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アメリカとソビエトによる冷戦は世界に様々な影響をもたらしましたが、戦後の日本は冷戦構造にいかに対応したのかどなたかわかりませんでしょうか?今私はそのことについて調べているのですが、先生がくれたヒントは開放経済体制・高度成長・自由民主党・日米安保・平和責任です。ちんぷんかんぷんで困っています。(泣)

A 回答 (2件)

こんばんは、ざっと流れを整理してみますと



1949 単一為替レート1$=360円(実際は300円前後と評価されるが、冷戦激化にともない日本経済の早急な復興を望むGHQにより、360円に設定)
1951 サンフランシスコ講和条約、日米安全保障条約調印
1954 MSA協定締結 自衛隊発足
1955 保守合同=自由民主党の誕生=保守長期安定政権の誕生
1956 戦前の生産水準を回復「もはや戦後ではない」
1960 日米安全保障条約改定
   池田勇人内閣 「所得倍増計画」発表
1963 GATT11条国移行
1964 国際通貨基金(IMF)8条国移行
   OECD加盟
   東京オリオンピック開催
    開放経済体制のもとでの日本の経済復興なる、そしてさらなる経済成長を継続
1973 円変動為替相場制移行 石油危機おこる
1989 マルタ会談=冷戦の終結
     アメリカは日本に対し防衛分担の増強、安保体制見直しを求める
1992 PKO協力法案可決
1993 92年貿易黒字1000億ドル突破
1997 日米新ガイドライン策定

冷戦が激化するなかで、当初のアメリカの狙いは、「安定した自由主義国家かつアメリカの同盟国」として日本を利用することでした。
 日本は、憲法9条と日米安保(アメリカの核の傘)のもとで、かつ防衛費GNP1%という枠内で軍事支出を抑えつつ自衛力を増強します。さらに、自民党長期単独政権による「安定した」政治・経済・外交政策によって、国家資金をもっぱらインフラ整備・経済発展に投資し、企業も設備投資の拡大、技術革新に投入することができました。
また1$=360円という為替レートは、日本の輸出拡大に大いなるプラス効果をもたらします。
その結果が、「アジアの奇跡」とよばれた日本の驚異的な高度経済成長ですね。

しかし、それは莫大な日本の貿易黒字を生み、一方アメリカは冷戦体制、ベトナム戦争などにより莫大な財政赤字と貿易赤字を抱えることになります。そこから、「安保ただ乗り」として、アメリカの日本バッシングが始まります。
特に冷戦後は、「経済大国日本」に即して、カネだけでなくヒト・モノの負担も求めてくるようになります。国力に応じた「平和責任」を求めているということでしょうか。昨今の憲法9条見直し論議もこの延長線にありますね。

>日本は冷戦構造にいかに対応したのか
主体的に対応したというより、アメリカの忠実な子分としてアメリカの傘のもとで、ちゃっかり経済復興を行い、(一時はアメリカを凌ぐほどの)経済大国になった、ではないかと思います。
なお、#1さんもご指摘のように、アメリカの傘の下でアメリカの意向に沿い、60年にわたってさしたる紛争、まして戦争を経験しなかったことは、ある面では「日本人の平和ボケ」と言われるような状況を生み出していることは確かでしょう。(しかし、個人的には、そのことへの極端な反応として、全く対極にぶれてしまうことは短絡的と思いますがね)

 
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この回答へのお礼

すごく親切な回答本当にありがとうございます。すごくわかりやすいです!

お礼日時:2006/01/23 19:54

ソ連や中国と言った共産主義国と直接対面する立地であり、朝鮮戦争再開時には、巻き込まれる可能性が十分ありました。



本来必要な軍拡を、安保条約でアメリカに基地を提供する事によって、米軍にまかせ、日本は金を出すだけにとどまりました。

その結果、経済や産業に資本を投入でき、高度成長を迎えました。

しかし、国内の防衛に対する意識の欠如を招き、無防備であれば戦争には巻き込まれないというイメージが蔓延し、現在では、中国や韓国の侵略の矛先に対して積極的な防衛が整わない状況に陥っています。
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この回答へのお礼

本当にありがとうございます!すごくわかりやすいです!

お礼日時:2006/01/23 19:50

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