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普墺戦争での撃針銃について

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  • 質問者:noname#42839
  • 投稿日時:2006/08/26 12:08
  • 困り度:暇なときに回答をください

1866年のプロシア・オーストリア戦争において威力を発揮した撃針銃(Das Zuend Nadel Gewehr)はどの点で画期的だったのでしょうか?
Google で探しても日本語の情報が圧倒的に不足しています。

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  • 回答者:caesar-x2
  • 回答日時:2006/08/28 14:53

ジャイロ効果などは、弾道の安定、
命中精度を上げるための工夫であって
絶対必要な構造ではありません。
マシンガンのように弾をばら撒くタイプなら
特にですが、
施線はなくても近距離なら
特に問題にはなりません。
性能が落ちるだけです。
昔、オウムの馬鹿どもが事件を起こした後、
工作機械でわざわざ銃身に溝を掘りながら
銃弾はロシアから密輸してましていたと報道された
ことがありましたが
あれなどはまさに馬鹿の極地。
銃弾のなかに雷管があり発射薬があり
弾頭があり、不可欠な構造がここにあります。
これを密輸するなら全部密輸したほうがマシといもの。
第二次世界大戦のフランスのレジスタンスが
作った手製銃なんかも、溝はないブローバック式でしたし
インドネシアとかフィリピンなんかでは
単発式の手製ライフルは、輪ゴムがついていて
雷管を直接叩いて発砲するような仕組みでした。
要するに、後の構造は簡単だけど
金属性薬莢の銃弾は、火薬も構造もすぐには製造できないということです。

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この回答へのお礼

本当に読んでいてわくわくする解説です!
またよろしくお願いします!

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No.2ベストアンサー20pt

  • 回答者:caesar-x2
  • 回答日時:2006/08/26 16:39

要するに金属製薬莢と無煙火薬の開発によって
後装式小銃が真の意味で実用に耐える兵器になったことが
画期的だったわけで、
その銃が特別なものだったわけではありません。
いくつかの発明と改良の結果です。

そもそも銃の基本構造は、
実は薬莢にすべて含まれていて
現在では銃身や装填の役割を果たすだけ、
薬莢とかなづちがあれば万力でも銃撃できます。

それまでの銃は前装式が主流で、たって
銃口から装填作業をしなくてはなりませんでした。
後装式も百年以上前から存在したのですが
すすの問題から銃口の掃除をする必要があったので
燃焼効率がよくて威力も強くすすもでない
無煙火薬の登場によって
完全に伏せたままでの装填射撃が可能になったというわけです。

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この回答へのお礼

tatsumi さんもカエサルさんも、すばらしいです!
どうしたらそんなに博学になれるのっ!!!
ひとつだけ、
「そもそも銃の基本構造は、
実は薬莢にすべて含まれていて
現在では銃身や装填の役割を果たすだけ、
薬莢とかなづちがあれば万力でも銃撃できます。」
これは違うのではないかと思います。銃口の内側にはジャイロ効果を期待してらせん状の溝が掘ってありますゾ。

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No.1ベストアンサー10pt

  • 回答者:tatsumi01
  • 回答日時:2006/08/26 14:55

昔読んだ「兵器の歴史」(クセジュ文庫-翻訳)に書いてあったと思います。

それまでの銃は立って撃たないといけなかった(立射)が、プロシャの銃は地面に腹ばい(伏射)で撃てるので損害が少なかったのが理由だったと思います。ただ、撃針銃でなぜ伏射ができるか、の理由はわかりません。

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