新しく質問する

キリスト教では進化論は受け入れられてしますか?

役に立った:2件
  • 質問者:yoshinobu9
  • 投稿日時:2006/03/14 11:03
  • 困り度:暇なときに回答をください
  • 友達に紹介
  • ブログに書く
  • 教えて!gooお気に入り

キリスト教では、猿から人類に進化したという進化論は
受け入れられているのでしょうか?
アダムやイブの話などと矛盾します。

よろしくお願いします。

この質問への回答は締め切られました。
このQ&Aは役に立ちましたか?(役に立った:2件)
  • 参考になった:0件
  • 回答者:F-liszt
  • 回答日時:2006/03/17 04:58

昔のキリスト教が、猿から人類に進化したという進化論を否定したのは政治な理由だと思います、キリスト教が地球が平らとゆう概念も政治的な理由で、昔のアリストテレスの概念から来ているだけですし。

アインシュタインの 神はさいころをふりたまわず とゆ言葉がありますけど、何の意思もなく今のような宇宙や人間が存在するのは不可能だとゆうことです。

現在の様な宇宙が出来たこともすごい確立です、チョット物質が多いだけでブラックホールだらけだとか。

一般に進化論と言ってもまだ研究段階で、未知の部分も多く進化論もまだ完璧ではないですね。

通報する

  • 参考になった:0件
  • 回答者:kanipon
  • 回答日時:2006/03/16 04:58

自分もすごく気になる疑問です。

以前、アメリカのおもしろおかしい生物の授業を日本語に翻訳した本を読んだことがあります。
あるエキセントリックな教授がある大学でユニークな生物の講義をする、という設定のストーリーを本にしたものでした。

そこで、進化論の話になったとき、教授が生徒たちにむかってまず
「今からする話は君たちが今までならってきたことと違うので、受け入れがたいかもしれないが...」みたいにかなり前置きをしていました。
ということは、個人レベルでは受け入れがたい生徒も中にはいる、という想定だったのかなとは思います。

クリスチャンかつアメリカ人の知り合いはいますが、聞いてみたことはありません....こういう信仰の根源にかかわる問題はやはり気をつかいますよね^^;。

通報する

  • 参考になった:0件

No.5ベストアンサー10pt

  • 回答者:shuushi
  • 回答日時:2006/03/16 01:23

聖書は霊的進化の奨めの書です。黙示録に「自分の着物を洗う者達は幸いである」とイエスの言葉があります。猿は獣の泥衣(土ロ衣)と書きますから、猿が毛、尾を脱ぎ去ること、猿氣を去ることが人の進化成長であるということです。モンキーは門鍵で、人間が捕われの門から自由無碍の神に成るための智慧は、猿を学ぶことである、で、猿=犬=蛇=腹の虫の蝮=
未図=水氣に潜り込んで観察して反省して天神に向かうことをバプテスマといい、水に全身を浸す形をとっているのです。

漢字と言霊と聖書の一致は水、霊に次ぐ仕上げ、ヨハネ→イエス→日本語の洗礼に違いありません。この三段階の例えの為に神が猿から人への進化論を出したと理解しています。666(シックス=病気手=悶氣異)から999(成因=頭を天に向ける)へ、頭を天に勃起=ゝ丁髷すれば人間を卆業できるということです。

耶蘇=八十が九十(ココゾ)とがんばれば蘇るで、コケを蒸すは、虚仮の蘚に火日陽霊をいれれば蘇る、羊よ禾(意音)に帰れ、君が代は卆業なり、です。

通報する

  • 参考になった:0件
  • 回答者:katyan
  • 回答日時:2006/03/15 18:25

クリスチャンでも色々います。
肉体は進化論ですが霊が宿ったという人達も

一度HPを覗いてください。
創造科学と呼んでいるみたいですね

通報する

  • 参考になった:1件

No.3ベストアンサー20pt

  • 回答者:popesyu
  • 回答日時:2006/03/14 12:14

ローマ教皇は1996年にダーウィンを認めていますので、公式的にはとっくに認めているということになります。ただし「肉体の進化論は認めるが、われわれの精神は神からもらったものであり人間の精神は進化論と関係ない」という注釈つきですが。
いまだ古典的な原理主義観を持つ人らはまだ受け入れていないようですが、現実的というか科学的というか宗教観を持つ人らの見解から生まれたのがID(インテリジェント・デザイン)論での認識の方が主流じゃないんでしょうかね。例えば最近のアメリカでは進化論とID論の両論併記を教科書に載せようという運動が活発です(というか実際に載っている州もあるようです)。まぁ大統領がそっちの人なんでねぇ・・・。

でID論は一見科学的なようには見えますが、実際のところは疑似科学でしかありません。その内容は大筋は進化論を認めているのですが、根本的には「神」ではなく「偉大な知性」が宇宙や生命をデザインし創造したという見解です。
確かにダーウィン進化論にも抜けや穴、矛盾点が多く、さまざまな反論を受けてはいるのですが(その結果進化論もダーウィン時代よりははるかに進化しています)、たとえば未だこれというような仮説や証拠がない部分をウィルスやそういったもので解説・説明しようとするのが科学で、そこであきらめてやっぱり神様改め「偉大な知性」に頼るのがID論ですw
中途半端に科学的で、一般受けしやすいように工夫もされていますから、支持者も多いようですよ。少なくとも古典的な見解でダーウィンを頭ごなしに否定するよりは、ID論の立場で否定している方が合理的っぽく見えるからでしょう。

通報する

  • 参考になった:0件

少なくともカトリックでは真っ向否定はしていませんよ。(前ローマ法王のコメント:1996年)
アメリカの幾つかの州では#1さんのお考え通り学校でも教えるな、教える場合には創造論(神が人類を創造したという考え)も同時に説明せよと言っています。

P.S.
念の為、ダーウィンの進化論自体は結構乱暴な説で現代科学では幾つかの面で否定されているのも事実です。(詳しくは生物学カテで検索orご質問下さい)

通報する

  • 参考になった:2件

おっしゃる通り教義に反しますので受け入れて居ないと思います。

通報する

  
このQ&Aは役に立ちましたか?(役に立った:2件)

このページのトップへ

Facebook公式ページ

公式Twitter