プロが教える店舗&オフィスのセキュリティ対策術

人は良く、「100%の力を出して試合にのぞめ」とか、
「この料理最高においしい」とか「日本人の多くが白米を好む」
などと、いいますが、僕はそれに反発を覚えます。

僕は理系で、文系思考ではありません。
僕だったら、「今日は大切な試合だから、いつもの練習が80%の力だとしたら、今日は98%の力を出して試合にのぞめ」とか「この料理は、いままでの人生で12番目においしい」とか、「日本人の95%ほどが白米を好むと思う」という表現をします。

また、「今日すっごく暑い」とか「めちゃめちゃ暑い」とかいろいろな表現があると思いますが、僕だったら「今日は25度くらいの暑さだ」という表現をします。

もちろん、そういったあいまいな表現も認めます。
しかし、僕にいわせると、そういったいいかげんな表現をする人が圧倒的多数なのが理解できません。
とくに女性に多い気がします。

どうして、もっと正確というか、科学的というか、統計的数字で表現をする人が少ないのでしょうか?

A 回答 (26件中1~10件)

>僕と同じような表現をする人がもっと多くてもいいのに、見かけないのが疑問です。


貴方と同じような表現をする場合もあります。
ふさわしくない場面の方が圧倒的に多いから日常的に使わないだけ。
そして、貴方が怒られたり 奇異の目で見られたりするのは、
表現が他の人と違うからではなく、貴方の用法が間違っている所為で意味を誤解されているから。

>僕自身の表現は、多少は、「でる杭」だったので
どういう意図でこの表現を使っているのか分かりませんが、
通常の意味で捉えれば「でる杭だから打たれた」のではありません。

例えば。標準語しか知らない集団の中で、かなりの癖のある方言を使ったとしたら
意味が通じないのも当たり前ですよね。
完全に意味が分からない単語ならまだしも、標準でいう100%と
貴方の中の90%のように、数値の基準が違うことだったらお手上げです。

正確に伝えたい場面で貴方にしか分からない基準を使ったら、
それは正確に伝えているとはいえません。
会話する相手に毎回毎回”自分の基準はこうだけど、それに当てはめるとこの対象は”と
いちいち基準を説明しないといけなくなり、円滑な会話の妨げになります。
多くの人はその説明を省くために同じ基準を持ち、それを前提とした会話をしているんです。

「僕はA子ちゃんがかわいいとおもうけど、上戸彩のかわいさを10、光浦靖子のかわいさを0とすれば、A子ちゃんは8だと思う。B子ちゃんは7.5くらい。」
といえば、貴方の基準を相手に説明(共通認識を提示)して比較しているからこの場面では正しい。
「毎日90%の力で仕事にのぞんでいる」
といえば、世間一般の共通認識を無視して尚且つ貴方の基準も説明していないから誤解される。
また、後者の例ではあえて自分の基準を持ち出すことに意味がない。(どころか単にややこしくするだけ)

表現だけの問題ではないことがわかりますか?
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この回答へのお礼

遅くなりましたが、貴重なご回答ありがとうございます。
貴殿の回答に同意いたします。

冷静になってみれば、僕は暑いやうまいやかわいいなどを、数値で表すことは、一般の友人の前ではあまりありません。
それよりも、自分の自信の度合いを数値化することのほうが多いです。
たとえば、「明日、新幹線に乗ってそちらの旅館に行きますが、8割程度の確率で、7時につきます」とか、「7時のプラスマイナス1時間の間に、ほぼつきます」などです。

旅先の旅館につく時間は、誤差が大きいです。
それをできるだけ正確に伝えたいです。
僕以外の人で、いい表現をしている人を見たことありません。

お礼日時:2006/05/31 10:58

はじめまして。

22歳、女性です☆

確かに、私は細かく数字にしませんよ。数字より曖昧なほうが分りやすいこともあると思うんです。それに自分の力が何パーセントなのか、料理の美味しいものベスト20も覚えられません。

例えば:「今日はすっごい暑いから、もう半袖の方がいいよ。」といわれるのと「今日は25度だから、半袖の方がいいよ」と言われるのであれば前者の方がピンときます。25度って体がどのくらいの温度を感じるか分らないんです。それに25度でも湿度や天気で感じ方は様々ですしですから、私は天気予報の「今日は蒸し暑い」などという言葉をすごくありがたく思います。

いい加減というより、その方が伝わりやすいこともあると思います。
私も理系なので、数字が必要なのは理解できます。
研究発表で、「たくさんの人からデータをとった結果」と言われたりテストの点数を「とても良い、良い、普通、悪い、とても悪い」と言われるよりは点数で言われた方が嬉しいです。

しかし、日常生活であまり点数をつけられるといい気がしません。
「この料理凄く美味しいよ☆」と毎日言われるのと「今日の料理は今まで○番目に美味しいよ」と毎日言われるのでは前者の方が嬉しいです。後者だとそんなに順番つけたいですか!?って感じで作りたくなくなります。

はっきりさせたい気持ちは分りますが、曖昧にする方がいいときもあると思いますよ。
データが欲しいとき、科学的根拠が欲しいときはその答え方は有り難いですが、必要でないのに毎回数字で表されたり、科学的根拠を言われていては相手は疲れます。
例えば、「星がすごく綺麗だね」とロマンチックに浸っているのに「今日は○番目に綺麗な星空だ。雲が空の○パーセントを占めている。湿度も○パーセントと過ごしやすい」と言われたら雰囲気台無しです。

また、恋人といちゃいちゃしているときに、そんなに論理的なことばかり言われていては、気持ちが冷めてしまいます。

ですので、曖昧さに反発を覚えるのは勝手ですが、使っている人にまで嫌悪感を感じずに上手く付き合っていって欲しいと思います。

参考になりましたでしょうか?相手によってデータが欲しいのか、曖昧な表現がいいのかは変わってくると思いますが、上手く日本語を使いこなせていければいいですね。それでは失礼します。
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この回答へのお礼

遅くなりましたが、貴重なご回答ありがとうございます。
冷静になってみれば、僕は暑いやうまいやかわいいなどを、数値で表すことは、一般の友人の前ではあまりありません。
それよりも、自分の自信の度合いを数値化することのほうが多いです。
たとえば、「明日、新幹線に乗ってそちらの旅館に行きますが、8割程度の確率で、7時につきます」とか、「7時のプラスマイナス1時間の間に、ほぼつきます」などです。

旅先の旅館につく時間は、誤差が大きいです。
それをできるだけ正確に伝えたいです。
僕以外の人で、いい表現をしている人を見たことありません。

お礼日時:2006/05/31 10:59

こんばんは。



ここまで拝見して、あなたの問題はあなたの単純さにあるような気がしてきました。

現象というのは多面的なものですよね。
人の魅力にしても、様々な要素の組み合わせですよね。
魅力の判断というのはとても複雑で総合的な情報処理なので、
考慮する因子が多すぎて絶望的に数値化しにくいのでしょう。

味にしたって、メロンのおいしさと牛肉のおいしさをどうやって比較するのか。
同質のものは量的に或いはランク的に測定しやすいけれど、
タイプが違えばおんなじものさしの上で7とか8とか測れない。

みかんを食べてもうどんを食べても、「うまい」としかいえなかったらつまらないとは思います。
でも、そこで数値化にいこうとするからおかしくなる。
「このみかんは酸味も甘みも程よいけど、いまいち風味がないねぇ」
「このうどんはつるつる感も歯ごたえもあるけどコシがないよ。
 表面の噛み応えにもう少し粘りがあって、芯にもう少し弾力があれば
 食べたっていう満足感が増すと思う」
とか、そういう方向にいけばまた変わってくるとおもう。

 まあそれだって評論家的で鬱陶しいと思われるかもしれないけど、
山岡さんみたいな人とは仲良くなれるんじゃないかな。

 今日は気温はそうでもないけど、むしむししてて暑く感じるね、鬱陶しいね。
 梅雨時って日陰でも暑苦しいからいやだね、寝苦しいね。

 うまい、かわいい、いい、とか、なんでもそうですが、
その言葉の内容を様々な要素に分けて吟味していくと、広がります。

 思うに、あなたは突き詰めたいタイプなのでしょう。
 生物は種のなかの10%くらい、敏感すぎる体質の個体がいるそうです。
 あなたはそういうタイプなのかなーと思いました。 
 それはあなたの性向であって、性格や考え方がおかしいわけじゃないと思う。
 マイノリティは息苦しいですが、そのマイノリティの存在が、世界を豊穣にしていると思います。

 理系文系という捉え方ではなく、むしろ芸術的なディテールや職人的世界を追及されたらいかがでしょう。
 そういう世界にはあなたと話の会う友人が見つかる可能性が高いと思います。
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この回答へのお礼

遅くなりましたが、貴重なご回答ありがとうございます。
冷静になってみれば、僕は暑いやうまいやかわいいなどを、数値で表すことは、一般の友人の前ではあまりありません。
それよりも、自分の自信の度合いを数値化することのほうが多いです。
たとえば、「明日、新幹線に乗ってそちらの旅館に行きますが、8割程度の確率で、7時につきます」とか、「7時のプラスマイナス1時間の間に、ほぼつきます」などです。

旅先の旅館につく時間は、誤差が大きいです。
それをできるだけ正確に伝えたいです。
僕以外の人で、いい表現をしている人を見たことありません。

お礼日時:2006/05/31 10:57

やっとご質問の意図がわかりました。


つまり、「すっごく暑い」というような、「おおざっぱな」表現(というのは、区切りが雑なだけで、「曖昧な表現」とはそもそもちがいます)ではなく、気温で示すような、細かな表現はできないものかという意図のようですね。

その意図だとすると、やはり、問題があります。

1.適切な数値化ができていない
「暑い」という感覚は、気温だけではなく湿度や風速との複合感覚です。にもかかわらず、「気温」という単一の物理量で数値化することがそもそもの間違いです。
単一の基準による数値化は、他の要因を覆い隠すという弊害を起こしがちです。

2.共通認識の問題
「100%の力とは、僕にとっては、実際に死にいたるような力を意味します」とのことですが、ふつうは、100%の力とは、「満足のいく出来」でしょう。
元来、数値化は、それ自体価値評価を意味しません。
それでも、経験から得られた相対値や、(この場合の 100%のような、特定の数値は、特定の価値に結びつけられます)
さて、上記のように、100% に対する共通認識がないのに、それから2ポイントマイナスした、98%に対して、共通認識が得られることはありません。
それぞれの立場によって、「死に至らない範囲でめいっぱい」と、「満足のいく出来からは手を抜いて」という意図の違いを招くことになります。

3.数値化によって、比較が出来てしまう
「これは、5ばんめにおいしい」と一ヶ月前に「これは4ばんめにおいしい」と思った二つの料理は、多分、どちらか優れれているか比較できないでしょう。
しかし、数値化した時点で、(たとえ、どんなに不適切であっても)比較できてしまいます。

さて、こういうもんだいがあります。
実は、ご質問の内容は、「おおざっぱな表現はだめ」といいつつ、「数値」という、単一の表現ですませようということを意図している結果になります。
たしかに、いろいろな表現の「おいしさ」や、いろいろな種類の「暑さ」を表現できなくても、「順位付け」だけはできるのですから。
でも、「すっごく」という単語だけですべてまかなうのと、そんなに大きな違いはありません。

その意味では、「僕はA子ちゃんがかわいいとおもうけど、……」というのは、
1.主観的であっても、「かわいさ」という複合視点を持っている。
2.共通認識を前提にしている
3.その場での比較しかしていない
ので、まあ、そんなに不適切ではないでしょう。

ただ、「B子ちゃんはかわいいけど、A子ちゃんにくらべたら、いまいち」だけで、意図は伝わりますけど。
あとは、「いまいち」に、「だんぜん・いまいち・ほんのすこし・どちらかといえば・ちょっとだけ」などのバリエーションを持っているかどうかでしょう。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
つきつめると、表現またニュアンスの問題ですね。
日本人と外国人との間でそれらが多少異なるように、
男女間でも、または、人間誰しも、それらは異なっていますね。
そしてそれらは社会常識という潤滑油で摩擦をなくしているものと思います。
僕自身の表現は、多少は、「でる杭」だったので、それがうたれたことについて、参考になりました。

僕は、仕事で上司に、「毎日全力で仕事に望んでいる」という常識的表現を、「毎日90%の力で仕事にのぞんでいる」という僕的表現をしたために、逆におこられてしまったつらい過去があるのでした。

お礼日時:2006/05/16 11:21

No.20 です。



いいえ、たとえ日常語でも、「100%儲かる」といわれて、儲からなかったら、詐欺、少なくとも嘘です。
「100%のできだ」と自称したにもかかわらず、不出来なところがあったとしても、それは、嘘とは言えません。

「この料理は今までで最高です」といったら、かつてこれ以上の料理は食べたことがない。
「この料理のできは最高です」だったら、この料理は優れているけれど、他にもおいしいものがあっても良い。

これが、「ニュアンス」というものです。
単語の形だけにとらわれていては、わからないところです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
つきつめると、表現またニュアンスの問題ですね。
日本人と外国人との間でそれらが多少異なるように、
男女間でも、または、人間誰しも、それらは異なっていますね。
そしてそれらは社会常識という潤滑油で摩擦をなくしているものと思います。
僕自身の表現は、多少は、「でる杭」だったので、それがうたれたことについて、参考になりました。

僕は、仕事で上司に、「毎日全力で仕事に望んでいる」という常識的表現を、「毎日90%の力で仕事にのぞんでいる」という僕的表現をしたために、逆におこられてしまったつらい過去があるのでした。

お礼日時:2006/05/16 11:22

別にいい加減なわけではないと思いますよ?


みなさんの書いている部分と重複してしまいますが…。

とくに、暑い寒い。
「今日は25度くらいの暑さ」と「今日は暑い」は
伝えている内容が全然違います。
前者は事実であり、後者は感想ですね。

また、
「この料理、十二番目に美味しい」
これは、美味しいのは分るけど12番目と言うのがその人にとってどの程度のランキングに入るのか分りません。
その人の料理ランキングがもし30位までしかなかったら、「普通」かもしれないし、1000位まであるとしたら、「美味しい」のなかでも「最高級」な美味しさになるわけです。

こういう風に考えると、数字を使うより
「最高に」「素晴らしく」などの形容詞を使った方が、その人がどの程度感動しているかどうかは判りやすくはありませんか?

また、「日本人の98%が白米を好む(と思う)」
と言うのも、98%→とどのつまり→多いってことですよね?

ようするに、「伝えたいこと」が何かを考えた時、具体的数値は根拠であって、結果ではないのではないでしょうか?
本当に、これはあいまいな表現なのでしょうか?
>数字に根拠があるわけでなく、表現に差をつけたいのです。
>99%とか95%とかいうのは、
>「ほとんど、おおくの、たいていの、たくさんの」>というイイカゲン表現に反発して…
とありますが、根拠がない時点で、それはもうあいまい表現と大差ないと私には感じられます。

真実でなく、程度を表すために数字を用いるのならば、
それは「イイカゲン表現」を使っているのと変わらないのではないですか?
だって「95%ほどの日本人」って言うのは「95%もの日本人」って事じゃないんですか?
要するに「=日本人の多く」です。
もしあなたが、「多いとか少ないとかじゃなくて95%」としか思っていなくて「95%」と言う数字を使ったならば、その数字に根拠がない限り、それは嘘、虚言になってしまいます。

さっするに、あなたの場合、「ほとんど、おおくの、たいていの、たくさんの」と言う言葉を使うよりも、
具体的数字の方が程度を想像しやすいということではないでしょうか?
私たち文系から見れば逆に数字の方がイメージしにくいこともあるのです。

ですから、きっと、物事の見方が違うのでしょうね。
でも、多分、あなたがあいまいと思うのと同じくらい私たちにとって数字はあいまいだし、あなたが数字で表現するのと同じくらい私たちは「アイマイ表現」を分りやすいし、はっきりしていると思っている…と思いますよ。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。貴殿の意見に同意します。
僕の例は不適でした。
以下、たんに聞き流してください。

男同士で、友人と好きな女性の話をするとき。
僕の気心知れたメール知人は、「A子ちゃんはすげーかわいい」「B子ちゃんは、すっごくかわいい」「C子ちゃんはとてもかわいいと思う」などとよく言います。
僕にとっては、友人は誰を一番かわいいと思っているのかわかりません。もしかして友人は若い女性のほとんどをかわいいと思っているのでは、と感じます。
僕は友人のかわいいという表現を信じません。

僕が友人に自分の気持ちを伝えるなら、数値化します。「僕はA子ちゃんがかわいいとおもうけど、上戸彩のかわいさを10、光浦靖子(ブスを個性にしている女優)のかわいさを0とすれば、A子ちゃんは8だと思う。B子ちゃんは7.5くらい。」

もちろん、いつもそういった表現をするわけではありません。自分の気持ちを、友人に正確に伝えたい場面で、そういうことを言います。
しかし、僕と同じような表現をする人がもっと多くてもいいのに、見かけないのが疑問です。

お礼日時:2006/05/13 07:55

たとえば、「最高」という名詞は、「最も高いもの」ですが、「最高に」という形容動詞は、「とてもよいもの」です。

意味が違いますね。

「暑い」という形容詞は、「不快を覚えるほど気温が高い」ということです。10℃でも「暑い」ことはありますし、30℃でも「涼しい」ことはあります。
もっといえば、体調や心理状態によっては、気温など関係なく「暑い」こともあります。
これまた、意味が違います。

また、「100パーセント」という日常語も、「申し分のないこと」という意味もあります。

というように、そもそも、それぞれの日常語では、意味が違います。
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この回答へのお礼

そうですね。おっしゃるとおり、専門用語と日常用語とは意味が違いますね。

なかなか微妙ないいまわしがありますが、
時として、それを詐欺につかわれる場合がありますね。

100パーセント、とは、日常用語では、「ほとんど」のような意味だから、「この株を買ったら100%もうかるよ」と、(営業としてではなく)知人にいうくらいならOKですね。

お礼日時:2006/05/13 07:51

藤田氏のことをあげていらっしゃいますが、全く別物であると捉えています。


気温を正確に知ることと、その気温について貴方がどう感じているのかを伝える事は別です。
人とのコミュニケーションで主に必要なのは正確な数値ではなく、どう感じ・どう思ったか。

「今日は25度だ」と「今日は25度だ、暑い」はイコールではない。
これが分からないと他人との意思の疎通に難が出てきます。(嘲笑されてきたと感じるのもそのためでしょう)
25度だと(正確な数値で)表現することがおかしいのではなく、暑い(感覚)と同じ表現だと思っていることがおかしいのです。

また、「この料理~」「日本人の~」と同列に並べるならば、
「今日の試合は100%の力を出して臨めた」です。事実・結果と激励・希望という差があります。

きっかけである「むっちゃおいしい」「すごくうまい」「サイコーにおいしい」でもそうです。
何番目にというランク付けではなく、平均からみた三段階での評価の言い換えに過ぎません。
目の前に10品目並んだ食事の中で優劣をつけるのであれば、貴方の表現はより正確に第三者に伝えられる言葉ですが。

表現の違いであれば、人それぞれ様々な言い方があって当然ですし、好みはあれど優劣はないでしょう。
しかしながら、適切な意思を伝える言葉を選べるかどうか、人の言葉の意味を受け取れるかどうかは
表現の好みではなく、相手やTPOにより異なります。

理系とか成績がどうのではなく、人として正しく言葉を認識できているかですよ。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
「暑い」という例は不適だったかもしれません。

以下、聞き流してください。

男同士で、友人と好きな女性の話をするとき。
僕の気心知れたメール知人は、「A子ちゃんはすげーかわいい」「B子ちゃんは、すっごくかわいい」「C子ちゃんはとてもかわいいと思う」などとよく言います。
僕にとっては、友人は誰を一番かわいいと思っているのかわかりません。もしかして友人は若い女性のほとんどをかわいいと思っているのでは、と感じます。
僕は友人のかわいいという表現を信じません。

僕が友人に自分の気持ちを伝えるなら、数値化します。「僕はA子ちゃんがかわいいとおもうけど、上戸彩のかわいさを10、光浦靖子(ブスを個性にしている女優)のかわいさを0とすれば、A子ちゃんは8だと思う。B子ちゃんは7.5くらい。」

もちろん、いつもそういった表現をするわけではありません。自分の気持ちを、友人に正確に伝えたい場面で、そういうことを言います。
しかし、僕と同じような表現をする人がもっと多くてもいいのに、見かけないのが疑問です。

お礼日時:2006/05/13 07:45

なんだかとても面白い、というか興味深い方ですね。


個人的にこういった問題提起をされる方は大好きです。

閑話休題。
もうすでに回答が出尽くした感はありますが、私なりの意見を述べさせて下さい。

ご友人のボキャブラリの少なさ…
うーん、確かに憂慮すべきことかも知れませんね。
(もしかするとボキャブラリが少ないのではないのかも知れませんが)

そういった時の曖昧言葉は、おいしさを伝えるための言葉ではなく、
おいしいと感じたんだ!という感動を共有したいがために発する物です。
言ってみればたいした意味はないんですよね。

それと女性に曖昧言葉が多いと言うことですが、それは男女の大きな性差です。
女性の場合は、男性よりはるかに感情の共有を求めます。
そのためご友人の例のような曖昧言葉でコミュニケーションをとることが多いのでしょう。
これはもう脳の作りからして違うので、それはそうと思うしかありません。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
女性がよくいう「かわいい」は、まさに、共有のためですね。

僕は男性の脳なので、「かわいい」に違和感を覚えて、それに反発して、「あのキャラクターのかわいさは10点満点で8だ」と男友達に言いますが、やはり男同士でも浮いた発言になります。
そして、正直、僕には友人が少ないです。
メール友達だけで5人くらい。

僕も幾分かは考えを改めるべきかもしれないですね。
でも、僕はそういった自分の個性(?)を大切にしてきたおかげで、実はある発明をして50万円ほどですが稼いだのでした。

たとえば、自分の発言を、共感型(女性型)にするか、プライド型(男性型)にするか、常に、自分の内面で揺れ動いております。

お礼日時:2006/05/12 15:12

>どうして、もっと正確というか、科学的というか、統計的数字で表現をする人が少ないのでしょうか?




あまり難しくお考えになる必要はありません。
答えは
『そのような表現をする意味が無いから』
です。


しかし、jlglgさんとしては「意味がある」と思っていらっしゃる。
この一般的な視点とのギャップにお悩みだと思うので、その理由について少し述べてみたいと思います。
まず、マクドナルドの前社長が「具体的数値で温度を表現していた」とのことですが、これはあくまで業務の必要性にもとづいてのことです。
ハンバーガーの売上げには気温が重要な要素を占めます。
気温が一度違えばハンバーガーに対する嗜好欲は大きく変化しますから、材料などを準備するためのデータとして重要だということです。
「>経営者としての感覚をとぎすます」という必要性にかられて行なっていたわけです。
つまり、彼にとって気温を数値で表現することは「気温の微妙な変化を体感できるようにする」という意味があったことになります。
ただ、一般人にとって彼と同じような意味、必要性があるかと問われれば私は無いと思います。


では、次になぜjlglgさんは「意味があると思うのだろうか」という点について述べてみます。
他の方へのお礼でも述べていらっしゃいますが、「>できるだけ正確な表現」ということに対するこだわりがあるようです。
確かに世の中はいい加減なことだらけです。
建築屋もいい加減、医者もいい加減、学校もいい加減。
企業もいい加減、役所もいい加減、政府もいい加減という具合です。
このようないい加減なことのために迷惑を被り、被害を受けている人は数知れないほどいます。
これらを是正していくことは難しいことですが地道に足元から固めていく以外に方法はありません。

ところで人間の能力、あるいはキャパシティには限界があります。
本当に重要なことを「できるだけ正確に行なう」あるいは「できるだけ正確に言う」ためには、
『どうでも良いことにはあまり深くこだわらない』
という姿勢が大事です。
そういう意味で、たとえば趣味(あるいは特技)として気温を数値で表現するのは結構ですが、外食産業の社員でもない人までにその重要性を理解させる意味は全く無いどころか、弊害さえ生じることになります。
なぜなら、気温を正確に表現できたとしても何の価値も無いし、正確に表現できなくても誰も何も困ることはないからです。

それにも係わらず、このように不要な正確性に固執する理由は一つしかありません。
jlglgさん自身が、不正確なことに対する過度のコンプレックスを持っているからです。
不正確であることを怖れています。
そのことで非常に辛い体験をしたか、もしかすると恨みをお持ちかもしれない。
しかし、人間は本質的に不正確な生き物です。
自分のことすら正確に表現できないのが普通でしょう。
何しろ本当の自分すら理解していないのが人間というものだからです。
それを許す必要はないでしょうが、まず事実として認めなければ様々な認識を誤ることになります。
いい加減でいいことはいい加減なままに。
曖昧で差し支えないことは曖昧なままにしておくのが良いのです。
そうすることによって初めて本当に大事なことに目を据えることができます。


「気温が何度か」ではなく、「暑く感じる」ということを表現することが大事なのです。
ただ、化学の実験データに関してこのような曖昧さは許されないかもしれません。
「何パーセントか」が大事なのではなく、「少数か殆んどか」という判断だけで済むことも多いでしょう。
ただ、薬の調合などで「少し、たくさん」などという表現はできないでしょう。

「いい加減な表現」と「正確な表現」。
この【使い分け】が大事だろうという結論になりますが、どのようにお感じになられたでしょうか。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
「いい加減な表現」と「正確な表現」、もちろん僕もTPOにおいて使い分けています。

確率の問題というか、頻度の問題というか。。。
僕の気心知れたメール知人は、「A子ちゃんはすげーかわいい」「B子ちゃんは、すっごくかわいい」「C子ちゃんはとてもかわいいと思う」などとよく言います。
僕にとっては、友人は誰を一番かわいいと思っているのかわかりません。もしかして友人は若い女性のほとんどをかわいいと思っているのでは、と感じます。
僕は友人のかわいいという表現を信じません。

僕が友人に自分の気持ちを伝えるなら、数値化します。「僕はA子ちゃんがかわいいとおもうけど、上戸彩のかわいさを10、光浦靖子(ブスを個性にしている女優)のかわいさを0とすれば、A子ちゃんは8だと思う。」

もちろん、いつもそういった表現をするわけではありません。自分の気持ちを、友人に正確に伝えたい場面で、そういうことを言います。
しかし、僕と同じような表現をする人がもっと多くてもいいのに、見かけないのが疑問です。

お礼日時:2006/05/13 07:39

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