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昔の武将の系図をみていると苗字(?)がひとりずつ変わっていたりしますが、なぜなんでしょうか?
それはいつごろまで続いたんでしょうか。

A 回答 (4件)

>昔の武将の系図をみていると苗字(?)がひとりずつ変わっていたりしますが、なぜなんでしょうか?


>それはいつごろまで続いたんでしょうか。

武士の多くは、自領の地名(名字)を名乗ってました。
その一族がほかの地に所領を新たに得て定着すると、もとの名字ではなく、新しい所領の地名を名乗ること
が多かったようです。
そのような武家の系図をご覧になったのでしょうか…。
もとの名字と新所領の地名の両方を名乗った例も見かけられます。

このような例は、中世初期から末期まで見られます。
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 追加で、武士の苗字の状況については、↓が参考になります。


http://www.harimaya.com/o_kamon1/seisi/busi_myo. …
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 追加で、武士の苗字の状況については、↓が参考になります。


http://www.harimaya.com/o_kamon1/seisi/busi_myo. …
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 明治以前は、苗字と姓は別のものでした。



 例えば、徳川家康の場合は、 徳川次郎三郎源朝臣家康となり、
「徳川」が名字(苗字)、 「次郎三郎」が通称、
「源」が氏(「姓」、本姓とも呼ばれる)、
「朝臣」が古代の姓(かばね。古代に存在した家の家格)、
「家康」が諱(いみな。つまり本名)だそうです。

 明治維新直後、明治3年(1870年)の平民苗字許可令、明治8年(1875年)の平民苗字必称義務令により、国民はみな公的に名字を持つことになり、
同時に、名字(苗字)とは別のものであった姓(本姓)は廃止され、
名字(苗字)はすべて本姓の無いものとなったそうです。

 詳しくは↓
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8B%97%E5%AD%97
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AC%E5%A7%93
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