どんな時でも、常に「感謝する心」を持ち続けられれば、人は幸福を感じる事が出来るのでしょうか?

 みなさんの意見をお聞かせください。
 

A 回答 (11件中1~10件)

●読点なしのスペースのほうがフラフィック的にきれいだと思うのでそうしています。


 句点はあったほうが読みやすいです。
●自分に不幸が訪れた際ですか。
 わたしは快楽至上主義を実践しておりますので。
 不愉快になりそうなモノ・人 快楽に繋がらなさそうなモノ・人には近づきません。
 たとえどんな不幸な事柄にでも 切り口を変え 視点を変えて 快楽への糸口を
 見出します。人生なんでもありです。要領よくその糸口をみつけて
 みつけたら あとはその穴を広げて楽しめばいいのです。
 病気なら 病気を楽しめばいいのです。死なら死を楽しめばいい。
 別れならわかれの悲しい胸キュンを楽しめばいい。
 具体的処方は それぞれに言うこともできますが aoihoshiさんが自分で
 その手法をつかんだ方が ずっと楽しいですよ。
 そうか! と気づくこともまた楽しみですから。
 肉体はいろいろ使ってみればいいですよ。
 人間の精神は柔軟そのものです。いかようにも楽しめます。
 
 快楽至上主義を説くと不節操に聞こえるかもしれませんが
 根底にはモラルと規範をしっかりと把握できるだけの知性が必須です。

この回答への補足

 
 最後にこの欄をお借りします。

 私の疑問が解決した訳ではありませんが、最近忙しく、インターネットをしている時間がありませんので、とりあえず締め切らせていただこうと思います。

 次回は「ライフ」のカテゴリーでも再チャレンジしてみようかな・・

 ご回答いただいた皆様、ありがとうございました。
 

補足日時:2002/04/23 19:04
    • good
    • 0
この回答へのお礼

 
 再度のご回答ありがとうございます。

 素敵な人生を謳歌されているchihokoさんなりの日々のライフスタイルが目に浮かんでくるようです。

 >快楽至上主義
 ・・くれぐれも、不意の落とし穴にだけは、気をつけてくださいね。(笑)

 >人間の精神は柔軟そのものです
 ・・このことは全く同感です。意識の転換の仕方によっては、如何様にもなるものですし、場合によっては、肉体もある程度コントロールできるものです。今回の質問も、この事に関わりがあります。
 

お礼日時:2002/04/02 22:15

せつめいか、難しいな。


何か対象に感謝した時に、その対象は全てに触れてるだろ?
なんでって、全てはすべての事象の内にあるからだ。だから、対象は必要ないのだけれど、真にその対象に感謝することは、全てに感謝すること。
真は内在だから。内在とは、無色透明の真の外(外内の無い)の事であるから、それに触れないものは無い。
君が今考えてる外というのは内だ。俺の言う真の外は、外も内も無い。
エーテル的とも言えるが、エーテルにも内はあるからな。
そのことに気付けば、全てに感謝するという意味がわかる。
ここらが限界だな。俺の(笑。
そこに限りはない。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

 
 再度のご回答ありがとうございます。

 その着眼点は、素晴らしいと思います。
 

お礼日時:2002/04/02 22:12

こんにちは。


たしかに、ありがたいと思える状況では幸福を感じます。

だけど、「常に感謝することで幸せになる」というフレーズには
抵抗を感じる。
というのは、このフレーズを口にする人が、
つづけて「だから感謝しなさい、するように心がけようとしなさい」
さらには「というわけで私の存在をありがたがりなさい」
なんて言ってくることが多いからです。

幸福を感じたいが今はどうにもそんな気分ではない、というときに
そんなふうに上からかぶさってくるような物言いをされても
何の救いにもならないと私は感じます。

この回答への補足

 
 感謝の対象が「人」ではなく、「事象」に置き換えた場合はどうでしょう?
 

補足日時:2002/04/01 19:36
    • good
    • 0
この回答へのお礼

 
 ご回答ありがとうございます。

 参考にさせていただきます。
 

お礼日時:2002/04/01 19:36

常に「感謝する心」を持ち続けられれば、人は幸福を感じる事が出来る



●↑ときどき耳にする言葉ですよね。「ありがたい」「ありがとう」と思える
 ことをたくさん感じることができれば それだけ幸福感を味わえます。
 時々刻々吸ってる空気にすら感謝できます。(これ わたしはよくする。)
 このことは確かな事実だと思います。
 ただ幸福とは↑このことだけでは ありません。いろいろです。

 ここで話題になっている幸福感もほかのもろもろの幸福感も
 共通してもっている性質というものがあります。
 それは「同じ刺激には慣れてしまう」という人間の感覚の宿命です。
 どんな幸せもその幸せに慣れて 幸福感を感じなくなってしまうのです。
 でも時間が経てばまた同じ事に幸福感を持てる事柄もあります。
 それぞれの事柄をうまく組合わせて「できるだけ多くの時間を幸せに生きる」
 これは わたしの生き方の極意でもあります。

この回答への補足

 
 よろしければ、以下の2点について、ご教授ください。

 ・たとえば、自分に不幸が訪れた際、chihokoさんなら、どのようにして意識をコントロールされますか?

 ・質問の趣旨からは外れてしまいますが、句点は使われているのに、読点を使われないのは何故なのでしょう?
 

補足日時:2002/04/01 19:34
    • good
    • 0
この回答へのお礼

 
 ご回答ありがとうございます。

 とても素晴らしい感性をお持ちですね。鳥肌が立つ思いです。
 

お礼日時:2002/04/01 19:34

感謝することと幸福とはまったくの別物でしょう。


「ありがた迷惑」っていう言葉がありますよね。
何に幸福を感じるのかと言うのも個人差がありますし・・・
「他人の不幸は蜜の味」とか。(不健康ですけどね)

この回答への補足

 
 今回の質問においての感謝する対象は、人に重きを置いていません。人がその時々に関わるものすべてについてです。
 

補足日時:2002/04/01 19:32
    • good
    • 0
この回答へのお礼

 
 ご回答ありがとうございます。

 >他人の不幸は蜜の味

 不謹慎ながら、私もそのように感じる事が無いとは言い切れません。でも、人と比較しての幸福感は、無くても良いと思っています。
 

お礼日時:2002/04/01 19:32

好きな時に感謝する。

手前勝手な感謝だな。
そんなのされたくねぇな、俺は。したくもないな。
すべてに、感謝。対象は必要ないぜ?

この回答への補足

 
 >すべてに、感謝。対象は必要ないぜ

 ・・意味がわかりません。感謝するからには、対象は必ず存在するものですが・・・

 よろしければ、その事について、もう少しお聞かせください。
 

補足日時:2002/04/01 19:29
    • good
    • 0
この回答へのお礼

 
 既出ご回答者の方に対するコメントだと思いますが、再度のご登場ありがとうございます。
 

お礼日時:2002/04/01 19:29

 注意書きに「論争にならないようお願いいたします」とありますし、わたしも論争はあまり好みませんので、これで「お答え」は最後にします。


「感謝する心」というのは「誰か」とか「起きた何か」について感謝することでしょう。感謝する対象とか事柄がまだ存在しないのに、それでも感謝するというのは不可能です。これは「あらかじめ感謝しておく」ということになりますね。でなければ何か感謝するべきことが起こったときに、すばやく感謝のできる態勢を整えておくという意味でしょうか。
 私たちは好きなときに感謝できます。しかし好きなときに好きなように幸福を感じることができないのです。だから幸福を感じるにはどうすればよいかと考えてしまうのです。
 幸福を感じるのは aoihoshi さんの心の中でです。だから aoihoshi さん自身はもうとっくの昔に幸福な状態にあるのに、心はまだそれに気づかないということがあり得ます。あり得ると言うよりも、ありがちです。
 それがあるとき突然幸福を感じ始めます。これは自分の心とか世界についての考え方、見方、感じ方などが変化したときです。つまり発想の転換ができたときです。
 発想の転換とは今までの自分の考え方を否定したとき、または疑問を持ったときに訪れます。
 感謝は発想の転換なしにすることができます。だから感謝をしていれば、そのうちに幸福感を味わうことができるとは言えないのです。
 本当の感謝とは、感謝する気もないのに、または絶対に感謝などしてやるのもかとがんばっても、幸福感が湧きおこってきたら、心ならずも感謝してしまうものなのです。本当の感謝は好きなときに好きなようにできるものではありません。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

 
 私の補足文の記述が字足らずのために、誤解を与えてしまったようです。

 私は議論するつもりなど、毛頭ありません。みなさんのご意見を広く求めたいだけなのです。ご回答いただいた内容について、私なりに不明な点がありましたので、質問させていただいていただけです。

 fileAさんなりのお考えは、大体分かりました。

 ご回答ありがとうございました。
 

お礼日時:2002/03/31 22:24

 感謝する心と、幸せを感じるこころは別のものです。


 大切なのはその順序です。
 幸せを感じてから感謝します。
 逆に幸せを感じるために感謝の心を持つのは、本末転倒です。わたしには違和感を感じさせる順序です。

この回答への補足

 
 >幸せを感じてから感謝します。

 ・・幸福を感じないと、感謝する場面はないのでしょうか?
 
 私は、艱難に遭遇した時こそ、「この程度のレベルで済んで良かった。」と、大事に至らなかった事に対して感謝する事がありますが・・・

 >幸せを感じるために感謝の心を持つのは、本末転倒

 ・・順序が違いますので、それは同感なのですが、その事は聞いていません。

 「感謝をする心」を持ちつづける事による「幸福」について質問しています。

 もちろん、幸福を感じるまでには、過程も必要とします。
 

補足日時:2002/03/31 18:43
    • good
    • 0
この回答へのお礼

 
 ご回答ありがとうございます。
 

お礼日時:2002/03/31 18:42

>なぜ、「純真・素直・謙虚」に努める事が「自然な事」になるのでしょう?


 
 これが、本来の飾らない、ありのままの姿だからであります。その身そのままということで、無理をしないのです。
 これに色々な欲が加わって虚飾、見栄、取り繕うという、不自然な姿を形成していくのでしょ。
 如何でしょうか?
    • good
    • 0
この回答へのお礼

 
 再度のご回答ありがとうございます。

 一つの意見として参考にさせていただきます。
 

お礼日時:2002/03/31 18:41

 人の心は、縁に触れ変わるのに、どうやったら持ち続けられるのでしょうか?


 思ってもいないのに、表面上取り繕っていれば偽善者であり、内と外の違う二重人格者と成るかもしれません。
 所詮、無理に覆い隠していれば、いつかは破綻するでしょう。偽ってどうするのですか?
 礼儀は大切でありますが、謙虚であれば、どうてこともありません。
 純真、素直、謙虚であればいいのではないでしょうか?
 そのように努め、無理もすることもないでしょ。
 それに、幸福感は「感謝の心」だけでは補えないでしょう。如何ですか?

この回答への補足

 
 「感謝する心」を持ち続ける事が「無理をしている」とお考えのなら、なぜ、「純真・素直・謙虚」に努める事が「自然な事」になるのでしょう?
 

補足日時:2002/03/31 16:40
    • good
    • 0
この回答へのお礼

 
 ご回答ありがとうございます。

 短文のため、質問文の解釈が難しかったかもしれませんね。

 私は外的な事を問題にはしていません。内的なものです。

 「純真・素直・謙虚」に関しては、その通りだと思っています。
 

お礼日時:2002/03/31 16:39

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

今、見られている記事はコレ!

  • 煩悩も悟りも捨てる!? 深すぎる仏教の教え

    あなたが生きる目的とは一体なんだろうか。人によって様々あって然るべきと思うが、「教えて!goo」に「煩悩と解脱について」と相談を寄せた質問者は、より有意義な人生のために「涅槃(ねはん)」を意識しているよ...

  • 瞑想中に霊が降りてきて困っています

    瞑想は、心を鎮めたりすることによるリラクゼーション効果があると近年紹介されるようになりましたが、宗教的な修練として行う瞑想は「この世の真理を体得する」といった目的のために行われます。教えて!gooに質問...

  • 1000年生きられたら、どの時代を生きたいですか?

    若返りが期待できる、新しい万能細胞の発見が大きな話題を呼んでいます。もしかしたら1000年どころか、夢物語であった不老不死も可能になる日も来るのではないかと思うほど、科学は進歩しています。現時点では1000年...

  • 印象に残った格言は何ですか?

    名言や格言の中で、いつまでも頭から離れない、印象に残った格言をお持ちの人もいると思います。教えて!gooにはそんな格言についての質問が寄せられています。 「一番印象に残った格言」 「一番印象に残った格言...

  • 人は死んだ後はどうなるの?

    大人になっても、明確な答えができない問いはあります。例えば死後、はそうでしょう。身近な方の死や、お世話になっている方の死を耳にすると、自分自身の死について考えたりもしますが、答えは出ません。教えて!go...

おしトピ編集部からのゆる~い質問を出題中

お題をもっとみる

このQ&Aを見た人が検索しているワード


このカテゴリの人気Q&Aランキング

おすすめ情報

カテゴリ