昌平坂学問所、湯島聖堂、聖堂学問所の違い
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違いがわかりません。すべて綱吉関係なんでしょうか?時代背景などなにか知識をお願いします。
回答(3件)
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補足しますと、聖堂学問所というのは湯島聖堂の学問所ということになります。
昌平坂学問所は林大学頭家の私的教育機関であった湯島聖堂が寛政の改革で武士に武芸や学問が奨励されたことも会って幕府直轄になり、林家以外からも教授が任命されて制度や施設が整備されました。
お目見え以上は月3回の漢学には必ず出席しなければなりませんでした。
ですから綱吉の時代からはずっとあとです。
No.2ベストアンサー20pt
補足しますと、聖堂学問所というのは湯島聖堂の学問所ということになります。
昌平坂学問所は林大学頭家の私的教育機関であった湯島聖堂が寛政の改革で武士に武芸や学問が奨励されたことも会って幕府直轄になり、林家以外からも教授が任命されて制度や施設が整備されました。
お目見え以上は月3回の漢学には必ず出席しなければなりませんでした。
ですから綱吉の時代からはずっとあとです。
この回答へのお礼
みなさんありがとうございました。
儒者の林羅山が上野に開いた家塾の弘文館が、将軍綱吉のときに湯島に移転して孔子廟を設けたのが湯島聖堂です。これらは林家の私的な教育機関でしたが、これを寛政時代に幕府の直轄としたのが昌平坂学問所です。
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