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タイトルのままですが、先日友人とこの事で口論となったのですが、人それぞれ感性が違うので私は好き嫌いはあってもいいと思うのですが、友人はその事で、それは読者さえも見下してると極論まで言いました。答えは自分の中では出ているのですが、みなさんの意見も聞きたくて質問しました。私はどんなに人が良いと言っても生理的に受け付けないものがあるのが人間だと思うのですが、いかがなものでしょうか?

A 回答 (11件中1~10件)

実は私も赤川次郎さんの作品が苦手です。

自分の周りに読書好きの人がいないので、小説など本について語り合える友人がいるというのは少しうらやましいと感じてしまいました。
でも語り合うのと口論するのでは違いますよね。私なら小説好きの友人が自分の好きな作家の事を嫌いだと言っても、どうしてそう思うのかどこが嫌いなのか語り合ってみたいと思ってしまいます。
人それぞれ違うとは思いますが、その友人はちょっとだけ心が狭いのか、赤川次郎さんが好きすぎて自分がけなされていると感じてしまったのかも・・・って思います。
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>友人はその事で、それは読者さえも見下してると極論まで言いました。



そんなことないよ、ただの趣味の違いだよ、好き嫌いと良し悪し(価値)は別問題、と言ったら良いのではないでしょうか。

村上春樹さんも書いてましたよ。
世界的に著名なメキシコの作家(誰だったっけな)の本を読んだが面白くないので途中でやめた。言うまでもないことだが僕が好まないといってこの作品の文学的価値が減るということは無い、個人的に読み物として楽しめなかっただけだ、というように。

逆に、そのお友達自身が「作家のだれだれの作品が嫌い」という場合、その作家のファンまで含めて評価している部分があるんでしょうか。
そうでなければ見下すなんて発想が出てこない気がしますが・・・・
自分が好きな作品や世界を、すごく大事に思ってるのかもしれませんね。

まあ、自分が好きなものを人に嫌いと言われて、愉快な気持ちになる人はあんまりいないかもしれませんけど。
(岡本太郎さんぐらい?自分の作品を「嫌な絵!」と言われて喜んだらしいから・・・・)
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この回答へのお礼

回答いただきました皆様に感謝いたします。自分にも反省すべき点などあった事は否定できません。蛇足ではありますが、友人に対して浅田次郎が嫌いであると直接話した訳ではなく、あくまでも作風が生理的に合わないと言う事と、こちらからの方がもっと私には重要な事だったのですが、友人が現実社会からの逃避として、登場人物があたかも実存するかの如く話し、それと対比して実社会に生活している人間を愚弄したような発言をしたため、私がそれであれば青少年がゲームの登場人物と実際の社会を混同して、小説の人物こそが本来の人間の姿であるかの如く言った為に、私はそれは本末転倒ではなにのだろうか?と言ったのです。

お礼日時:2006/07/11 22:43

「タデ食う虫も好き好き」と言う諺があるように、どんな物であれAは好きでもBは嫌い、と言う事は良くあります。

貴方が口論した相手とどんなやり取りがあったのかはわかりませんが、お話を聞く限りではそのご友人はよほど?狭量と想像されます。

言い方を変えれば、『評価基準』が違う事で誰かが良い、と思っても別の誰かは悪い、となるわけです。

反社会的なモノでない限り、主観の多性を受け入れていくのが賢明と思います。
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状況わかりませんが、


好き嫌いがあるのは当然だと思いますが、
「嫌い」という見せられて不快な感情を人前で露骨に表現しないという分別も必要だと思いますよ。

好きと言っている人を立てて、嫌いという感情を控えめに表現するというくらいの気の使い方は大人なら誰でもしていると思います。
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 もちろん好き嫌いはその人の自由ですし


生理的に受け付けないのに無理に読む必要はないと思います。
でも、相手が熱心なファンなのがわかっているのに(途中でわかった?)
わざわざ「あなたが大好きな浅田次郎は嫌いです」と言うのは
とっても大人気ないことだと思いますし
相手が(chokochoko99は読者を見下している)と感じても仕方ないでしょう。
読者=浅田次郎を好きだといっているその人自身ということですね。
読書というジャンルを離れて、人間関係として考えれば
相手が好きなものを自分は嫌いだと断言しても結局不毛な極論になってしまって、
相手は怒ってしまうし、自分も不愉快な思いをして何のいいこともないですから
へーえ、そうなんだ、私はイマイチなんだけどねと言ったら
後は話題を変えるなりするのが得策だと思います。
その友人は自分の好きな浅田次郎をchokochoko99さんに押し付けていますが
chokochoko99さんだって嫌いという事実を無理やり押し付けているわけですから
どっちもどっちという感じでしょうか。
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文系の不毛な議論をされましたな。


著者の誰が好き、嫌いというのは他人と議論すべき議題ではないし、他人と意見が一致したということを喜ぶのは浅はかな行為です。

ちなみに私は夏目漱石、森鴎外、寺田寅彦、遠藤周作とかは特に嫌いです。書いた物も著者本人の人格も疑いますので…。
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なんか本の質問というより、人間関係の質問ですね。



人が勧めても面白くない作風というのはあるし、
逆に自分が面白くても他の人にはつまらないと
いうのはあると思います。

ただ、それを口にするかしないかの部分でもめる
ことはあると思います。

本人が面白いと思うか、つまらないと思うかは
自由だと思うんですが、逆に思っている人が
いるところでは口にしない方がいいように思います。

本当に何気ないと思うんですが、ファンにして
みれば、自分の赤ちゃんを「かわいいでしょ?」って
聞いたら「そ~う?」って言われるくらいショック
なんでしょうから。

本当は前の方たちがおっしゃってる通り、普通の
ことなんですけどね。
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その友人ってある意味傲慢ですよね~


人の好き嫌いの自由を認めないで、自分が好きなものを嫌いと言われて侮辱されたなんてとるのは甘えすぎもいいとこ。
宗教と同じですよ。
自分の信じるものを信じない人は不幸な人みたいなね?
生理的にうけつけないものがあるの当たり前です。
でも結構そういう人っているんですよね~
自分の価値観を押し付ける人って。
自分と他人の線引きが出来なくて「自由」の意味を知らないんですよね。
考え方が狭いんです。
人の感覚って皆が自分と同じものに興味持ってると思ってる勘違い君ですよ。
そういう偏見的人間って嫌われますよ。
私もどんなに人が良いと言っても、自分がそう感じなければ関係ないです。
物事を押し付ける人間が嫌いです^^
ひとそれぞれなんだから。
当たり前の事ですよね~
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こんにちは。

私の考えは、100人いて100人とも好きなものはないと思ってます。
例えば、去年(その前だったかな?)大ヒットした映画にもドラマにもなった原作。映画になる前にすごい評判だったので読んでがっかり。。どこがいいのかさっぱり理解できませんでしたし、アルバムセールスで日本一の歌手の声も私はうけつけません^^;
カレーの甘口が好きな人もいれば辛口が好きな人もいる、浅田次郎が好きな人もいれば嫌いな人もいる
ふつーのことではないでしょうか?^^;
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こんばんわ。


わたくしは、好きですが、人に強要しようとも思いません。
また、池波正太郎も好きですが、「文章が臭い」と嫌う友人もいますが、口論になりません。また、江戸川乱歩は嫌いですが、大ファンも多くおられるでしょう。
生理的に受け付けない人にも、妻がいて、夫がいて、それでなりたっているのが世の中で、嫌いであることと好きであることは人間なら当然あると存じます。
逆に、質問者さまの好きな作家の悪口を言われても、平然と受け流せるようになることも大切ですね。
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