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私は浄土真宗を信仰している者です。私は自分の信仰している浄土真宗はすばらしい宗教だと考えておりますが、中国や韓国の靖国神社に対して非難する態度を見ると、複雑な気分になっています。もしも戦犯に浄土真宗の者がいたとして、その戦犯の被害者の遺族を前にしたときに私は「戦犯は地獄へ行っておらず極楽へ行っております」と言うと思います。私は「南無阿弥陀仏と唱えれば、どのような悪人でも極楽へ行けるのだから、極悪人でない私は間違いなく極楽へ行ける」という点に感動し、浄土真宗を信仰しております。浄土真宗は15世紀には「進者往生極楽 退者無間地獄」という旗を掲げて戦い、20世紀にも侵略戦争に協力していたことは承知しておりますが、そのような過去があろうとも浄土真宗の教えはすばらしいものだと考えております。私は中国や韓国と仲良くしたいと思っておりますし、なおかつ自分の信仰心も捨てたくないと考えております。願わくば戦犯に浄土真宗の信者がいなければいいのだが、と思うのみです。戦犯の中に浄土真宗の信者はいなかったのでしょうか?

A 回答 (8件)

巣鴨プリズンの初代教誨師、花山信勝氏は、ご承知のように浄土真宗の僧侶兼学者です。


氏が回向した34名の戦犯刑死者のうち、ただひとり広田弘毅元首相が浄土真宗の法名(戒名)を拒否したのをのぞいて、全員が「光寿無量院釈」の院号を授けられています。

なお、A級戦犯のなかで、私が知る限りの宗派は以下の通りです。

板垣征四郎:法華宗
土肥原賢二:神道(家族には神道は捨てろと遺言)
東条英機:神道(A級戦犯のなかでは、板垣とともに最も熱心に花山氏から仏教講話を聴いたといいます)
広田弘毅:花山氏から「その悟りは真言宗から得たのか?」と問われ、そんなようなものだと答えたといいます。 
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この回答へのお礼

ご回答いただきありがとうございます。
東条英機だけではなく、多くのA級戦犯が浄土真宗の教えによれば極楽へ行っていることになるのですね。詳細を教えていただきありがとうございました。

お礼日時:2006/07/01 16:10

A級戦犯の東条英機は巣鴨プリズン教誨師の西本願寺派の僧侶、花山信勝の影響で浄土真宗に帰依するようになり、処刑されるときは刑場まで歩く際に何度も南無阿弥陀仏と唱えたそうです。

(参考文献:いわゆるA級戦犯 小林よしのり作 幻冬舎)
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この回答へのお礼

ご回答いただきありがとうございます。
そうですか、東条英機は極楽へ行っていることになるのですね。

お礼日時:2006/07/01 15:58

筆が走りました。



>真宗の教えから言えば、戦犯が門徒ではなくても、彼等は極楽に行っているはずですから、

これは、ちょっと教学上微妙な点もありますね。でも、念仏は、仏との信心取引ではありませんからね。
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この回答へのお礼

ご回答いただきありがとうございます。
cyuubu-n様のご回答を読ませていただくと、私が考えている中国や韓国が靖国神社参拝を批判する理由について私とは少々異なる見解をお持ちのようですので、私が考えている中国や韓国が靖国神社参拝を批判する理由について説明させていただきます。まず第一に靖国神社は神道を信仰する人の侵略戦争における精神的支柱となっていた、第二に靖国神社はA級戦犯を祀っている。この第二点は第一点よりも重大な問題である。2005年11月15日にAPEC(アジア太平洋経済協力会議)出席の為、韓国・釜山を訪れている中国の李肇星外相は「ドイツの指導者が ヒトラーやナチス(の追悼施設)を参拝したら、 欧州の人々はどう感じるだろうか」と批判しております。靖国神社と浄土真宗と比較すると、侵略戦争における精神的支柱となったものは浄土真宗信者にとっては捻じ曲げられた親鸞の教えであります。18penkichi様の回答から分かりましたが、東条英機は極楽へ行っており、浄土真宗信者は東條のいる極楽へ往生することを望んでいる。つまり、cyuubu-n様がお考えの理由で中国や韓国が靖国神社参拝を批判している場合は分かりませんが、私が考えている理由から靖国神社参拝を批判しているのならば、似た理由から靖国神社参拝反対という主張は浄土真宗信仰反対に行き着くと思います。

>でも、念仏は、仏との信心取引ではありませんからね。

阿弥陀如来は「私が仏になることができても、四十八願が一つでも成就しないならば、私は絶対に仏とはならない。」との誓いを立てました、その四十八願の18番目の誓いが「どんな悪人でもかまわない。心の底から私を信じ、極楽浄土に生まれ変わりたいと願う者がいて、わずか十遍でも『南無阿弥陀佛』と私の名号(みょうごう)を唱えたら、その者を必ずこの浄土に生まれるようにしたい。」という誓いです。 念仏は仏との信心取引かどうかは返答しかねますが、「南無阿弥陀仏(『阿弥陀仏様にお任せします』という意味)」という念仏を唱えることは浄土真宗信者にとっては確実に極楽へ往生できることを意味するものです。

お礼日時:2006/07/01 15:55

>彼等は、戦犯の生前の宗派などは気にとめてないでしょうし、どういうわけで



>でも、ことさらに「戦犯が」極楽に行っている、と言えば彼等の不況を買うでしょうが、

ここに書いた「彼等」は、中国韓国の人達、のことです。
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戦犯の菩提寺宗派は、なかなか分からないと思います。

東条家は曹洞宗のようですね。

http://www.melma.com/backnumber_108241_3197210/

A級戦犯については下記。

http://ja.wikipedia.org/wiki/A%E7%B4%9A%E6%88%A6 …

A級戦犯だけでもこれだけの方がおられますので、日本最大宗派の真宗門徒がいない、と考える方が無理があるような気がします。B,C級にまで広げれば確実にいるでしょう。

真宗の教えから言えば、戦犯が門徒ではなくても、彼等は極楽に行っているはずですから、もし聞かれれば極楽に行っていると言わなくてはいけない点では同じではないでしょうか? 彼等は、戦犯の生前の宗派などは気にとめてないでしょうし、どういうわけで戦犯の宗派が問題となると質問者様はお考えなのか分かりませんが、もし聞かれれば同じように極楽に行っている旨は言わないわけにはいけませんでしょうね。

でも、ことさらに「戦犯が」極楽に行っている、と言えば彼等の不況を買うでしょうが、わざわざ戦犯を取り上げず、「あらゆる人は極楽に行っている」と説明されればそれ以上の説明はいらないと思いますが・・・。ただ、それでもあえて聞かれれば、極楽へ行っていると言うしかありませんね。でも、靖国に祀られている戦犯は神や仏になっているという説明への反発は、浄土真宗への反発にそのまま直結するものではないと思います。

靖国が批判されるのは、日本の論者からは、中国の政治的駆け引きと言われ、中国からは日本の挑発だと、あるいは死んだ人を仏とする日本文化と、許さない中国文化との違いだとか、いろいろな説明はつけられますが、とりあえず複雑で感情的な意見も多いので、信仰や文化の問題に絞るとして、それでも質問者様の信仰問題とはちょっと違うのではないですか?

靖国は、「あらゆる人」を祀ってますでしょうか?
日本側にも言い分がありますから、戦争で死んだ兵隊を差別なく祀るという趣旨だとは思いますが、死んだ人をすべて分け隔てなく祀っているわけではありません。その部分がさらに問題を複雑にし、中国の反発を招いているという面もあるのでしょう。

何をどうしても文句をつける中国であり、中国の策謀という意見が多いようですが、とりあえず彼等の言い分に沿って考えてみると、死んだ人はすべて仏として祀るという日本側の言い分は文字通りではないですよね。基本的に戦争で日本のために死んだ人だけですね。自国のために死んだ人を祀るのは国家として当然かもしれませんが、仏になったからというのは、後からの理由付けに見えるでしょう。日本側の本音を言えば、仏になってもならなくても、日本のために死んだ人は祀りたいというのが本音ではないでしょうか? 中国側が、日本のいう死んだ人は仏という説明に、納得いかないものを感じるというのは、この部分に関する限りは分かります。

でも、そこは浄土真宗の極楽往生とは違いますよね。
浄土真宗では、敵も味方も善も悪も、文字通りあらゆる人が仏となっているわけですから、兵隊を分けて取り出すこともありませんし、彼等も浄土真宗の宗旨と趣旨は分かるのではありませんか? 浄土真宗が、旧軍人かつ戦死者専用のお寺を建てて、彼等も仏だとか言い出したら、靖国に感じているような反感を抱くかもしれませんが。普通に考えて、そんなことしないでしょうしね。

この問題は首相参拝や中韓の政治的駆け引きと、純粋に宗教感情や文化の衝突ではないからややこしいのですけど、そういう国家や政治の場を離れれば、個人レベルではもっと話を分かってくれる人も出てくると思います。中国にも仏教はありますから、死んだ人間を許すという考えは、主流とならないまでも、そういう考えが宗教的信条としてありえるという考えをある程度の知識がある人なら理解してくれると思います。

真宗は戦争の反省と人権問題では、他の宗派よりかなり盛んですが・・・一番戦争に乗っかったのも真宗だし、変わり身が早いというか、時流にさっと乗っていたことはあなたならよくご存じですよね。今度は、民主主義の時流に乗っかっただけじゃなければいいのですが・・・なんだかうさんくささを感じてしまうのです。もっと長い目で真宗の動向を見たいと思っています。
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若輩者である私がこういうのも不躾だとは思うのですが…『願わくば戦犯に浄土真宗の信者がいなければいいのだが、と思うのみです』というのは、少し…なんというか、危ういのではないでしょうか。


浄土真宗の方がいなければ、それで安心できるのか。もし居れば、あなたの信仰が揺らぐのでしょうか? また、昨今は眉をひそめるような凄惨な事件がおきていますが、もしその犯人が浄土真宗の信者であれば、あなたはどのように判断なさるのでしょうか?

あと、一括りで『戦犯』といっても、B級・C級の戦犯の中には、言いがかりに近い理由で処刑された方々も多くおられます。乏しい食料の中、ごぼうを捕虜の食事に出したら「木の根を食べさせた(=捕虜の虐待だ)」という理由で戦犯として処刑されたとか、亡くなった捕虜の遺体を火葬したら「虐待の証拠を隠滅しようとしたに違いない」と言われ、処刑されたとか。何しろ勝った者がそれまで戦っていた『敗者』を裁くわけですから、仲間が殺された恨みもあるでしょうし、この手の話は珍しくないわけです。こうして処刑された『戦犯』の中に、浄土真宗を信じる方が居られたら、あなたはどのように思いますか?

最後に。
中国や韓国では、悪人は死んでも悪人です。処刑されたからといって罪が許されるわけではなく、悪人は死後、墓を暴かれて唾を吐きかけられても当然、という価値観が広くあります。しかも『悪』の基準は後の評価によって決められる部分も多々あり、そのときの最善を選んでいても、後にそれが『悪』と断じられれば、それで決まりなのです。中国の岳飛と秦檜なんてその典型ですね。
「悪人正機」や「人間は皆死んだら仏になる」という考えと、根本的に違いますからねえ…。
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この回答へのお礼

ご回答いただきありがとうございます。a-koshino様へのお礼とかぶる箇所があるかもしれませんが、ご容赦ください。
>浄土真宗の方がいなければ、それで安心できるのか。もし居れば、あなたの信仰が揺らぐのでしょうか?
信仰心は揺らぐことはありません。ただ、もしも、戦犯の中に浄土真宗の信者がいた場合、私は中国や韓国の方々が「悪人は死んでも悪人」という考えを持っていることを知りながらも「戦犯は極楽へ行っている」と言わざるを得ません。これではおそらく両国との友好関係を結ぶのは難しいと思います。この場合、二つの選択があります、「信仰心を優先する」という選択と「友好関係構築を優先する」とう選択です。もしも、私が中国や韓国でで仕事をするようになれば、後者の立場を取らざるを得ないでしょうが、今、私は中国人や韓国人相手の仕事をしているわけではないので、私の中で優先順位の高い「信仰心」を選択します。どちらを選択するかは個人によって異なると思います。私の場合は信仰心を優先するがために、中国や韓国の方との友好関係構築はあきらめざるを得なくなるのではないかと考えております。しかし、戦犯の中に浄土真宗の信者がいなければ、反省すべきは宗教を捻じ曲げて戦争協力したことだけであり、戦犯は極楽に行っていると言わなくてよいので、中国や韓国の方と話をするときに相手を刺激せずにすむのではないかという、いささか虫のいい期待をもって質問させていただきました。

お礼日時:2006/07/01 00:42

御質問の趣旨から判断して、「誰々が浄土真宗の信者でした」という回答には意味がないようですので、私見を述べさせていただきます。


個人の場合、信仰だけがその人の行動を決めるわけではありません。戦犯とされた人の心の拠り所が念仏であろうと、法華経であろうと聖書であろうと、それはその人個人の内面であって、宗教に責任があるとは言えません。
浄土真宗の場合、戦争中に国家神道と同様の戦争協力を行ない、国家神道と矛盾しないよう、親鸞の教えを捻じ曲げた事実があります。戦争中の真宗教団は、靖国神社と同化しようとしていたのかもしれません。
戦争責任については、真宗教団も公式に認めておられるようなので、教団内で情報を集めた上で、戦争との関わりについて御考えを深めるのがよろしいのではないかと考えます。

参考URL:http://www.ccv.ne.jp/home/rmk/seitensakujyo.htm
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この回答へのお礼

ご回答いただきありがとうございます。
>個人の場合、信仰だけがその人の行動を決めるわけではありません。戦犯とされた人の心の拠り所が念仏であろうと、法華経であろうと聖書であろうと、それはその人個人の内面であって、宗教に責任があるとは言えません。
このように中国や韓国の方が考えておられるのならば、靖国神社参拝を反対しないのではないのでしょうか。全員とは言いませんが、国家神道や仏教を利用し、国民を鼓舞し、国家神道や仏教に対する信仰心から軍国主義に洗脳させられた人もいるのではないかと思われます。もちろん、純粋に宗教に対する信仰心のみで行動した人は少数だとは思われますが、宗教を利用して戦争を行ったことに対しては反省する必要があると思います。ただ、反省するといっても、浄土真宗の教えにより、念仏を唱えた人たちは阿弥陀如来により一人残らず救済されていると私は主張することはやめられません。しかし、中国や韓国の方は死んだ後も悪人は悪人という考えを持っています。もしも、戦犯に浄土真宗の信者がいなければ、反省すべきは宗教を捻じ曲げて戦争協力したことだけであり、戦犯は極楽に行っていると言わなくてよいので、中国や韓国の方と話をするときに相手を刺激せずにすむのではないかと思います。

お礼日時:2006/07/01 00:41

浄土真宗の教えは立派だと思いますけど、太平洋戦争は日本の中国・朝鮮半島に対する侵略戦争ではありません。



日本が植民地化され奴隷化されるのに抵抗した祖国解放戦争です。

浄土真宗と日本史を勉強されているなら、「三国一」という言葉を知っていますか? 日本、中国、印度です。印度はイギリスに植民地化され、中国もイギリス、ドイツなどに割譲されていたわけです。香港はつい先頃まで植民地だったんですよ。
ベトナムはオランダの属国だったし、東アジアで植民地化されていなかったのは、タイと日本だけだったんです。

中国・韓国の反日運動は、かれらの政治的目的が主眼にあることを知らなくてはなりません。南京市の壁の修復なんて、日本軍が壊したのではなかった(毛沢東の紅衛兵)だったのに、日中友好協会とNHKが日本軍が壊したと宣伝して高校生の修学旅行などを送り込み、不勉強の学生に贖罪意識を植え付けたことなんて知ってますか?
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この回答へのお礼

chinatsu1984様は日本は侵略戦争はしていないと主張しており、私と異なる見解をお持ちだとお察しします。ただ、私は自分の考えを啓蒙しようとは考えておりませんし、chinatsu1984様の考えに賛同はいたしかねますが、一意見として尊重しようと思います。

お礼日時:2006/07/01 00:42

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