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イギリス・不文憲法

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  • 質問者:noname#2626
  • 投稿日時:2002/02/12 21:37
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多くの国家が成文憲法を採用している中、イギリスだけは不文憲法を貫いているらしいですね。これはどうしてなのか、疑問に思ってしまいました。ご教授いただけると助かります。m(_ _)m 

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回答(4件)

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  • 回答者:yoshikinz
  • 回答日時:2003/05/22 15:30

回答ではなく、追加の質問ですみません。関連する事なのでこの場をお借りして宜しいでしょうか?nomane#2626さん申し訳ありません。
そこで質問です。成文憲法とはどういう意味でしょうか?国語辞書を引くと、『成文化された憲法』としか出ていません。そこで成文の意味を辞書で引くと『文章にする事』と有ります。イギリスが成文憲法を持たないと言うことは全く文章化されておらず、語り部の頭の中にマグナカルタ以来の法律が諳んじられていると言う意味でしょうか?! そんな訳はありません。必ずイギリスの過去数百年の法律は成文化(文章化)されているのに間違い有りません。それではそれで何故、成文憲法を持たないと言うのでしょうか?アメリカや日本の憲法ができたときのように、国家的・全体的系統化された憲法を成文化しようと言う意図出なく慣習的にその折々に個々の法律が積み重なって成文化されていった故に成文憲法では無いという表現をしているのでしょうか?検索エンジンでその辺の意味を探しましたが、明確な回答を見つける事はできませんでした。はたまた法律と憲法の違いでしょうか?お教えいただけましたら幸甚です。

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  • 回答者:h13124
  • 回答日時:2002/02/22 02:43

まだ締め切られていないようなので、補足です。

 憲法の意味については、

 1 国家の基本構造を決める意味での憲法
   これは、国家である以上どの国にもあります。独裁者がすべてを決めるというのも憲法といえます。

 2 これに対して近代市民社会において、憲法は権力の名宛人つまり国民に対して国家権力が不当に国民の権利自由を制限しないように、国家権力の発動を制限する意味の憲法があります。
 これは、近代立憲主義の憲法です。

 あなたがおっしゃてるのは、近代立憲主義の憲法についてだと思います。

 既にご存じのことかもしれません。蛇足になりました。お許しください。

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この回答へのお礼

どうもありがとうございました。

ともすれば「自らの行動を『保障するもの』というより『制約するもの』」として「法」を捉えがちなもので、「条文化されていない『法』」というものに対して、どうもイメージが湧きにくいのでした。

自分が日本で育ってきたからなのか、秩序に反抗したがる「性質」なのかは解りませんが、疑問に思った次第でした。

  • 参考になった:1件
  • 回答者:h13124
  • 回答日時:2002/02/13 01:43

 イギリスでも、一部の成文の議会制定法があります。権利章典、人身保護法、王位継承法、国会法などがこれにあたります。

 むろん、イギリスが不文憲法をとっているといわれるのは、イギリスの憲法がとくに憲法典という形式をとって存在しないからだと思います。

 イギリスの歴史を観ると、段階を踏んで国民の権利を拡張する方向に進んできたように思います。現在でも国王がいて、法律の制定に関しては、拒否権を有するようです。しかし、これも慣習法上というか事実上行使しないことになっています。

 成文憲法を作ることは、憲法が法律上の最上位にあることを示し、憲法に反する行為は、無効になります。憲法秩序を確かにするのに有効です。他方、状況の変化に応じての柔軟な対応には、不向きです。下手をすれば、革命により憲法秩序が破壊されます。

 イギリスでは、特に成文法でなくてもこのような弊害は、なかったようです。ですから、特に今の状況を変える必要はないと言うことでは、ないでしょうか。

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この回答へのお礼

なるほど。

・理解を深めるためには国の歴史をもっと「知る」こと
・大切なのは過程よりも「今」

ということでしょうか。
そう理解することにします。

どうもありがとうございました。

  • 参考になった:0件
  • 回答者:Zz_zZ
  • 回答日時:2002/02/13 01:11

 新たに成文憲法を制定しなければならないほどの発展途上の
国(日本とか)ではもはや無くなってしまっていて、かつ、膨大
な過去の判例(成文)の蓄積が既に有る(った)ので、中途半端な
成文法は必要無いし、今更、到底、憲法なんて不可能だからで
しょうか。
 

 ご主旨には外れてしまったかも...
 

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この回答へのお礼

ありがとうございました。

ううむ、しかし、納得できるようなできないような。

「民主主義」の歴史の長さからいっても日本と違う、ということで、「法」の重みも違う、ということでしょうか。

  
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