ローマ人に征服されるまでのゲルマン人の神の木
ローマに征服されるまで、ゲルマン人は神の木を拝めていました。その神の木はどんな種類の木でしたか?また、それはどの都市にあったと言われていますか(複数か、一本か)?
回答(1件)
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No.1ベストアンサー20pt
キリスト教布教以前のゲルマン民族は多神教であり、オーディン(ドイツ名ではヴォータン)を主神としていました。そして、樫の木を雷神ドールの神木としていました。特定の一本の樫の木ではなく、森の中の大きな樫の木を神木として崇めていたのです。これは、世界に広く見られる「世界木」または「生命樹」に通じるものだったでしょう。「世界木」は世界や宇宙の全体を表わすものあり、また天と地をつなぐものという象徴的な意味を持っています。
この神木崇拝は、ゲルマン民族がキリスト教に改宗させられる過程で、否定されました。ゲルマンの部族のひとつであったフランクを統一したクロヴィスは、496年にカトリックに改宗しました。それ以降、キリスト教はゲルマン民族に広く浸透していきました。
この過程で重要なのは、8世紀の伝道師ボニファチウスです。ボニファチウスは、ドイツの使徒と呼ばれ、ドイツ地方にキリスト教を広めました。ボニファチウスは、この樫の木を、ゲルマン人の目の前で切り倒してみせました。そして、キリスト教の神の力が彼らの神よりも強力であることを示して、改宗させたと伝えられます。
蛇足ですが、クリスマスツリーの起源は、このことに関係があります。ボニファチウスが、異教徒であるドイツの民に、樫の木が神の木でないことを証明するため、樫の大木を切り倒した際、周囲の木々も下敷きとなって倒れたのにもかかわらず、若い”モミの木”が一本だけ倒れずに残っていたのです。それを見た聖人ボニファチウスは「これから私たちは”モミの木”を、幼子(おさなご)イエス・キリストと呼ぶことにしよう。」と言い、キリスト降誕を説いたということで、これがクリスマスツリーの発端になったということです。
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