透明人間が目で物を見るには
水晶体の屈折率を空気と同じにすると不可能、網膜に像を結び感じるため網膜を透明にできない。ゆえに透明人間は物を見られない。盲目と同じ(明るさは感じるかも)透明人間の消化前の物体、尿、糞・体全体の屈折率のことはここでは論じない。見ることの可否について意見をください。
回答(9件)
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No.9ベストアンサー20pt
#4です。
バベルの塔の狸は、「とらぬ狸」に影を奪われた主人公を空飛ぶ棺桶が迎えに来るシュールリアリスムの物語です。
1951年の芥川賞受賞作品「壁」に入っていますが、目玉はものを見るだけでなく、もっと象徴的な意味が与えられているようです。
すくなくとも科学的な背景を云々するようなハードSFではありません。
中・高生の頃安部公房に読みふけっていたので、懐かしくなって書いてしまいました。
「第四間氷期」なども、また読んでみたくなりました。
この回答へのお礼
1951とは古いですね。早速のご返事ありがとうございました。目玉模様のすずめおどし(田んぼなどにある)も目について考えたら一つの意味があるのかなあ。
透明=物質がない状態というのは誤りです。
大気と同じ屈折率を持つ物質があると、大気中でその物体をみる事はかないません。ここで議論されているのは「大気と同じ屈折率を持つ人間、すなわち不可視人間」の目の構造についてです。
「人間」を前提としますと、目の構造自体が「不可視物質では機能しない」ので、私は「人間のようなもの」でなければならないと考えています。人間のようなものであれば、目そのものを見られにくい構造に出来るのではないでしょうか。
この回答へのお礼
よくわかります。ありがとう。こみなさんへここまでのお礼は2月18日にしました。
単に、透明(完全に物質が無い状態)なのだから目があることは有り得ないと考えるのは間違ってますか。
透過とはどういうことかというのも考える必要があると思いますが。
この回答へのお礼
ありがとう。
No.6ベストアンサー10pt
不可視人間(透明というと語弊があるので)にものが見えたとします。
ものが見えるということは不可視人間の眼(に相当する何らかの仕組み)に当たった光が何かのエネルギーになったということです。普通の脳を考えるなら電気信号になるとしていいでしょう。
ここで、どんなに効率よく変換したとしても電気信号になった分だけは光のエネルギーは減っています。ですから反対側へ突き抜ける光の量が微量ながら減り、完全な無色透明にはなりません。
入った光と同じだけの光を適切な方向に出す装置を反対側につければ完全な不可視人間と同じことになりそうですが、その場合、入った光の量を感知するセンサが不透明である必要があるので結局同じことになります。光を出しながら光を感知するセンサがあれば話は別ですが。
この回答へのお礼
最後の1行が新知識です。可能性はありますね。ありがとう。
安部公房の小説「バベルの塔の狸」(「壁」に収録)には、目玉以外透明になった透明人間のはなしがあります。#4さんが指摘されたとおりです。安部公房、東大医学部の経歴はだてではありませんね。
写真のフィルムをぴーっと引き出して現像するとどうなるでしょうか。同じように目玉が透明なら、すべての視細胞が同じように興奮することになります。
ミドリムシの場合も、感光点に到達する「光をさえぎる」眼点の存在が光の方向を知るうえで重要な役割をはたします。(眼点が光を感じると記述した文献も多いのですが)
http://sendou.soken.ac.jp/conte/watanabe.html
http://protist.i.hosei.ac.jp/taxonomy/Phytomasti …
この回答への補足
バベルの塔の狸」に非常な興味がわきました。公共図書で調べてみますが、よろしければここで少し解説して下さい。私がこれを高校の文集で公表したのが1960ころですがどちらが早いのかな。
どうしたって無理ですね。
透明人間というのは一応透明なだけで他は普通の人間だとします。
透明性が視覚獲得後に発した場合、#3さんがおっしゃるようなシステム以外では視覚像は作れません。水晶体が完全に透明だとした場合、虹彩、つまり絞りの部分を極端に絞れるのなら一応針穴写真機方式は可能かな?この場合、虹彩と網膜は不透明でないと像は見れませんから、空飛ぶ目玉の出来上がりですね。さもなくば、仰る通りせいぜい明るさの差を感じる程度でしょう。
生まれたときから透明なら、何らかの視覚代用要素を発達させる事自体が考えられません。視覚障害者の事を考えると、視覚のかわりに聴覚等に頼るため、結果的にそちらが発達します。そういう意味ではそもそも視覚を発達させる事が無いでしょう。
というのは#1さんも仰ってますが最終的に物を見ているのは脳です。私事ですが最近目を悪くして眼鏡の調整をしたのですが、慣れるのにある程度時間がかかりました。つまり視神経から入ってくる情報を脳がちゃんと解釈してはじめて見ている事になるのだと思い知ったわけですが。
そういう意味ではじめから視神経から情報が入ってこない場合、視覚情報を解釈する機構そのものが発達しないか、あるいはすくなくとも休止状態になります。
この回答へのお礼
虹彩(絞りの部分かな)を忘れてました。ありがとう。
この生物が「完全透明生物」であれば、見るのは不可能でしょう。
ただ、人間とは異なる目を持つ「不完全透明生物」だった場合、ピンホールカメラのように網膜に像を結ぶ事自体は可能でしょうし、目の周りの屈折などを工夫する事で見えるかも知れません。このときは視高になにやらけったいなものが浮かんでいるようになるとは思いますが。
「透明人間」の場合は基本的な生物システムが「人と同じ」である必要があるため、見る事は出来ません。人間様の不完全透明生物のみ「見る事が可能になる」と考えられます。
この回答へのお礼
「「目の高さに」」けったいなものが私の心を打ちました。ありがとう。
僕も詳しい方では無いので勝手な意見として見て下さい。
現在の科学理論でいくら並べても不可能でしょう?
行き着く場所は無理、不可能にたどり着くだけで
透明人間のSFXのような未知の科学力を用いて話さなければ成り立たない話しだと思うのです。
(例えば)透明と言っても
人間の目にだけ透明に見えるのか?物質その物が透けて何も無いのか?映画のプレデターの様に表面に光の屈折をする皮膜を張れば中身は(網膜)(目)だとかはそのままでも外見からは透明で成立すると思うのですが?
しかし
この場合、犬には簡単に発見されますが?
(話しの内容が違う場合は無視して下さい、すいません)
この回答へのお礼
私にはよく「わかりませんが、反応ありがとうございました。
見れません。目を通した像を見るのは「脳」です。いかなる想定をしてもご質問に「脳」の存在が抜けていますので見れません。
この回答へのお礼
ありがとうございます。答えの文として、透明人間でない人も目は物を見れないとわかります。
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