で企業が大きく成長していくシステム」、「株という第三者評価によって淘汰されていく企業」、この2面では株って大切な役割を担っていると思ってます。
4.スポット的な変動を使って利益を得ることについて、色んな意見があると思いますが色んな投資スタイルを持つ方が、色んな形で参入している多様性が、株というシステムを維持していく上での長寿の秘訣なのかもしれないと考えています。
私も質問者様と似たような事を考えたこともありましたが、今現在での自分なりの思いはこんな感じです(^^)
oct002しゃん、良かったらお読み下さい。
第一点
人の世は、すべからく、”利己的”な行為で成り立っています。
すなわち、自分さえよければ良い、自分さえ成り立てば良い。
これは、人が生きていく上で、必要です。また、人としての本能に根ざしています。
”その利己的な行為”を非難し・排除するのではなく、一定の法的な枠組みの中で、
むしろ、それを逆に利用することによって、人の世は進化してきました。
人の行為は、利己的ですが、ある一線を越えれば、”犯罪”行為となります、しかし、
これには、法律・道徳等で歯止めをかけることができます。
しかし、今度は逆に、その利己的な行為をすべからく法的に排除してしまったら、
”競争”はなくなり、”ものを獲得したい”と言う欲望をも喪失させてしまいかねません。
今、ここで、おいどんは、「株」と「宝くじ」、どう違うかを議論するつもりはありましぇん。
※宝くじ=ゼロ・サムゲーム、他人の掛け金が当選者の者となる
大事な、ことは、人間の利己的な行為を非難・排除することではなく、それを他の大きな
社会を発展させる事に利用・活用して、世の中が成り立っていることだと思います。
第二点
株=働かずに濡れ手に泡の金儲け、その通りですよ、否定しましぇん。反面、リスクを
積極的に取りに行っていることも事実です。おいどんは、リスクを取らずに、
リスクを他人に取らせて、自分だけは甘い汁を吸うのを本当の”究極の利己的な”行為と
考えます。許しぇましぇん。
第三点(余談)
マネー・ゲームな世の中ですね、ここ教えてgoo!も、「証券会社の選び方」「口座の作り方」
など、これから株を始めたい方のご質問が急増中です。最近、ちこっと、昔のバブル
時代の事を考える時があります。人は歴史から学んでいるようで何も学んでいましぇん。
常に、Tomorrow is another day. でごわす。
∧,,∧ では、では、がんばって下さい。
( ´^ー^)つ
その理論で行くと
競馬、競輪、パチンコなどのギャンブルも当てはまりますよね?
(人の掛け金が自分のものになる)
株してる人で、人の金でもうけにしてるなんて考えてる人はそんなにいないと思いますよ
それに株は上がっている間は誰も損をしないですよ?
それより、質問して回答に対して全くコメントしないあなたの方がよっぽど利己的ですね
>>株で儲けるということは、他の投資家が失敗した分の差額を受け取ることに他なりませんよね。
間違いです。
株の現物取引だけ考えるてはいませんか?
オプション取引もあれば先物もあります。
また、株自体もインデックス売買など多様な方法で
売買されていますから、自分が儲けた=相手が損と言う様な
単純な評価は出来ません。
>>地球上の富・資源・エネルギーには限りがあります。
通貨が金本位制から離脱した以上無限のものです。
どちらも、無制限のババ抜きをしている様なものです。
敗者は強欲に駆られたものが妄想に走った結果でしかない。
勝者は一時的なもので止めない限り敗者にも成り得ます。
自分が儲けるためには、対価を渡す必要があります。
>地球上の富・資源・エネルギーには限りがあります。
そして、自分の持っている資源も限りがあります。
仮に石油。
これを掘ってもお金にはなりません。
貴方が石油を掘り当てた場合、これだけでは何の価値もありません。
これを精錬する技術を手に入れるためにお金を要しますね。
お金があっても技術がなければ(技術のアル人がいなければ)何にもなりません。
これを会社という組織が商品化して販売していますね。
この会社、お金の寄せ集めです。
たとえばシェル石油。
多数の人から資金を集めて、それを元に事業を行っています。
そして、儲かったら投資した割合に応じて利益分配します。
これが株式会社。
受け取る人が投資家です。
古くは東インド会社が発端とも言われています。
お金のない研究者が今で言う豪華クルーザーをどうやって調達しますか?
出資する人がいなければアメリカ大陸のない、世界地図でさえ平面で描かれていたことでしょう。
逆に、株式を持っている人は、翌日には紙くずになるリスクも負っています。
あなたの努めている会社が明日倒産しても労働者は収入が守られていますが、その会社にお金を出した人はあなたの会社に電話をかけてきます。
自分のだしたお金ですから。
たしかに純粋にマネーゲームとして儲けようという動機そのものは利己的な面もあると思います。
しかし、いかなる投資方法であっても、それが仮にマネーゲームであっても、投資する側は一定のリスクを取っているのです。しかも利益が出れば税金も取られます。
そして株式という仕組みそのものが、企業にとって非常にメリットが大きい資金調達の方法ですので、株式投資に参加するということは社会にとっても役立っているということになります。どんなに短期売買であっても、結果的に流動性を高めることに貢献しているので、ご批判のように株式投資を利己的な行為と言うことはできないと思います。
>>株で儲けるということは、他の投資家が失敗した分の差額を受け取ることに他なりませんよね。
■これは違うと思います。他の投資家も差額で利益を得て売ったのかもしれません。
ですからこの質問はその点を基本から履き違えた質問ではないかと思いますが。
人生は何事も努力の上に、自分の読みが当るかどうかです。株だけを偏見視しないで下さい。
>株で儲けようというのは、自分さえ儲かればいい
でしょうか。
"儲けたい"と思った、そのごく一部の時点だけにフォーカスを当てるとそういえるかもしれません。
個人、企業や銀行、そして生保や年金団体などの機関投資家が利潤を上げたい(儲けたいと同義でいいです)と、株式市場やその他投資と呼ばれる市場に参加するとき、誰もが買いたいもしくは売りたいと考えています。
利がのったので売りたいと思う側がいたとき、あなたのちょうど買いたいという注文が出会えば、"成約"とよばれる売り買いが成立します。
あなたという買い手がいたことで、相手は利益があがりますが、それは銀行や生保の利回り、年金の一部になって還元されるかもしれません。
あなたが売りたいときも、買いたい側つまり顔が見えない他人の相手になれます。その買いたい人は、体が思うように動かず働けないが、生活費を稼ぐために参加している障害者かもしれません。
市場に参加している人々は、皆儲けたいと思っており、自分が勝つことを考えてはいます。
では"自分さえ儲かれば"ですが、では福祉やサービスのような他人を利するということがないのか。
(手でなにかを施すことはもちろん無理です)
実は市場に参加し、誰もが成功失敗を繰り返す中で、お互いへ利益機会と損失の機会を与えています。
>純粋な投資を除く
とありますが、これは何をさしているでしょうか。
たとえば、地域の発展のための投資や企業の設備投資でもなんでもいいと思います。
(引用文は株と一般の投資の違いのことを指しているようなので、非営利なNPOなどの設立や投資ははずします)
どの投資も投資分を回収し、さらに利を追求しますが、この一般の投資の世界にも失敗と成功があります。
ちなみに事業でも継続的に成功するのは10のうち1~2程度ともいわれます。
事業投資などでは、たしかに消費者、地域、その他かかわる人々のためになりますが、それをつづけられるのも経営がうまくいっている利益を出し続ける企業です。
海外での事業投資を見たことがあるでしょうか。
経営がいきづまると、撤退、解雇が頻繁に行われ、その国の雇用者は保障もなく奈落の底に落とされます。
日本や先進国のような労働法に守られた労働者のように、その投資元の国の基準で地域の労働者が守られることはほとんどありません。保障もほとんどなく即解雇されます。
環境や資源の利用に関しても、アジアや発展途上国で行われる事業の環境の悪影響はすでにあきらかになっているとおりです(中国のCO2, 煙害、水質汚染、リサイクルの概念が乏しいなどなんでもいいです)。
これら事業投資では、投資側は自分以外のことを考えているでしょうか?。
実はどの投資もつきつめていくと、どうしても勝ち組負け組みがでてしまいます。
そして事業といえども、うまく行っている時期は他人のためになっていても、成り立たなくなるとなりふり構っていられません。窮すると自分たちの利益や存続しか考えるしかなく、その投資先の国や地域を冒涜し、破壊・汚染するような場面が多々あります。
さて、ここで株や金融投資を振り返ってみると、買い手売り手になって相手が利益を上げれば他人のためにもなりますし、自分が利を上げればそこから次なる投資(事業投資かもしれません)も生まれます。
反対に自分の儲けしか考えていない(市場に参加するだけで、他人のことは気にしていない)と見える場面もあります。
つまり形が違うだけで、投資参加としてみると、どちらもうまく行かない限り他に利することができないことを考えると、株などだけを自分され儲かれば的に定義するのはおかしい感じがします。
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