ボスニア紛争について
ボスニア紛争についてのサイトを紹介していただきたいです。紛争が起こったきっかけや紛争の主な指導者、特徴、被害を受けた方たちについてなど、できるだけ詳しく書かれているものがいいです。また、この紛争についてのご意見なども書かれているとなおよいです。回答者さんからのご意見などもありましたら、どんどんお願いします!
回答(2件)
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この一帯はかってキリスト教を奉じるセルビア王国が強大な勢力を築いていましたし、イスラム教を奉じるオスマントルコと激しい抗争の土地でもありました。
もともと両宗教の激突する土地でそれぞれの聖地がありイスラエルのような事情がありました。
この為種々の民族の雑居が起こりました。
しかも北部のクロアティアは王制時代もあり民度も高く、南部と対立する歴史がありました。
このような事情から各民族のナショナリズムの高まりから分離独立の運動が盛んになりついに6国に分裂しました。
セビリアは過去の栄光の時代から大セルビア主義を唱え各国のセルビア人を統合しようとし、周辺諸国と紛争を生じました。
この動きと過去のキリスト教とイスラム教との係争が複合して両宗教間の深刻な戦争に発展したのです。
宗教がらみの民族間戦争はイスラエル-パレスティナ間の戦争と同様長くくすぶるものです。
No.1ベストアンサー10pt
「ボスニア紛争」でネット検索すればいろいろ情報がありますよ。
Googleで検索してトップに来たのがこれ。
解りやすいと思います。
http://www.fkkrilo.org/bih/bihwar.html
元々ユーゴスラヴィアは多民族国家で、複数の共和国から成る「連邦」でした。
チトー大統領がいたころはまとまっていたのですが、彼が死去してからまとまりがなくなってしまったようです。
紛争当時のユーゴスラヴィア大統領はミロシェビッチ氏。
ソ連をはじめとする社会主義国の解体など、当時の時代背景も影響があったようです。
後はいろいろご自分で調べてみてください。
http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclien …
>回答者さんからのご意見
当時私は高校生で、セルビア共和国在住の男子と文通をしていました。
徴兵が終わったら首都ベオグラードの大学へ入るということだったんですが、戦争が勃発して音信不通になってしまいました。
それとテニス選手のゴラン・イワニセビッチ(イバニセビッチ)が好きだったんですが、彼はクロアチア人で、クロアチアの友人たちが戦争で亡くなったと読んだような記憶があります。内戦には心を痛めていたようです。
なので客観的・歴史的というより、「あーあ、戦争は嫌だ」という素朴な気持ちがあります。
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