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ルネ・マグリットの絵が好きです。
しかし、そのことにいくぶんの恥ずかしさが伴うのです。
なぜなのでしょう?

多分、絵画の本質的な問題から目をそらして、別の問題にすり替え、それをひたすら我々に考えさせるからかな……などと思ったりもします。

と同時に、大胆不敵にも、絵画の本質云々などどうでもよいのだ、絵を見なくても良いのだ、目を閉じていても良いくらだ、と言っているかのような風情のマグリットに心惹かれたりもする。

誰か、大作家なり大批評家なりで、マグリットを何の臆面もてらいもなく賛美している人がいますか? いたら、私も心強いのですが……

A 回答 (4件)

>ルネ・マグリットの絵が好きです。


私も好きです。ダリも好きだしキリコも同様に好きです。

>しかし、そのことにいくぶんの恥ずかしさが伴うのです。
なぜでしょう?
>なぜなのでしょう?
私が聴きたいです。

>多分、絵画の本質的な問題から目をそらして、別の問題にすり替え、それをひたすら我々に考えさせるからかな……などと思ったりもします。
そんなことはないです。おそらく絵がヘタっぽいからです。
ダリは天才すぎて抜群の写実性があるのにマグリットはなんだか下手なペンキ絵みたいで芸術性にかける。そういう
印象があるのかもしれません。


>誰か、大作家なり大批評家なりで、マグリットを何の臆面もてらいもなく賛美している人がいますか? いたら、私も心強いのですが……

記憶が確かではないですが高校時代によんだ坂崎乙郎がかなり詳しく語っていた気がします。

坂崎乙郎 『幻想芸術の世界 シュールレアリスムを中心に』 (講談社現代新書, 1969.5.16
マグリットについて一番読みやすく長い論評を書いていると思います。
坂崎乙郎は早稲田大学教授、あの高階秀爾さんと共著で美術書も書かれています。
あと
現代世界美術全集22 アンソール/マグリット 座右宝刊行会/編 集英社
もお好きならお持ちでしょうけど神田で探せばあります。
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この回答へのお礼

坂崎乙郎『幻想芸術の世界』は良い本ですね。ものすごく挿絵・引用が多くて、タメになります。
書棚の隅でくすんでいましたが、いま手にとってみると、きわめて幅広く、ありとあらゆる画家、その代表作が一覧できる具合になっており、とても視野が広がりました。
情報がコンパクトに凝縮された、こういう安価な本がもっとあれば良いのですが、最近は少ないですね。
著作権にうるさくなってきたせいでしょうか。

お礼日時:2006/04/05 19:19

タイトルを見たとき、なぜ恥ずかしいのだろう?


好きな人はいっぱいいるのに!
と思いました。

私はマグリットはわりと好きなほうですけど、でもそういえば、絵を見て考えたり深く感じたりはしてないです・・・・見た目や感覚で好きなだけで。
(画家によっては考えたり、背景事情を読んだりしますけど)


>しかし、そのことにいくぶんの恥ずかしさが伴うのです。
>なぜなのでしょう?

というのは、自分に聞いてみると面白い(興味深い)のではないかと思いますが・・・。
自分の心の中に、マグリットの絵によって何か刺激されるものがあるのでは?
補足にお書きになっているようにミーハーな気がするとか。
(それだったら私はルノワールが好きというほうがミーハーに感じます。ルノワールはルノワールでいいんですけどね)


話題はまったく違うのですが、恥ずかしくないことを恥ずかしく感じる話です。
的外れだったらなんら参考にもなりませんが。
  ↓

参考URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=1858177
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この回答へのお礼

別の話題にちょっとズレてみるのも面白いですね。
切り口を変えてくださったご回答に、感謝します。

「観てて恥ずかしい」というのは、「あ~、抑えておくべきなのにやっちゃってるよ~」という気持ちだと、考えられます。
路上で着替えている人を見れば、恥ずかしくなる。

さて、問題は、マグリットを恥ずかしいと思うのではなく、マグリットを好きであることを、若干恥じる気持ちですが……
やはり、私がつい「こんなミーハーで、邪道な画家を好むなんて」「広告のポスターみたいじゃないか」という発想をしてしまうせいなのでしょうね。

お礼日時:2006/04/06 18:00

下手だから芸術性に欠けるとはいかにも日本的な考え方ですね、つまり上手な絵というのは写真のようにそっくりに描けること、という考えが基本にあるのですね。

(では抽象画はどう解釈するのでしょうか)マルグリットはユニークな独自の表現で眼に見えない世界(心象的な)を描いて見せてくれます。眼に見える花を描くのはそれに比べたらどんなに楽チン、簡単なことでしょうか。花を写真のように描く人は億といるでしょうが、マルグリットのような個性的で見るものにたくさんのイマジネーションを与える作品は誰にでもできるものではありません。世界で高く評価されているマルグリットの素晴らしさを感じ取ったあなたはそのことを誇りに思ってもいいのですよ。それなのに恥ずかしいなんて、それこそ恥ずかしいですね。
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この回答へのお礼

ご回答をお寄せいただきましたことに、感謝します。
たしかに、マグリットは触発します。
(広告屋などは、とくに参照していることでしょう)

ともあれ、私自身、マグリットはヘタだ、という気持ちは強くないのですよ。写実性という点では、マティスなども相当ヘタっぽいですし。
むしろ、マティスでは細部を味わいながら頭を空っぽにできますが、マグリットを観るときには、細部などどうでも良くなって、パッと見ただけで、あとは想像にふけってしまう感じになるのが、「絵の道」からは邪道のような気がしてしまう、ということです。

あえて言うと、理知的な芥川龍之介よりも、谷崎や川端を好む(好みたくなる)感じに近いのかも……

お礼日時:2006/04/06 17:46

巨匠として世界中で芸術関係者でなくても知ってる人の多いマグリットが、大作家なり大批評家なりに賛美されていないわけがないと思いますが。


賛美されていないものが一般人にまで知れ渡るなんてことはないと思いますよ。
海外でも多くの作家がマグリットの本を書いてますしね。

かくいう私は小市民な一般人ですが、マグリットがとても好きです。
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この回答へのお礼

率直なご意見ありがとうございます。
なんとなく変な質問でしたが、私の中に、「みんな知っている、ゆえにミーハー」という連想があるからかもしれないですね。
そして、マグリットは、絵というより、コンセプトばかり提示しているようにも見えますし……いや、それこそがスゴイことなのか。
どうも、いろいろ考えてしまいます。
たとえば、マチスを見ているときには、頭が空っぽになりますが……

お礼日時:2006/04/05 18:41

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