独立した文明と栽培作物
文明が独立して成立した南米・中米・揚子江流域では、それぞれジャガイモ・とうもろこし・米がその文明を支える主食として、野生種から品種改良され栽培作物となりました。
その観点から見ると、黄河文明・インダス文明・メソポタミア文明・エジプト文明(栽培作物から見ると、文明のルーツは一緒のものが在るのか?)を支える栽培作物は何だったのでしょうか。
もし、その文明を支えた作物が同じであるなら、何故そうなったかも含めて、教えてください。
回答(3件)
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No.3ベストアンサー20pt
大麦は、メソポタミア文明発祥です。
小麦は、エジプト文明からですね。
特に、小麦はスペルト小麦という暑さ寒さにも平気で強靱な小麦があり、9000年前頃にはヨーロッパまで小麦栽培が伝播していたことが判明しています。
インダス文明は、メソポタミア文明の影響を受けているため、麦ですが、インダス文明が興った頃には小麦も大麦も普及していたため、どちらも最初から食べていました。
黄河文明は、最初が粟で、後に麦、揚子江文明と交わって米も混じり合い何でも食べるようになります。
ライ麦は、そもそもが小麦や大麦が育たない場所に育つ麦として、古来貧者の食事と考えられていたため、これが支えた文明はありません。
この回答への補足
黄河文明は、アワだったのですか。有難うございます。
黄河文明で栽培された麦は何処からもたらされた、どのような麦なのでしょうか。ご存知であれば、教えてください。
他にも、太平洋諸島のタロイモように、文明とは言わない?までも、ある文化圏に独特の主食となる栽培作物があったら教えてください。
また、赤道以南のアフリカのキャサバは、そのような作物といえるでしょうか。
宜しくお願いします。
No.2ベストアンサー10pt
参考まで…
「麦」
http://www.tabiken.com/history/doc/S/S018L100.HTM
「麦作型混合農耕」
http://www.tabiken.com/history/doc/S/S021C100.HTM
「根栽農耕文化」
http://www.tabiken.com/history/doc/G/G342R200.HTM
答えは「麦」でしょう。
ただし、距離と当時の移動手段から、交流はあったかもしれませんが、「ルーツ」は異なると考えます。
なぜそうなったかという事ですが、比較的気候が乾燥していて、野生種の稲がなかったことと、麦の栽培に適していたためだと思います。
この回答への補足
麦っていわれても・・・
例えば、
南米文明・・・・・・じゃがいも
中米文明・・・・・・とうもろこし
揚子江文明・・・・・米(ジャポニカ種)
ここからは仮定です
黄河文明・・・・・・・・コーリャン
インダス文明・・・・・・ライ麦
メソポタミア文明・・・・小麦
エジプト文明・・・・・・大麦
というような主食としての穀物栽培があったかどうかということを疑問に思っています。
独立した文明の成立基盤として、野生種の穀物を品種改良したのに違いなく、その地域にもっとも適した収穫量の多い穀物が中心となったはずでは、と思っています。
大麦・小麦は、時代が下がると同じ地域で栽培されることも多く見られますが、栽培作物として成立した文明は別だったのではないかという疑問です。
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