浄土真宗大谷派・本願寺派の本尊について
今、日本の仏教・浄土真宗大谷派・本願寺派について、勉強していて、調査・考察をしています。
いろいろ歴史やルーツなど調べました。そして違いを知る上で、調査していて、
掛け軸の本尊の大谷派(東)・本願寺派(西)の違いがよくわかりません。様々な掛け軸の本尊を見比べましたが、大谷派内・本願寺派内でも、違いがあったり、と混乱しております。
作者によって違うのでしょうか?見分け方というか、決定的な違いというのはあるのでしょうか?
どうか、よろしくお願いいたします。
http://www.katsura-taniguchi.net/as_co_visit_idx …
http://www.shin.gr.jp/main.html
http://www.hongwanji.or.jp/
http://www.tomo-net.or.jp/cere/index.html
http://www14.ocn.ne.jp/~kesa7jou/
浄土真宗の寺の者です。
#3の方の回答でパーフェクト!ですね。
あえて補足するなら、#3の方のルールは戦後に定められたもので、やはり寺はそれ以前の歴史のあるものが多く、戦前の本尊については、それこそ転派や改宗などの影響もあり、この限りではありません。
曹洞宗の僧侶です。よその宗派の事ですが‥‥
名号を本尊とする場合には両派とも六字名号のようです。
絵像の場合の阿弥陀如来は、本願寺派では光背の上に伸びる光線の数が6本、大谷派では8本。木造の場合には、本願寺派は頭光の下に藤をデザインした舟形光背、大谷派は頭光の下に蓮華を配した光背になっているようです。
いずれの派でも本尊の様式は厳密に決まっていて、「点検」と称するチェック制度があるそうです。”木仏点検”で検索するとかなり詳しい情報が得られます。
ただし、実際にはお寺であっても、決められた様式に完全に合致していない例も少なくないようです。転派や改宗によって所属宗派が変わるお寺や門徒さんもあり、様式にそれほどこだわらない考え方をする方もいるので、色々と変則的な像がみられるのが現状のようです。
浄土真宗の東と西は江戸時代に政治的理由で分かれた(分けさせられた)だけですから信仰上はそれほど決定的な違いはないでしょう。
もちろん江戸時代に差別化のために違いを作ってはいますが、大同小異というものにすぎません。
決定的な違いはないと思いますが。
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