プロが教えるわが家の防犯対策術!

英語力について、留学・在住コンプレックスがあります。
私は、留学、在住経験はないのですが、いつかは、海外部門に行くこと(赴任含む)を夢見て数年来地道(ラジオ、英会話学校など)に、勉強してきました。
その結果、最低限のレベルの英会話力と、形だけの資格(英検1級、TOEIC955等、資格マニアではないですが、一つのモチベーションとして受けました)がある状態となりました。

 しかし、たまに、国際会議等で、海外赴任2年とか、○○MBAとかの方と同席すると、彼らの慣れた様子に、どうしても、気後れを感じてしまいます。

 また、何かの本で読んだのですが、実際住むためには、例えば、
 ・電機、ガス、電話(最近はIP?)等の会社と電話交渉
 ・各種問い合わせ(カード会社、保険会社等)への、電話の機械音声への対応
 ・地元の自動車屋との交渉
などは、実際経験してみないとできるようにならない、とあったりしました。
 また、初めてLAに仕事で行ったときには、
 ・カードの使い方(日本と違いますよね)がわからず、かっこわるかった。
 ・チップについて、うまくできなかった
等、純粋語学力以外の部分でもコンプレックスをもってます。

最近は、通勤中にMDでトレーニングしてても、「どうせ、こんなことしてても、向こうに住んでる人は、毎日、私の数倍の速さで上達してるんだろうな」と思うと空しくなってしまいます。
こんな私に、ご意見,ご助言ください。

A 回答 (6件)

Gです。

 

ちょっと的を射ていなかったようですね。 ごめんなさい。

こう考えてみたらどうでしょうか。 

人間とかく人が出来ることが自分にもできるようになりたい、下手をすると、これが人格まで変えてしまうことになります。 つまり、出来る人(実力を持っている人、実力を持っていると評価される人、自分より出来ると分かっているけど認めたくない人)をひがみ、妬み、自分が出来ることをやるのではなく出来ない人を見下げることによって優越感を感じたり(人と自分を比較していますね)、出来る人を批判することで自分を認めてもらおうとする(これも人と自分を比較していますね)など、精神的におかしいといわれるようになってしまう人もいますね。

他の人はそんなにいい状況にいていいいな、と感じるだけならそのフィーリングをうまく使って自分を向上させることが出来ますね。 しかし、だからと言って、自分のいる状況がどれだけ他の人がほしがっているか(意識的にも無意識的にも)考えたことがありますか?

>「アメリカにいる人は、もっとこんな楽しい、刺激的な思いしてるんだろうな」と。実際、現地に行ったときに、生きた表現に出会うととても刺激的でした。自分は、今(これまでも含めて)、諸般の事情でいきなり英語圏にいくことはできません。

日本にいる人たちのどれだけの人が日本にいることがどんなにすばらしいことか考えたことがありますか? 自分の持っている英語に対する興味が今までどのくらい自分の英語力を手助けしたことか考えたことがありますか?

日本には、学校英語というものがあり、英語というものを待った組につかせてくれない教育方法に負けたしまった日本人がどれだけいることか。 yukinoyadoさんはちがいますね。 生きた英語というものに触れ英語というものを見る目が変わったからこそ今悩んでいるわけですね。 
私流に言えば、学校で教えるべき英語から生きた使える英語(とそれに伴う生活知識と経験)に目が覚めたのです。

しかし、なぜか、アメリカに住まなくてはこれらを習得することが出来ない、と自分に言い聞かせているのです。 このカテでほとんどの常連さんはすばらしい英語知識や経験をつんだ人ばかりで教えたい人がほとんどです。 これらの人たちすべてが外国で生活した人たちだけでは無いでしょう。 

「限られた状況だからこそ最大限の結果を生み出すことが出来る」という言葉をご存知でしょうか。 この言葉を無意識にやってきたのが日本であり日本人なのです。 だからこそ、すばらしい品質の製品が出来るのではないですか? ガソリンが無いから燃費のいい車を作る、韓国や中国が追いかけているからよりいい製品を作る、などですね。

今ではインターネットがあるのです。 いまではDVDがあるのです。 今では多くの外国人が日本に興味があり日本に旅行や滞在に来ています。 日本にいても昔と違い「生きた英語」に触れる機会はたくさんあります。 そう思いませんか?

>私は、欲張りなのでしょうか?

欲張り出なくて何が出来ます? 私なんか欲張りの塊ですよ。 でも、私は劣等感の塊ではありません。 自分のいる状況の悪いところを見て自分を向上させるのは「自分を自分でどう管理していけばいいか」を知ればいいのです。

出来るからやるのではなく出来ないからやる、なのです。 それが出来るように自分をまず持っていかない限り自分で自分の壁を作っていくことになってしまいます。

もうひとつ、自分と他の人を比較するのは無限の行為です。 無限だから無意味なのです。 一日に24時間しかありません。 無意味なことをいつまでもやっていては自分の為にならないと考えられる自分をこの一ヶ月やってみてください。 そういう自分を作ることが今あなたには必要だと私は感じます。 

自分の弱点を見つけ、それをどのようにしたら効率よく向上させることが出来るか、ということは、自分が英語で何をしたいのか、ということをはっきり自分に言い聞かせることもこれからの挫折しない自分を創ることで英語が自分のものになりいつか「2006年の5月の上旬」のことを思い出すことでしょう。

何か取り留めの無いことを書いたようですが、これからの英語と一緒の人生はあなた次第であり、今土台を作り直すときが来たのだと思います。

悩むことで悩むのではなく、悩むことの有意義性のことについてはまたの機会にしますね。

雪の宿を楽しめるあなたが幸せだと私は今回新潟と長野へ行って感じました。 でも、私以上にあなたはこの表現を刺激的で「いいな、日本にいたら出来るのに」と感じます。 こう感じることは雪国の人は出来ないでしょう。 よって、そう感じことの出来る私も幸せだと思いますよ。

ではまた。 
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この回答へのお礼

有り難うございます。見ず知らずの(当たり前ですが)、方にこんなにご丁寧な回答頂いて恐縮です。そして、なにより、この一ヶ月、せんなきことは考えない自分をやってみます。比べ出すときりがない、、、。
ご助言の通り、問題の本質は英語力でなく、私の考え方ですよね
そして限られた状況だからこそ、どん欲になれますよね。確かに手段はたくさんあります。がんばってみます。
とても勇気づけられました。
本当に有りが等ございます。
帰国されても、何卒ご自愛ください。

お礼日時:2006/05/24 17:25

yukinoyadoさんの悩みは、現地に行けば解消するようなことばかりですよね? 現地に行って半年もすれば全てクリアーするのではないでしょうか? 英語力と行動力があれば、1年ぐらいで彼らに追いつけると思います。

だから海外生活における慣れに関しては、そんなにコンプレックスを抱く必要はないと思います。人間としての中身や仕事上の技術を磨けば、どこへ行ってもどうどうとわたっていけると思います。

現在、ネイティブの人との会話はあるのでしょうか? ネイティブの友達を作って会話を楽しんでいれば、そんなにコンプレックスを感じることもないと思うのですが。それこそ、その友達にアメリカの文化・様式等を聞いてみてもいいし。
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この回答へのお礼

有り難うございます。
そうですね、なんとか機械を作って滞在することも考え中です。
こんなに、引きずるならと思ってました。
とりあえず、ネイティブの友達、目指します。

お礼日時:2006/05/24 17:27

語学留学および海外駐在経験者です。



TOEIC955あって、ご質問のような内容を感じておられるということは、これは語学の問題よりも、コンプレックスや実践に関しての心構えの問題のように思えます。
私なんかTOEIC800超えたころから、かなり自信がついていましたし、それ以前の低い点数の頃から、日本国内でも、ネット時代になってからはチャットなんかでも、たくさん友達を積極的につくっていました。

さらにいうと、最初に語学留学したロンドンでは、ホームステイがあわず自分で不動産屋に4~5件1人で飛び込んで、単身フラット(アパート)を探していました。
当時はネットはなかったので、前払い金のシステムなどは、日本人同級生なんかから仕入れていました。
そのころの英語力は、後の日本でうけたTOEICの点数を考えると、たぶんTOEIC点数は400点台しかなかったと思います。
それでも、やっていましたしできました。そしてそれが自信につながっていました。

基本の英文やボキャブラリは体にしみついていると思いますので、あとはそれを使う(つまり人と会話する、口に出す)状況を、日本でもどんどんつくることだと思います。
それが自信につながりますし、日本にきている英語圏の人が、日本でガスや水道をどうして調達したか、アパートやバイクをどうやって手にいれたかを聞けば、「なーんだ、日本語ができない彼らでも、できるじゃないか」と思えるようになると思います。

そういえば留学の前にオーストラリアへ単身で言ったとき、シドニーでバスにのっていたのですが、ホテルの前の降りるべきバス停で降りなかったことに気がつき、走り出したときに「変なアジア人」「馬鹿な日本人」ともおもわれるような大声で、そのバス停名を叫び続けたのを思い出しました。
当時は、英語ができなかったので、バス停名を叫ぶしかなかったのです。
運転手は、降り損ねたときがついたのか、すぐに止めてくれました。

カッコ悪いことはあるかもしれませんが、ヘンにかっこつけて問題を大きくするより、目的を達するほうがいいと考えていましたよ。
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この回答へのお礼

有り難うございます。
そうですね、まずは国内で積極的に機会(特に「話す」)機会を持っていこうと思います。そして、機会を見て、旅行ででも渡米し、「なんとかなる」経験を積んでいこうと思います。

お礼日時:2006/05/24 17:27

アメリカに37年住んでいる者です。

 私なりに書かせてくださいね。

英語が出来、英語で生活しているアメリカ人手どのくらいいるか知っていますか? 日本の2倍以上です。 つまり、英語ができるからと言って「すごい」と言うものではないはずなのです。 つまり、出来るだけじゃ日本人の人口の2倍以上の人がアメリカにはいる、と言うことなんです。

それよりも自分と言うものがどういうものであるか、どのように「生きていることへの証明」をしているか、どのような自分を創っていくか、と言うことなんです。

アメリカ人だって、チップのことを良く知らない人だっています(日本人だって旅館に泊まったらどれだけの金額を仲居さんにいつ上げたらいいか熟知している人いますか?) カードの使い方だってそうです。 そんな事言ってたらきりが無いですよ。

次の文章を身につけてください。

1)知っていることより知らないことの方が多い。
2)知らないと分かった場合知るようにする
3)知っているからと言って優越感を感じない
4)一つ一つのことについて自分より上の人もいるし下の人もいる
5)その一つ一つは何兆億という数になる。 それ一つ一つに上も下もある
6)知らなかったと言う事を知った喜びを感じるように自分を創る
7)自分に知識・経験をつめるのだと言う自信を持つ
8)楽はしない
9)昨日より今日、今日より明日が良くなることへの意欲をもつ
10)いつか必ず、を起こさせるために何をしたらいいかを知る
11)試験結果=実力ではないことを知る

もっと書きましょうか? もう分かりますね。 人と自分とを比べることがどんなにばかげたことなのか、どんなに壁となってたちふさぐのか、比べるものは昨日の自分と今日の自分、今日の自分と半年後の自分、つまり、自分の向上を求めるだけでいいのです。 求めると言うことは「夢を持つ」と言うことでも「夢を追いかける」でもありません。 有名歌手・俳優・スポーツマンより私に出来ることはたくさんあります。 でも、彼らの出来ることと私を比べると言う具の骨頂な事はしません。 私の出来ることは私が出来るのです。 
 
夢を掴むために何を自分に作り、どうやってそれを自分の為に使うか、なのです。 達成は自然に来るものなのです、追うものではありません。

モチベーションが何故ここアメリカと言う実力主義社会で必要とされているのか、それは、モチベーションがすべての「岩の」土台だからなのです。 試験でいい点を取るなんていうことに自分を「痛める」事は結局砂の城を作るのと同じなのです。

英語を身につけたいのであれば、テストなんて受ける必要なんて無いわけです。 テスト自信が実力を測れるわけじゃありません。 テストとはテストを受けるためにあるものだと割り切ってください。 それ以上のものは無いはずです。 TOEIC満点で英語を使いきれないということは何を意味するのでしょうか。 お分かりですね。

しかし、今の日本では「足元を見た商売」が英語を習得したい人たちからお金を吸い取っています。 

>初めてLAに仕事で行ったときには、
 ・カードの使い方(日本と違いますよね)がわからず、かっこわるかった。
 ・チップについて、うまくできなかった
等、純粋語学力以外の部分でもコンプレックスをもってます。

英語だからこのコンプレックスを持つのですか? 日本にいて、出来なくてちょっと恥ずかしいと思ったことは無いと断言できるのですか? 私は今日本に今週中いますが、何もかも出来ない状態です。 できないからと言ってこんぷれっくはまったく持っていませんし恥ずかしいとも思いません。 ただ、そのことについて知らなかった、と言うだけのことです。 そして、「今は知っている」のです。 お分かりですね。 知らないと言う意事を知る喜び、と書いたことが。

街中でインターネットを使いたい時自分のノートパソコンを使いたい時どこにいけばいいか「裏技」を知っていますか? 漫画喫茶、と言うものの存在を私は今日の今日まで知らなかったのです。 インターネットカフェではなく漫画喫茶です。 無線ランの会員になるには短すぎる滞在なのです。

英語が出来る人がすべてアメリカなどで生活したり生活しているとは限りません。 むしろ少ないでしょう。 留学生はどうでしょうか。 1年半も居て英語が使え無い学生があるのに何か非常に自然に感じるのは何故でしょう。

一歩右でも左でも足を目的地に向かって出すと言うことはそれだけ「一歩近づいた」と言うことだけを認識するのではもったいないのです。「いくべき方向を知り」「長い歩き旅に今から精神的に挫折せず」「自分はそこへ到着するんだと言う自信を造り、養い」「自分の向上能力に自信を毎日の少しの達成によって認識する」事など、生まれて何も出来なかった自分が今まで気がつかないうちに何万兆という数の事ができるようになったのです。

カードのことやチップのことでコンプレックスを感じると言うことは「自分の今までの向上を認識していない」ということ以上のものではありません。 ただその経験がそのときまでなかったというだけじゃないですか。 英語関係だからというこだわりがあるとしたらそんなの捨てちゃいなさい。 自分は出来る、お前は出来ない、という人たちにならないようにすればいいだけです。 なぜって、いつか必ずそれらの人を追い抜くからですね。

さて、私の時間調整が終わりましたのでこれで一応終わりにしておきますね。 私が今ここ日本で始めて経験していることを私のものとして受け止め、身につけていることをちょっと考えてみてください。 「昨日を俺より今日の俺」を作っています。 一緒に作りませんか?

これでいかがでしょうか。 分かりにくい点がありましたら、補足質問してください。
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この回答へのお礼

早速、ご丁寧な回答有り難うございます。
そうですね、人と比べたらきりがないですよね。
自分は自分で、一歩一歩。
考えてみると、コンプレックスというか、羨望な気がします。
私は、一人で、ぼちぼちやっていて、新しい気の利いた表現とかを覚えることがとても楽しいです。(たぶん、それが今まで続けてこられた原動力の一つだと思います)
確かに、進歩の喜びを感じてます。
でも、ここで、比べちゃうんです。
「アメリカにいる人は、もっとこんな楽しい、刺激的な思いしてるんだろうな」と。
実際、現地に行ったときに、生きた表現に出会うととても刺激的でした。
自分は、今(これまでも含めて)、諸般の事情でいきなり英語圏にいくことはできません。
私は、欲張りなのでしょうか?

お礼日時:2006/05/23 21:42

#1です。


ごめんなさい、一家言なーんて書いてしまいましたが、
劣等感とコンプレックスをごっちゃにしていたかもしれません!
「劣等コンプレックス」という言葉もあるのだった・・・。

カテゴリ違いかもしれませんが、コンプレックスとは? というのを調べてみると、興味深いかもしれません。
まあ多少は誰でもあるものなので、しょうがないんですけどね。

http://yukitachi.cool.ne.jp/column/c006rettokan. …
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%B3%A5%F3%A5%D7 …
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4004120 …

コップに水が半分入っているのを見て「半分しか入っていない」と思うか「半分も入っている」と思うか、とかいうのもよく言いますね。

英語力が低かったり経験不足で仕事で支障が出るなら具体的に現実的に問題があって、改善が必要ということですが、そうでなければ、仕事には支障ないということ?

コンプレックスというより、羨望とか。
劣等感とか。。
自己分析してみてなんとなく理解して、それですっきり解決できるかというとそうとは限らないのですが、自分の居心地悪さにぴたっとはまる言葉を見つけられると、ふっとラクになる場合もあります。
ああ、そうか、と。

>「どうせ、こんなことしてても、向こうに住んでる人は、毎日、私の数倍の速さで上達してるんだろうな」と思うと空しくなってしまいます。

これも人によるみたいですけどね。
留学すれば、外国に住めば英語がすごくできるようになるというのは神話でしょう?
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この回答へのお礼

有り難うございます。
仰られてみれば、問題の本質は、英語力以外のところにあるような気が。
考え方。
ご紹介頂いた、本、HPゆっくりチェックしてみます。

そうですね、羨望感は強いです。(鋭い)過去、アメリカに行ったとき、とほほ、もありましたが、自分の英語を使えたのは純粋に楽しくて仕方なかったです。そんな思いをできる、そしてしてきた海外赴任、留学経験者への羨望感が、→競争心→でも、なんか負けそう→コンプレックスとなってるような気がします。
あとは、なんだろ、もう少し考えてみます。
でも、「やりたいことにフォーカス」、いいような気がします。

最近、日本代表の福西を応援しています。海外経験なくったって、レギュラーとったし。

お礼日時:2006/05/23 21:40

素晴らしいですね。

国際会議に出席できるなんて。。。
形だけでも持ってない(取れない)人は多いですよ。
私なんかTOEIC745点ですよ。

>などは、実際経験してみないとできるようにならない、とあったりしました。

まあそれはそうでしょうね。
日本であれ外国であれ、何かに慣れるには実際やってみないと。

チップは、何度も観光旅行している人なら初めて仕事で行く人より慣れている人もいるのではないでしょうか? ビジネスで使えるほど英語が上手くなくても。

観光旅行ですら、かっこ悪いものです。
(旅行のトホホは話のネタになるからいいんですけどね・・・)
個人旅行経験はおありですか? 休暇を取って海外旅行するだけでも、トホホ気分は味わえますので、可能であれば旅行なさっては。
生活するのとは全然違うでしょうけど、クレジットカード支払い? チップって? というのはついて回ります。

TOEIC700点台って、英語が不得意な人から見るとすごいのですが、英語のできる人の中に入ったらかなり半端で未熟ですよね。
「教えて!goo カテゴリ英語」なんか利用していると、尚更そうです、ちゃんと理解して使える人が多いから。

それなのにこのように怖いもの知らずで書き込んでいるのはなぜか?というと、たぶんあまりコンプレックスがないからなのでしょう・・・。
全然気にしていないとは言いませんけど。

上を見ても下を見てもキリがない・・・と俗に言いますが、上だけでなく、たまには下や横も見てみてはどうでしょうか。
それと、コンプレックス(複合)というのは実際のできる・できないには直接関係がなくて、本人が気にするか気にしないかです。
留学・在住経験があっても、ネイティヴスピーカーへのコンプレックスがある人がいるかもしれない。
これもまたキリがないですね。

しかし、今はスマートに行動している(ように見える)人たちも、最初は不慣れだったのでは?

自分は何をしたいのか?
他の日本人と慣れ具合を比較したいのか、英語を使って仕事をしたいのか。
「やりたいこと」にフォーカスするといいんじゃないでしょうか。

わたしみたいのが言うのもおこがましいですけどね(^^;
でもコンプレックスについては一家言あります。
要求水準が高い、理想が現実の自分と離れすぎている、他人がとても羨ましい、自分が苛立たしい、など。
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