渡世人の旅がらすと関所
歯牙ない渡世人の旅がらすは関所はどうやって通ってたのですか?関所のあるところは行かなかったのですか、通行手形をそう用意してるとは思えないのですが実際はどうなんでしょう。
回答(3件)
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No.3ベストアンサー10pt
江戸時代の庶民の書いた旅日記をいくつか読みましたが、
関所近くの旅籠では、なにがしかの謝礼を渡すと、
抜け道を案内してくれたそうです。
お武家さんや渡世人は分かりませんが、
庶民には関所はそれ程の障害ではなかったようですね。
この回答へのお礼
抜け道もあるのですね、どうもありがとうございます。
補足すれば、関所破りは重罪で、捕まれば磔になります。
しかしながら、箱根でも裏番所5箇所を合わせた磔は、250年間に6名のみ。
実際には道に迷ったという方便で、よほど悪質でなければ、先に書いたように阿吽の呼吸で許して貰ったようです。
http://homepage3.nifty.com/yoshihito/henro-sanpo …
このページにはいろいろ面白い裏技が載っていますよ。
この回答へのお礼
ためになるサイトありがとうございます。
No.1ベストアンサー20pt
渡世人は無宿者と呼ばれ、人別帳から削られましたから、通行手形はありません。
関所は通れないので、裏街道というか、関所の無い街道を通ることになります。
また関所も全ての人間を取り締まった訳ではなく、例えば箱根の関所では
「すっぽんの 首を関守 見て通し」という狂歌がありますけど、これは抜け参り(奉公の少年たちが家出して伊勢神宮に向かう)時に、着物のすそをまくると、男性のシンボルが見えるので、関守も男なら通ってよし、となるわけです。
芸のあるものは「芸能人特権」で、芸を見せれば手形の代わりになりますし、近在の百姓は当然顔パスです。
このように意外と関所も通れるものだったようです。
尚、粋な例として「追い返し」というものがあります。
手形の不備で、関所を通さないのですが、江戸から来た女に
「ここを通すわけには行かない。諦めて引き返せ。」と西側の門を示す訳です。
つまり、関守が東から来た女を、とぼけて西から来たということにして、報告書にも「手形不備の女が西から来たので追い返した」と書いておきます。
お芝居では出てきますが、実際でも記録には無いですが、できるだけ罪にならないように計らった役人もいたようですから、或いは・・・・。
この回答へのお礼
そなんですか、意外と甘いところもあったのですね、参考になりました。
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