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「那个人坐在門外」と「那个人在門外坐」

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  • 質問者:wang2an1shi2
  • 投稿日時:2006/01/05 03:31
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不特定の物体の存在に気付いたというときは、いわゆる存現文を使って、
(1)門外 坐着 一个人(門の外に人が座っています。)
となるかと思います。
また、それが特定の人であれば、
(2)那个人 坐 在門外(その人は門の外に座っています。)
となると文法書には書かれています。

他方で、
「その人は門の外に座っています。」という文は、
(3)那个人 在門外 坐
とも表現できるかと思います。

(2)と(3)の違いは何なのでしょうか?
どういう場合にどちらを使うのでしょうか?
教えて頂ければ幸いです。

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No.2ベストアンサー10pt

  • 回答者:cubics
  • 回答日時:2006/01/05 10:16

(3)は、「門外に座る」という介詞として使った普通の文。
(2)は、結果補語として使っているので、「座って門外にいる」つまり、そこで落ち着いたんですね。
ですから、日本語だと「座り込む」という表現を使った方がよいでしょう。

まあ、確かに(3)は、
那个人在門外、他坐着。とか言った方が、落ち着きがいいように思います。「門外にいて、座ってる」ですね。

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この回答への補足

ありがとうございます。また、目からウロコがあるようです。

そもそも「那个人 坐在門外」と「那个人 在門外 坐」は意味からしてイコールになっていないんですね。
座っ「ている」を言いたいのなら、後者は文法的に間違っているということですかね。
○~に座「る」(動作):坐
○~に座っ「ている」(状態):×坐 → 坐着や坐在にする必要あり。
確かに文法書をもう一度よーく見直すと、「那个人 在門外 坐着」と、坐に着が付いていました。


これを前提に補足で、確認質問をさせて下さい。
皆さんからの御回答から推測すると、
(1)まず、
・座っ「ている」(状態)の意味を表現したいなら、結果補語「在」を使って「那个人 坐在 門外」が常用。
・「那个人 在門外 坐」では、強いて言えば、坐は~に座「る」(動作)という意味になり(ここでは介詞「在」)、座っ「ている」(状態)という表現にはならない。
という理解でよろしいでしょうか?

(2)また、
・論理的には、座っ「ている」(状態)の意味を表現するには、「坐」という座「る」(動作)を「坐着」という座っ「ている」(状態)の形に変えて、「那个人 在門外 坐着」で表現することも可能。ただ、「那个人 坐在 門外」が常用されるので、使われない。
という理解でよろしいでしょうか?

(3)ついでに、在を介詞として、また、坐を座「る」(動作)という意味で使った、
「那个人 在門外 坐了」(その人は、門の外に座った)という表現は、常用しても問題ない普通の表現なのでしょうか。それとも、論理的にはありえるが、普通でない表現なのでしょうか?

この回答へのお礼

いつもご指導ありがとうございます。

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No.1ベストアンサー20pt

  • 回答者:hoke
  • 回答日時:2006/01/05 04:53

2番目の文をわかりやすいように区切ると、那个人 坐在 門外 となり、この時の在は、坐と組み合わさって「座っている」という意味になります。つまり、このときの意味は、wang2an1shi2さんの仰るとおり、「その人は、門の外に座っています」となります。しかし、3番目の文は、文法的に間違っています。無理やり訳すと、「その人は、門の外にいる、座る」になります。在門外の在は、すでに動詞ですから。

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この回答への補足

ありがとうございます。また、目からウロコがあるようです。


そもそも「那个人 坐在門外」と「那个人 在門外 坐」は意味からしてイコールになっていないんですね。「座っている」を表現したいのなら、後者は文法的に間違っているということ。
○~に座「る」(動作):坐
○~に座っ「ている」(状態):×坐 → 坐着や坐在にする必要あり。
確かに文法書をよーく見直すと、「那个人 在門外 坐着」と、坐に着が付いていました。


これを前提に補足で、確認質問をさせて下さい。
皆さんからの御回答から推測すると、
(1)まず、
・座っ「ている」(状態)の意味を表現したいなら、結果補語「在」を使って「那个人 坐在 門外」が常用。
・「那个人 在門外 坐」では、強いて言えば、坐は~に座「る」(動作)という意味になり(ここでは介詞「在」)、座っ「ている」(状態)という表現にはならない。
という理解でよろしいでしょうか?

(2)また、
・論理的には、座っ「ている」(状態)の意味を表現するには、「坐」という座「る」(動作)を「坐着」という座っ「ている」(状態)の形に変えて、「那个人 在門外 坐着」で表現することも可能。ただ、「那个人 坐在 門外」が常用されるので、使われない。
という理解でよろしいでしょうか?

(3)ついでに、在を介詞として、また、坐を座「る」(動作)という意味で使った、
「那个人 在門外 坐了」(その人は、門の外に座った)という表現は、常用しても問題ない普通の表現なのでしょうか。それとも、論理的にはありえるが、普通でない表現なのでしょうか?

この回答へのお礼

ありがとうございます。

  
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