どうしてだめなの??
今話題の靖国問題についてですが
どうして靖国神社に首相が参拝に行ったらだめなんですか??
どうして韓国とかは反発するんですか??
どうしてこんなに問題になっているんですか??
わかりやすいサイトや自分の意見を教えてください。
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回答(24件中1~10件)
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No.24ベストアンサー10pt
まず、靖国参拝問題について、賛成派・反対派の考え方を両論併記の形で簡単にまとめているサイトがありますので、ご参考まで。↓
http://www.bitway.ne.jp/bunshun/ronten/ocn/sampl …
文藝春秋は、一般的には「保守的」(あるいは反左派)と読んでもよい雑誌ですが、わりと律儀に両論併記をしています。ま、その中には一部、単に自分の意見を主張する為に、非常識なイチャモンをつけているだけのものまで、『両論』の片方として載っているように私に思える部分もありますが、まとまっているという点ではまずまずだと思います。
ひとつだけ、このサイトで抜けている重要なポイントは、No.23の方があげた遊就館の事でしょう。靖国神社が経営する戦争博物館みたいなものですが、そこでは、「東京裁判は不当な裁判であり、太平洋戦争は祖国防衛&アジア解放の為の戦争だった」と主張されています。そして、そういう思想は、天皇側近の反対(更に、例の富田メモが報道されている通りならば、天皇自身の反対)を振り切って、松平宮司(当時)が靖国神社の組織の中でもおおっぴらにせずに、A級戦犯を祀った際の、その思想と一致しています。(松平宮司自身の発言「私はお受けする(=宮司になる)ということを最終的に決心する前に、いわゆる東京裁判を否定しなければ日本の精神復興はできないと思うから、いわゆるA級戦犯者の方々も祀るべきだという意見を申し上げた。」元ネタは↓
http://www25.big.or.jp/~yabuki/2001/yasukuni.htm
だから、「遊就館は太平洋戦争を正当化しているのだから、靖国神社に参拝する事は、そういう歴史観を認める事になり、よって首相は行くべきではない」と考える人もいれば、逆にそういう思想だからこそ、靖国神社に価値を見出す人もいます。
次に、質問者の方が何回か「回答に対する補足」の中で質問されている、憲法の政教分離について回答します。どこまでご存知かわからないので、すごく長くなりますがご容赦下さい。
まず「誰が読んでも、すべての憲法の条文の趣旨が明確で、個別の案件が違憲か合憲かも、誰もが明確にわかる」という事は、どの国の憲法でも事実上不可能です。でも、違憲か合憲か、人によって意見が違っていて、どれを尊重すべきかわからない、というのでは、国会が法律を作ったり、政府が行政政策を実施する時に困りますから、憲法の解釈や違憲か合憲の判断は、最終的には、裁判所の解釈が、政府や国会が従うべきもの、という事になっています。こういう事情は、日本に限らず他の国でもたいていは同じです。
じゃ、No.10の方の回答にある憲法20条(一見すると、国のあらゆる宗教的活動を禁止しているように読める)が、「政治の宗教との関わり合い」をどの程度まで認めているか、という事に関して、日本の裁判所がどう考えているかというと、「憲法の政教分離原則は、国家が宗教的に中立であることを要求するものではあるが、国家が宗教とのかかわり合いをもつことを全く許さないとするものではなく、宗教とのかかわり合いをもたらす行為目的及び効果にかんがみ、そのかかわり合いがわが国の社会的・文化的諸条件に照らし信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるものと認められる場合にこれを許さないとするものである。」(1977年7月13日 津地鎮祭訴訟最高裁大法廷判決)というものです。乱暴に言ってしまえば「国家の行為の目的and/or効果を、それぞれのケースに応じて判断する」という事になります。
「そんなに曖昧な基準でいいのか!」という批判はあるかもしれません。実際、先に述べた判決に署名した13人の裁判官の内、5人は、「憲法20条の政教分離の原則を厳格に適用すべきだ」という反対意見を判決文の中で述べています。憲法学者の中にも同様の意見はあるし、その後の、別の事件の判決中でも、少数意見としては時折見られるのですが、話を端折る為にそれらは横に置いて、とにかく、この「目的・効果基準」という考え方は、その後の裁判所の判決で踏襲されているので、政府や国会が尊重すべき憲法解釈としては確定していると言ってよいでしょう。
で、ようやく、靖国参拝の話になりますが、まず確認しておくと、(中曽根元首相も含む)首相の靖国参拝については、いくつも判決は出ていますが、少数の違憲判断(「違憲の疑い」を含む)と、多くの、憲法判断は避けた(=合憲とも違憲とも言わない)判決の二種類に分けられます。ですから、政府にとっては、「靖国参拝は、違憲と判断される可能性はある」という事になります。
じゃ、伊勢神宮への参拝はどうかというと、私の知る限りではこれに関する裁判は聞いた事がないので、非常に厳密に言えば「裁判になってみないとわからない」という事になるのですが、間違いなく言える事は、靖国神社参拝の方が、伊勢神宮参拝よりも、違憲と判断される可能性は高いだろう、という事です。その理由は、既に出た回答にあるように「現実に参拝しなければ職務怠慢でさえある」とか「国を守る為に已む無く命を捧げた人々に対して、一国の首相が感謝を捧げ、不戦を彼らと国民に誓うのは当然の事」と言った考え方の人がいるからです。小泉首相が(その本心がどこにあるかは別にして)いくら「個人の心の問題」と主張しても、「首相としての責務を果たす為に小泉首相は参拝したのだ」と受け止める人がいると、靖国神社という宗教法人にとって、「国民に、公の存在であるという印象を植え付ける」という一定の『効果』はでてしまいます。こういう「効果」は、小泉首相が総裁選の公約として「8月15日の靖国参拝」を掲げた事で、ますます強くなってしまいました。
同じような事は伊勢神宮参拝にあるでしょうか?絶対に無いとは断言しませんが、その程度は遥かに少ないでしょう。もっと極端な例を考えれば、「小泉首相がジョギング中にたまたま見つけたお稲荷さんにお参りした」という状況を想定した場合、これを「首相としての責務」だなどと考える人はいませんよね?。
(尚、個人的な考えとしては、伊勢神宮参拝が裁判所に違憲と判断される可能性は限りなくゼロだと思っています。靖国神社ですら、違憲合憲の判断をしない判決が過半なのですから、首相参拝の効果が少ない伊勢神宮参拝に関して、裁判所がわざわざ憲法判断をする可能性はほとんど無いと思っています。また、実際に伊勢神宮参拝の憲法問題を裁判にしたがっている人は、たぶんいないでしょうから、裁判が起こされる可能性自体も、あまりないでしょう。)
だから、伊勢神宮参拝と靖国神社参拝は、裁判所の解釈(=政府が尊重すべきもの)に従えば、同列に扱う事はできません。もちろん、両方とも違憲、靖国参拝だけ違憲、両方とも合憲、という結論は、可能性としては存在します。ただ、「伊勢神宮参拝がOKで、靖国参拝は違憲の疑いがある、という考え方は矛盾している」という主張は、政府にとっては無意味、というだけの事です。理由は、裁判所は、目的and/or効果を考える、と言っており、それが政府にとって、尊重すべき憲法解釈だからです。
小泉首相が、ここらへんの事を知らないとは、常識では考えられないのですが、ひょっとしたら本当に知らずに言っているのか、無意味だと知りながら意図的に言っているのかは私にはわかりません。
もちろん、これは「憲法の政教分離との関係」から靖国参拝と伊勢神宮参拝の違いを説明しただけであって、「A級戦犯が祀られているから靖国参拝はダメだ」という考え方の人がいる事を否定しようとするつもりはありません。憲法との関係上、靖国参拝と伊勢神宮参拝は、同列には扱えない、というだけの事です。
後は、おまけです。
>いつからこんなに複雑になったんですか??
靖国参拝が政治問題化したのは、私の知る限りでは、1969年の「靖国国家護持法案」が国会にかけられてからです。この法案は、1973年までに合計5回かけられましたが、主に憲法上の疑義から、結局審議未了で廃案となりました。若い方はご存じないかも知れませんが、新聞紙上をかなり賑わしていたのは、私もかすかな記憶があります。1975年に三木首相が「私人」と断って参拝したのも、国家護持法が廃案になって、日本遺族会に不満があったので、それを宥める為です。
その後は、1979年にA級戦犯合祀が明らかになった時、1985年の中曽根公式参拝の時など、断続的に政治問題になってきました。インターバルはあっても、約40年間にわたって議論してきた、という事ですね。とはいっても、1978年以前はA級戦犯は合祀されていないのだから、この点は議論になりようはなく、論点には多少の違いはあります。中曽根公式参拝についても、A級戦犯合祀後だから、というより、わざわざ「戦後政治の総決算」を掲げ、自ら公式参拝が認められる基準を決めて、公式参拝に踏み切った事が、もっぱら議論の対象になりました。このように、論点が常時同じ訳ではありませんが、「すべては昭和60年から」なんて事は、全く、絶対に、これっぽっちもありません。よく靖国問題を、外交問題にしてしまおうとする人がいますが、靖国問題の長い歴史からすれば、中国が何を言ったかが問題になり出したのは、後半の約半分だけです。
Chinaとシナの問題ですが、シナやChinaに、「元々侮蔑の意味があった」という主張は、私は未だかつて誰からも聞いた事がないです。日本語のシナ(正しくは、支那と書くべきか)が、侮蔑の意味を持ってしまったのは、中華民国成立後、中華民国から、再三にわたって、正式の国名を使用するよう政府に要請があったのにも関わらず、政府の指示が徹底せず、いつまでも「支那」という名前を政府が公式文書に使い続けた為、いつのまにか、日本語の支那に、侮蔑の意味が加わってしまったというだけの事です。
戦後はその指示が徹底され、マスコミもそれに追随した結果、中国という呼称は一般的なものになりました。
だから、今シナという言葉が問題視される事があるのは、「同級生のあだ名で、元々は馬鹿にする意味はなかったけど、一旦は相手が嫌がるから使わない事にして、別の名前が定着したにも関わらず、また古いあだ名を持ち出してそれで呼んだら、そりゃ普通、相手を侮辱もしくは挑発してる事にならんか?」という点で問題になるのであって、シナという名前に元々どういう意味があるかとは全く関係ないです。
また、小泉首相の「死ねば皆仏様」発言は、靖国神社の考え方とは相容れないものです。日本では古来から、「偉い(あるいは祟りをもたらしそうな怖い)人・物を神として祀る」習慣がありました。靖国神社も自分で、「国難に殉じた」エライ人を祀る場所だと、言っています。A級戦犯も、死んだら皆平等だからではなく、エライ人だから(と靖国神社が考えるから)祀られている、という事になります。西郷隆盛、東郷平八郎、原爆被害者や沖縄戦で死んだ大部分の民間人は、合祀基準に沿わないので、合祀されません。靖国神社のみならず、歴史上・伝説上の人物を祀る神社において、「死者の中でエライ人を祀る」というのも、日本古来の考え方ではありますが、それは「死ねば皆仏様」とは異なる考え方です。ですから、A級戦犯の合祀について、日本古来の考え方では「死ねば皆仏様なのだ」というのは、明らかに「ピントはずれ」な議論です。
大変長くなり、失礼しました。
#6です。高校生ということですので、問題には解答があると信じ込まれているのかも知れませんが、これから先も、首相の靖国参拝についての賛否両論は延々と続くでしょう。これだけ長い間、国民の間で問題となってきた事柄に一つの答えはありませんし、それが政治というものです。
少し、ご自分で資料を探し、ご自分の頭で考えてみることが大切だと思います。最終的には、「ダメ」なのか「よい」のかを決めるのはあなた自身だからです。
ここで十分、賛否両論はたたきこまれたでしょう。
何かに疑問を持たれたら、できるだけ、直接のソースにあたって調べるべきです。靖国神社が問題の時は、靖国神社がどういう施設なのか、まず、靖国神社側の言い分を聞いてみましょう。もうURLは書きました。相当の情報量ですので、一見の価値はあります。
私もそうしました。特に批判されている「遊就館」(平成4年あたりにできました)が上映する『私たちは忘れない!』(日清日露の大戦から大東亜戦争に至るまで…。我が国近代史の戦争の歴史を、当時の貴重な映像で再現し、東京裁判で歪められた歴史の真実に迫るドキュメント映画。時間 50分、企画制作 日本会議・英霊にこたえる会、後援 靖国神社) が宗教法人靖国神社の公式な歴史観であるのか否か、メールで質問しましたが回答はありません。
靖国神社感想メルアド:http://www.yasukuni.or.jp/asp/email2.php
この映画によると、日米戦争は米国の策略だったということになっています。製作した
日本会議については
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%c6%fc%cb%dc%b2%f1 …
英霊にこたえる会のURLは(靖国神社内にあります)
http://www.eireinikotaerukai.net/
(「遊就館」の通信販売では売っていませんが、この会に「特別維持費」2000円と送料400円を支払えば『私たちは忘れない!』を入手できます。送料から考えてビデオテープですね)
東京か、近郊にお住まいなら、ほぼ年中無休で「遊就館」で上映されていますので、ご覧になれます。中高生の入場料は300円です。
『樺太1945年 氷雪の門』も上映されていますが、これはソ連が中立条約を破ってサハリン(樺太)に侵攻した時のことが題材となっていて、一時「ソ連の圧力によって」上映を禁止されました。とてもよく知られた映画で、オークションなどでも売られています。
古い話になりますが、私も高校生の時、同じ疑問を抱き、ルース・ベネティクトの『菊と刀』を読みました。ベネティクトは、主に、先住民族(石器文明の中に生きる人々を指しているようです)の研究で知られていますが、アメリカ人の目からは、日本が極度に特殊な国に映ったということがよく分かります。
また、大学では、ドイツと日本の戦時体制にどのような違いがあったのかを知るため、エルンスト・ノルテ『ファシズムの時代』(上下)を読みました。ファシズムというのはドイツに限った現象ではなく、ファシスト団体がヨーロッパ各国に存在したことを知り、ショックを受けました。アメリカにもヒトラーのファンクラブが存在したほどです。しかし、日本の場合、天皇制という特殊な制度の中で戦争が遂行され、天皇とヒトラーを同列に扱えなかったことも当然かと思います。
最近では、立花隆『東大と天皇』が興味深い「情報」を提供しています。こんな本が売れるとは本人も驚いていました。立花隆が左翼であると考えるまともな人はいないでしょう。分厚い本ですが、一読の価値はあると思います。
防衛大学
http://www.nda.ac.jp/index-j.html
にも、一般に知られていない貴重な資料がありますし、公開講座なども行っています。各セクションに問い合わせ先がありますので、利用されない手はないでしょう。東條英機が、靖国に祀る「戦没者」の定義をしており、その定義に東條英機自身は当てはまらないと考えていた内容の公式書類の写しが見つかり、防衛大学が、本物であると認める「事件」が最近ありました。
ネットで得られる情報には限界がありますので、図書館などに出掛けられて、様々な文献に当たられるのはとても大切なことだと思います。著者の見解がきちんと検証可能な文献なり情報に基づいているものを選ばれるのが、回り道をしなくて済む近道だということをお忘れなく。
時間も根性も必要ですが、この問題を真剣に考えられる方は、日本国民でも、ごく少数です。それは、この質問が「役に立った」と思われるgooの利用者が皆無か、極端に少ないことからも明らかでしょう。では、くじけないで頑張って下さい。
この回答へのお礼
ありがとうございました。
とっっっっても「へぇー」でした。
役に立てたいと思います。
● どうして靖国神社に首相が参拝に行ったらだめなんですか?
この問題は1985年、中曽根首相の時、揉めに揉め、一応の決着を見た案件です。 当時、国際政治に余りにも大きな影響があり、一国の首相としては慎重に行動する。 従って、首相の靖国参拝は差し控えるというものでした。 中国や韓国の与論等を考慮して、差し控えるという結論でした。
ですから、首相は行っても良いのです。 しかし、中国と韓国は大事な国だから、国民感情を刺激したくないという、中曽根首相の配慮です。 従って、拘束力などありません。 行っても良いのだが、首相としての責任の大きさを考えると、ここは慎重に行動すべきであるとの判断です。
誰も『小泉さん、行ってはダメ』といってはおりません。 個人的には、どうしても行かせて欲しいというお気持ちは、理解出来ます。 しかし、一国の首相なんですから、ここは慎重に行動して、とお願いしているだけです。
● どうして韓国とかは反発するんですか?
A級戦犯は第二次世界大戦の責任を取る形で処刑されました。 国内的には、異論はあります。 本当は天皇様が責任を取られるべきだという声だってあります。 あれほどの戦争をしておいて、これは国民みんなの責任だと突っ撥ねたらどうなったでしょうか。 国内は納まるでしょうが、戦争終結と講和条約締結は出来なかったでしょう。
対外的には、A級戦犯は戦争責任をとる形で処刑されたのです。 この戦犯が祭られている神社に首相が参拝です。 相手の立場に立って、この参拝を見ると、どうなりますか? それは誤解だといって、納得しますか? 1985年に揉めに揉めて、ようやく決着した案件をもう一度遣り直しです。
●どうして、こんなに問題になっているんですか?
これは小泉首相に始まった事ではなく、一度決着を見た案件なのです。 それを約束をホゴにして、蒸し返したところに発端があります。
外交の世界には『継続性の原則』というものがあります。 主義主張の違う政権の時代に相手国と取り交わした条約は、次ぎの政権もこれを遵守しなくてはならない。 今回の問題では、中曽根首相は、正式の契約を結んで、『二度と靖国へは行きません』と誓約をしたのではありません。 しかし、暗黙の了解を相手側政府に与えています。
こういう『暗黙の了解』が国際政治には大きな意味を持って来るのです。
そろそろ、「ダメ」という主張の根拠が悉く無かったり感情論だったりダブルスタンダードだったりであることが、分かったのではないでしょうか。
結論として、あなたの問に対する答えとしては、国内の反日勢力が日本を貶めようと画策していることは山ほどあるのですが、その一環として靖国神社に目をつけて、それに反日国家である特定アジア(中国、韓国、北朝鮮)が乗ったから、ということになります。
さて、「ダメ」と言っている主体がどこか、No.1 で提示されたサイトを見れば一目瞭然でしょう。実はもう一つあって、あの地図では青く塗られている日本の中の、反日勢力です。具体例を挙げれば、朝日新聞、日教組、在日朝鮮人組織、などです。
そもそも靖国参拝の「問題」は、昭和60年に中曽根首相(当時)が8/15に参拝するぞとぶち上げたことに対し、朝日新聞が中国にご注進をしたことを端緒とします。
むろんご注進を受けた中国としては、とりあえず不快感を表明しました。朝日新聞は中国の忠犬ですから、意を汲んだと言えます。で、朝日新聞はそれを受けて「中国様が不快感を言ってるだ!」と国内で報道し、更にそれを中国に「日本の中でも騒ぎになっている!」とご注進したわけです。こうやって火の無いところにガソリンを撒いて放火した結果の火事が、現状の「靖国問題」です。
事実として、昭和60年以前、戦後の吉田茂がサンフランシスコ講和条約締結の翌月に公式行事としての秋の例大祭に参拝したのを初めとして、何度も日本の首相は公の資格で靖国参拝をしていますし、それは昭和53年の「A級戦犯」合祀後も同じです。全ては昭和60年から。
さて、特定アジアの国々は、全く筋の無いことでも自国の利益になることなら堂々と主張します。実際、全く筋違いの反発によって、ODA だの、ADB(アジア開発銀行)だのの資金援助を獲得しているのですから、使える限りは使います。
ある種、外交というものを冷徹によく知っていると言えます。
大事なことは、そういう嘘に騙されないように正しい知識を持ち、毅然とした態度を取れるようになることです。
非常に困ったことに、それを中国は踏まえているから、日本の教育やマスメディアを抱え込んで、正しい知識を日本人が持てないようにしているのですよね。抱え込みのできないメディア(雑誌やインターネット)が無ければ、中国のその情報戦のことも、まだまだ知られないままだったでしょう。
孫子の兵法に謀攻編というセクションがあり、そこで上策とされるものに伐謀というコンセプトがあります。敵の謀略を破る、という解釈がよく見られますが、兵頭二十八は敵に戦意を持たせないと取るべきだと述べています。私も、孫子ならそこまで考えていると思います。
まさに、中国の情報戦は日本にそれを仕掛けているわけです。
私は「憲法違反だからダメ」とは思いません。でも、相手が嫌がってるならダメだと思います。
彼らの「参拝は個人の自由だ」というのももっともな理屈ではありますが、
はっきり言って首相としての自覚に欠けますね・・・。
相手だって全く筋違いなことで反発しているんじゃないんだから、
嫌がることをいつまでも続けるのは大人気ないんじゃないでしょうか。
祈るだけなら家でできるんだし。
あと、もし質問者さんが中国の方や韓国の方との関係に不安を
もってらっしゃるんでしたら、なあに、心配するこたあありません。
私には3人ほど韓国人の友達がいますが、みんなとてもいい人です。
国と個人を一緒くたにするのはいかがなもんかと思いますし、
地域や国で民族性を分けるのも頭のいいやり方とはいえません。
人は人ですからね。
というのは、いらん心配だったでしょうか。
真実はいつもただ一つ(コナンか)。
でも、その真実はいろんな方向から見ることができます。
答えなんて出やしないかもしれません。
ちょっと夜空を見上げてみてください。
くだらんことで騒いでるなあ、なんて思ったりして。
こんにちは。
質問者様がいろんな方の意見を聞きそれらをどのように咀嚼して、自分の
心の中にインプットしていくのか興味がありますが、決して最初から一つの
方向に向かっていくような事だけはしないで下さいね。
かの戦争が中国朝鮮の為だったとの御意見、百歩譲って聞き入れたとして
それが何だと言うのでしょうか。中国韓国の人の中で日本の侵略戦争を
快く思っている人が、それこそ一人でもいるのでしょうか。
一千万人以上のアジアの人達を殺しておいて、あの戦争は最初の動機は
正しかったとのたまう意義は何なのでしょうか。
ナチスと日本軍どちらが悪いなんていう頭の悪い議論はするつもりは
ありませんが、731部隊や強制連行での奴隷扱いといい、見方によっては
日本軍の方が酷かったのかもしれません。私の町にも朝鮮の方々が奴隷と
して重労働させられ、沢山の人達がお亡くなりになったそうです。こう
いう事実も日本人は知らないのでしょうね。
シナは日本人が中国人に対して使ってきた蔑称であるので、中国人自らが
使うのには何も問題が無いのですが、これを日本人がわざわざ使う事に
問題が有るのです。こんな事も理解出来ないで私に質問しないでほしい
ですね17番のおっちゃん。もう一度質問者様に言います。「シナ」と言う
言葉を日本人が使うから問題になるのです。決して中国に行って彼らの前で
シナなんて言わないで下さい。ヤバイですよ。
もう一度書きますね。靖国は侵略戦争賛美を声高に唱えている神社なの
です。そこに一国の首相が参拝するという事は、侵略戦争に対する反省が
微塵も無いと韓国とかに思われても仕方ないのです。
愛する人を殺された側は、一生その恨みが消える事は無いのですから・・
http://homepage1.nifty.com/mkm/kansatsu/sina.htm
こんばんは。NO.17です。早速お礼を書いてくださりありがとうございます。また続けて書き込みして申し訳ありません。
伊勢神宮は良く、靖国神社はいけないというのは私も今一つ訳がわかりません。一国の首相が宗教にかかわることはいけないという人々の考えによると、確かに双方ともまずいはずなんですけど。
違いは御神体が、かたや天照大神等、天皇系の御神体、かたや一般の人々を含んだ戦没者ということで、さすがに伊勢神宮を批判することは畏れ多くて彼らにもできないんではないんでしょうか。
結論を申しますと、あなたがおっしゃる通り靖国神社には「戦犯」(ではないんだけど)がまつられていることが最大の原因かと思います。首尾一貫していない人もいるものですね。
こんにちは。削除覚悟で書かせて頂きます。
NO.16さん。事実誤認が相当あります。
先の戦争を正当化するつもりは私にもありません。そもそも自給自足ができなかったことにより、日本は戦争に追い込まれたのです。自給自足する方向に国を導かなかったという点がその当時の政治家、国の指導者の責任、ひいてはそうした指導者を選んだ国民の責任だと言えなくもありません。もっとも島国の日本はあらゆる物資を自給自足できるはずもありませんが・・・。
今後未来永劫にわたって、物資及び食料を自給自足できなければ簡単に、よその国によって戦争に導かれる可能性は常にあります。先日の東京の停電でもお分かりのように、日本は石油の供給がストップすれば息の根を止められるのです。(諸外国からの食料輸入のストップも同じです。今の食料自給率は50%を切っているのです。)先の戦争はまさにそうしたことが、アメリカや他の連合国によって行われたことが直接の引き金であり、日本が徒にアジアに出ていったわけではないのです。
西欧諸国から物資を輸入できないため、当時の指導者層はアジア諸国に目をつけました。西欧諸国の植民地にされ、搾取されていた彼らを解放し、独立させ、彼らの国との正常な貿易関係を結ぼうと画策したのです。日本にとっても、アジア諸国にとってもプラスになるアイディアだったのです。日本が、アジア諸国を西欧諸国のように搾取するつもりがなかった証明は、朝鮮に対する支配を見ても分かるでしょう。日本政府は朝鮮から搾取するどころか、国内の税金を持ち出し(簡単に言えば赤字)してまで朝鮮国内のライフラインを整え自立できる国にしようとしたのです。もちろんそれは日本のためではあります。ロシアからの共産主義の流入を防ぐためではあったのです。しかし、西欧諸国との統治と比較すると雲泥の差です。西欧諸国は自分の国にプラスになることしか眼中になかった。日本は、あくまで双方にプラスになるよう考えたのです。
また、「シナ」の呼称については、古代の秦「Chin」からきています。その国の呼称で古い王朝から名前を取ることは普通に行われます。また、中国の最大規模のポータルサイトに「シナネット」というサイトがあるそうです。中国人自身が「シナ」という呼称を自らに冠しているのです。また、英語の中国の呼称「China」は、「シナ」と同根です。英語でチャイナは良く、日本語で「シナ」はいけないとはどう説明なさるのでしょうか。これは蔑称なのでしょうか?分かるように説明して頂きたいものです。
また、ナチスと日本が同列なのはどうしてでしょうか?
NO.16さん、自己反省なさることは誠に結構なことですが、事実は事実として捉えて頂きたいものです。事実関係をはっきりさせないうちに謝罪するのは卑怯な者のすることです。学校教育のの自虐史観を頭から信じるのではなくいろんな方面の資料をお調べになることをお勧めします。
この回答への補足
そういうことだったんですね!!
「シナ」の意味がよくわからなくて困っていました。
できればNO15の補足に答えていただけると嬉しいです。
こんにちは。
靖国神社は日本の侵略戦争を肯定している所です。この点だけをみても
参拝は相応しくないと思いませんか?また首相になるまでは小泉さんは
参拝してなかったのです。この事は小泉の偽善振りを如実に現している
いい例であり、彼が心から戦没者を痛ましく思っていない証拠と理解して
良いでしょう。
韓国等が反発うんぬんは問題ではないのです。いつまでも国内で靖国の
問題をあやふやにしてきた事がいけないのであって、首相参拝の是非を
含め戦犯の扱いやら侵略戦争賛美の靖国に、このまま戦没者を祀り続けて
いいのかもこれから国民が議論していかなければいけないのでは
ないでしょうか。
そうしないと、いつまでも中国をシナと呼び侮辱したり、ナチスより
日本軍の方が良かったなんていう、狂信者がこの日本からいなくならない
のです。沖縄で自国民まで殺害した日本軍がナチスより良いなんて、
私は口が裂けても言えません。
No.15ベストアンサー20pt
こんにちは。NO.14です。さっそくお礼を書いてくださり、ありがとうございます。
同じ問題を論じていても、それまでの受けた教育的背景や思想が違いますので、180度違った考え方になることはやむを得ません。いろんな方の考えを聞いたうえで、あなたが正しいと感じるものを(反対の意見も参考にしながら)追求していかれてはどうでしょうか。
小泉氏が公人として参拝することは何も国民の信教の自由を奪う為ではなく、単に戦没者の眠る場所の象徴としての施設に感謝と哀悼の意を捧げたのです。そのことで信教の自由に不利益を受けた人がいれば、彼は罰せられなければなりませんが、そういう人はいない。(詭弁を弄せばなんとでもいえますが。)
もし小泉氏が神主として活動すれば大いに問題があります。しかし前述の通り、彼の参拝は宗教的意味合いが無いと言っても過言ではない。これは明らかに憲法違反ではないのです。
繰り返しますが、他の国民の為また国を守る為に已む無く命を捧げた人々に対して、一国の首相が感謝を捧げ、不戦を彼らと国民に誓うのは当然のことなんです。
ナチスと日本を同列に論じられるのは、日本人として怒りに堪えません。
NO.13の方は、“南京大虐殺”などを信じておられるからそういうことをおっしゃるんでしょうけど、私は色々な書物を読んだ上で、あれは中国のでっち上げだと確信しています。ご質問者様も、ためしにネットなどで調べてみてください。
ナチスは狂信的な「民族浄化」という考えのもとに大量の無実のユダヤ人を殺しました。日本の軍隊では、(確かに大勢の人間がいれば、その中に何人かの不届き者がいてもおかしくはないでしょうから。それはどういう組織でも変わりはありません。)一部で残虐な行為も行われたかもしれません。しかし、組織だっての残虐な行為は皆無なのです。同列に論じられる謂れはありません。
この回答への補足
もう一度質問させてください。
前にも他の回答者の方に同じような質問したのですが
小泉首相が伊勢神宮に参拝してもなにも批判されないのになぜ靖国神社はだめなのですか??
やはり戦犯?の方がいらっしゃったりするからでしょうか??
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