偉人や偉大なエピソードなど無いんでしょうか??
阪急電鉄の小林一三や東京急行電鉄の五島慶太などは高校の日本史の教科書に載るほど有名らしいえすが現在の日本一の私鉄である近鉄にはそんな偉人や偉大なエピソードなど無いんでしょうか??あったら是非聞いてみたいです。(近鉄沿線住民より)
回答(4件)
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No.4ベストアンサー20pt
人のことはあまり知らないけど、前身の参宮急行は2200系と言う歴史に残る名車を有していました。昭和5年に当時私鉄最長の青山トンネルを開通させ、大阪上本町~宇治山田間137kmを当時としては驚異的な2時間半で結びました。宇治山田の駅は今ではだいぶくたびれちゃったけど、それでも戦前の栄光をしのばせる雰囲気があって、降りるとぐっときます。
その頃は、阪急もデイ100(当時は新京阪)と言う名車を有していて、国鉄と並行する大山崎付近では超特急「燕」も歯が立たなかったと言う伝説が残っています。
概して東京の私鉄は、電車の性能よりも、東急の五島や西武の堤のように政争に明け暮れたトップが多く、有名人は輩出させてるかもしれんけどあまり感心せんですね。私は、技術で真っ向勝負してきた関西の私鉄の方がはるかに好きです。
近鉄と言えば、前身の「大軌」の社長だった金森又一朗氏も有名です。主なエピソードとしては、奈良線開通後資金繰りに苦労し、生駒聖天の賽銭をあてにした話、現大阪線による伊勢直通のための地元会社の合併、新会社設立、伊勢電気鉄道との対立と合併による名古屋への乗り入れなどです。このあたりの話は「東への鉄路」と言う本で紹介されています。また、下に出ている佐伯社長の有名なエピソードはなんといっても改軌準備中だった名古屋線が伊勢湾台風により被害を受けた為、一気に改軌を行ったことでしょう。この時のトップは佐伯氏だったはずです。
No.2ベストアンサー10pt
長年、近鉄のトップを務めた佐伯勇氏は、関西財界では
大きな存在感をもった人物でした。近鉄バファローズの
オーナーだったことでも知られています。近鉄で佐伯氏の
影響力は絶対的で「 佐伯天皇 」の異名も持っていました。
日中国交回復にも一役買った、超大物の財界人です。
ただ、近鉄が路線では関西最大ではあるものの、キタは
阪急、ミナミは南海のお膝元であったことから、どうしても
存在感が薄かったのは事実です。そのために、どうしても
知名度で劣ってしまうのだと思います。
実際、近鉄グループにはバファローズ、OSK 歌劇団、
近鉄百貨店、花園ラグビー場、近畿日本ツーリストなど、
東急や阪急が持っているものはほとんど揃っていました。
さらには大手運送会社の福山通運や、航空輸送で世界レ
ベルの近鉄エクスプレスもグループ企業です。
しかし残念ながら、どの企業も業界トップにはなって
いないんですね。関西財界の規模が小さいこともあって、
関西企業で有名になるには松下のように業界トップにな
るしかありません。しかし阪急には野球・演劇・百貨店の
いずれも敵わず、唯一勝っている旅行代理店では、社員に
近鉄グループという意識がありません。
そのため、近鉄という企業( グループ )自体に脚光が
浴びることが少なく、佐伯氏の存在もさほど大きく取り上
げられないのだと思われます。ちなみに出身地の愛媛県西
条市には、佐伯氏の記念館があります。
一番有名なのは、名古屋線の改軌ですね。
名古屋線はもともと、JRと同じ狭軌で開通したのですが、名阪直通特急運転を実現する為に大阪線と同じ軌間(新幹線とも同じ)に改軌する工事をはじめたのですが、その中途で伊勢湾台風で壊滅的な被害を受けました。
この時に復旧工事と改軌工事を同時に施工することになり、約2月後に改軌された形で全面開通しています。
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